79 戦うスラムドッグマート
『わんわん騎士団』の3人娘が振り返ると、そこには……。
大木のように大柄な男がいた。
見た目は大人っぽかったが、いまお邪魔している勇者小学校の制服を身につけているので、どうやらここの生徒のようだ。
ようは少女たちと同じ、『小学生』らしい。
のっぺりした顔に、石膏に埋まった黒飴のような眼が不気味に底光りしている。
しかし鼻だけは異様に飛び出しているというアンバランスさ。
なんだか見るものを不安にさせる顔のつくりで、年相応の子供らしさは微塵もない。
さらには優等生でもなさそうだった。
制服である鈍色のサーコートを着崩しており、その奥には鮫肌のような鎖帷子を、喧嘩上等の証のように覗かせている。
抜き身の剣はすでに振り下ろされており、背中を向けていたシャルルンロットのブーツのカカト付近ギリギリに地面を穿っていた。
当たらなかったとはいえ、いきなり斬りつけられる形となった少女たち。
ひとりは怯えきり、ひとりは無表情。
そして一団のリーダーを自称する少女はというと、
「……ふぅん、アンタがこの学校の『番長』ってヤツね」
まるで新入りの下男にでも接するかのように、優雅にツインテールをかきあげながら向き直る。
帰宅途中の他の生徒たちは、避けるように横を通り過ぎていたが、一触即発の空気を感じ取ったのか足を止めた。
お嬢様は小鼻で笑いながら続ける。
「フン、『歩く鮫』とか言ったっけ? ネーミングセンスは小学生っぽいけど、どう見たって小学生じゃなさそうね」
「俺ほどのワルになるとなぁ、小学生で留年るんだよ」
「なにがワルよ。呪いの像みたいな不気味な顔して、いっぱしに人間を気取ってんじゃないわよ」
「シャークっ!?」
のっけからポンポンと飛び出すお嬢様の口撃に、番長は独特な怒気とともに牙を剥いた。
観衆からおこった忍び笑いを、ギロリと横目で睨みつけて凍り付かせる。
「チビのクセして、口だけは達者のようだなぁ」
番長は叩きつけていた剣を持ち上げると、肩に担いだ。
彼の自慢の武器であろうそれは直刀ではなく、小さな鮫のような曲刀であった。
刀身の一部に、櫛のようなギザギザの切れ込みが入っている。
「噂には聞いたことがあるわ。刃のほうにソードブレイカーの機能を持たせている、馬鹿みたいな曲刀を使うヤツがいるって」
『ソードブレイカー』というのは、刀身にある凹凸で相手の剣を受け止め、へし折ったり落としたりさせることのできる短剣である。
しかし番長が持っているのは短剣ではなく普通の剣、しかも峰ではなくて刃のほうに凹凸があるという、非常に変わったタイプのソレであった。
「馬鹿みたいかどうか、試してみるかい」
番長は高みからの視線を、お嬢様の腰にあるショートソードに移す。
「剣をへし折るのはこれで100本目……いや、チビの使うチビた剣を折ったところで、99.5本にしかならねぇか! クックック……! シャークックックック!」
言い返してやったとばかりに、肩を振るわせるシャーク番長。
「なあに? 呪いの像のクセしてアタシに挑戦したいっていうの? 別にいいわよ。5000¥ぶんの買い物をしてくれたらね」
「俺様が負けたら5000¥といわず、ぜんぶ買ってやらぁ。だが、俺様が勝ったら……」
「ナイツ・オブ・ザ・ラウンドの騎士であるアタシと手合わせできるってだけでも光栄だってのに、条件を付けようっての? まぁいいわ、どうせ叶うことのない夢なんだから、おっしゃいな」
「シャークっ! お前ら3人とも、俺様のハーレムに入るんだ!」
血の匂いを嗅ぎつけた鮫のように、カッと番長の黒目が見開かれた。
そう、そうなのだ。
聖女学校が女だけの学校なら、勇者学校は男だけの学校。
そして彼らは小学生のうちから、ハーレムは勇者の甲斐性だと教え込まれる。
多感な時期にそんな歪んだ教育を施され、そのうえ身近に女性がいないとなれば、飢えた野獣のようになってしまうのも無理はないだろう。
「シャークックック……! お前ら3人とも、なかなかの上玉……! 俺様の初めてのハーレムの女にするにはちょうどいい……! 特に後ろに隠れてるメガネの女! お前は特に気に入った! 俺様の正妻にしてやろう!」
ビシイッと指で射貫かれ、「ひいっ!?」と背筋を硬直させるグラスパリーン。
そう、そうなのだ。
意外かもしれないが、グラスパリーン先生はカテゴリー的には『薄幸の美少女』である。
そして老若を問わず、妙に勇者に気に入られるという……。
『男好き』ならぬ『勇者好き』される性質の持ち主だったのだ……!
「……なんかムカつくわねぇ」「……なにやら不満のん」
眉と口を八の字にして、不満を訴えるお嬢様と寝ぼけ眼。
いきなり渦中に放りこまれた眼鏡は、そのふたりの後ろに張り付いていた。
「ひっ……ひぃぃ……! けけけっ、決闘なんて、や、やめてくださいぃぃ……!」
彼女はこれでも教師なのであるが、誰もそうは思っていない。
番長は彼女に絡みつくような視線を送りながら、構えをとる。
「シャークっ! 安心しな! クソ生意気な女でも、俺の嫁であるお前の友達だ! そして俺の2号と3号でもある! だから、顔だけは傷つけないでおいてやるよ!」
「誰が2号よ! アタシはいつだってナンバーワンよ!」
シャルルンロットは遮るように怒鳴り、肩をいからせながらズンズンと前に出る。
番長に近づいていくと、ふたりの体格差はさらに際立つ。
完全に大人と子供であった。
「まぁ、なんでもいいわ。折れるもんなら折ってみなさいよ。ちょうどゴルドウルフの剣の強さ、試してみたいところだったのよね」
少女はそう言い捨てながら、番長の横を通り過ぎると、
「いまからこの『呪いの像』が不吉な踊りを踊るわよ。3回見たら死んじゃう踊りをね。さぁさぁ、わかったら場所を開けなさい」
ぐるりと取り囲んでいる生徒たちをシッシッと手で追い払い、斬り合いができるだけの空間を作った。
平和だったキャンパスは一転、戦いのリングと化す。
砂かぶり席にいるかのように、まわりで見守る人垣。
校舎の窓はどれもびっしりと人が乗り出しており、二階席も満員状態。
距離をあけて向かい合う両選手を、観客たちは瞬きも惜しむように注視していた。
なぜならば、これは普通の剣術試合とは異なり、マナシールドも剣先カバーもない。
従って、勝負は一撃。
一瞬でも気をそらせば、決定的瞬間を見逃してしまうからだ。
少女が血しぶきをあげながら、宙に舞い散る瞬間を……!
グラスパリーンも最悪の想像しているのか、マナシールドを張ろうと青い顔でワタワタしている。
しかし途中でミッドナイトシュガーに止められていた。
「マナシールドはいらないのん」
「ええっ!? ど、どうしてですかぁ!?」
「そのほうが殺し合いっぽくて、客のウケがいいのん。マナシールドがあると、その雰囲気が台無しになるのん」
……夕暮れススキの野原か、枯れ草転がる荒野か……。
寝ぼけ眼の少女が言うように、その場はまさに『死合』と呼ぶにふさわしい、緊張感と期待感に満ちていた。
「で、でもっ! もしシャルルンロットさんが、怪我でもしたら……!」
「大丈夫のん」
お気に入りの赤ずきんを深く前に傾け、頷く少女。
「それに」と顔をあげると、眠そうな瞳にはすべてを悟っているかのような光が宿っていた。
「張らないほうが、相手のためのん」
「えっ、それはどういう意味で……?」
しかしその疑問は、突如としておこった蛮声により遮られてしまう。
「どぅおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
銃声を耳にしたウサギのように、女教師の身体が跳ねた。
見ると、番長に向かって全力疾走していくシャルルンロットの姿が。
黄金の髪と、野良犬の描かれた外套を、翼のようになびかせるその姿は……。
さながら海中の獲物に襲いかかる、黄金の鷹のようであった……!
しかも相手はそんじょそこらの魚ではなく、海の王者である鮫。
体格差は、倍以上ある……!
しかし迷いは一切感じさせない。
その威風堂々たる特攻は、空の覇者の貫禄……!
お嬢様の表情は死闘というよりも、狩りのように勝利を確信した不敵な笑み。
対する鮫は、ぐんぐん距離を詰めてくる相手に、ニヤリと口元歪めている。
「シャークックック……! バカめ……!」
お嬢様は、ショートソードを真一文字に構えていた。
つばぜり合いを挑む気マンマンのようだ。
ソードブレイカー相手に受け太刀をさせようとするなど、折ってくださいと言っているようなものである。
それ以前に力の差は歴然としているので、一瞬にして弾き飛ばされてしまうだろう。
しかもお嬢様は、直前でジャンプ一番、番長の身長を超すほどの大跳躍を見せた。
彼女の真の狙いは地上でのつばぜり合いではなく、空中……!
全体重を乗せた空中からのブチかましで相手をよろめかせ、一気に勝負を決めるつもりなのだ……!。
しかしこれは、完全なる判断ミス……!
鮫はそれすらも、お見通しであった……!
彼は腰を低くして、当たり負けしない体勢を整える。
そして飛びかかってくる鷹の一挙一動を、その黒い瞳で捉え続けていた。
爪のように突き出された剣の切っ先すらも、静止しているかのようにしっかりと。
あとはその軌道の途中に、柱のような愛剣を置いておくだけ。
それで……それですべてが終わる。
勝手に激突した鷹は墜落し、無様に地を這いつくばるのだ……!
しかし次の瞬間、彼は見た。
空中で滑り込むように水平に身体を傾けたあと、きりもみするように回転をはじめる、黄金の鷹の姿を……!
「えっ?」
さらに次の瞬間、彼は見た。
いや、彼だけは見ることができなかった。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ただ、その声だけが……水の中にいるかのように、遠くで響いていた。
彼以外、その場にいるすべての人間が目にしていた。
『呪いの像』と称された顔面。
そのど真ん中に深々と突き刺さる、揃えられたブーツの靴底を。
次回、決着! そしてさらなる快進撃!