78 騒ぐスラムドッグマート
『走るスラムドッグマート』は、物珍しさも手伝って大盛況。
営業できない店舗で眠っていた在庫は瞬く間に消え去り、他領からのハールバリーへの輸送ルートも本格的に始動開始となった。
移動式の店舗が原動力として、ゴルドウルフの作戦が歯車のように噛み合い……。
野良犬印の商品は、流れるように王都を流通しはじめたのだ。
といっても、珍しさだけで商売が続けられるほど世の中は甘くない。
大成功の陰にはゴルドウルフの戦略があり、店員たちはそれを忠実に実行したからである。
『走るスラムドッグマート』が狙ったのは、冒険者と学生。
その生活リズムに合わせ、彼らが店に向かう途中で待ち構えるようにしたのだ。
冒険者の場合、彼らは毎朝、酒場で朝食をとる。
そのあとクエストを受諾し、1日の稼ぎを得るための冒険に出発する。
しかしその前に、受けたクエストに必要な装備の補充をするため、街を出る前に冒険者の店に立ち寄ることがほとんど。
彼らが酒場を出たとたん、次なる目的地である『冒険者の店』が目の前にあったらどうだろうか。
誰もがまずその店に立ち寄るのは、自明の理……。
そう……!
オッサンは朝の酒場の前に、『走るスラムドッグマート』を配置したのだ……!
『消費者の生活習慣にあわせ、先回りでの商品提供ができる』
これは、行商の大いなる強みである。
主婦が夕食の献立で悩み始める午後に、魚売りが訪問するのと同じ要領といえる。
しかし主婦と冒険者相手では、決定的な違いがある。
先にも述べているが、主婦は考えていた肉の献立が、魚になったところで問題ないのに対し……。
冒険者はクエストで必要とされる装備に、代替は許されないということ。
ここでもうひとつ、他者では真似できない野良犬独自のノウハウが込められていた。
スラムドッグマートの1部署である、『クエストトレンド室』を覚えているだろうか。
尖兵を各地に派遣し、その地域のクエストの流行を調査するという部署である。
オッサンはそのトレンド調査を、この王都においても指示していた。
あがってきた報告をさらに細かく分析し、『走るスラムドッグマート』に積む商品を厳選したのだ。
店の利用者である冒険者の中に、もし少しでも商売をかじった者がいたら、不思議に思ったことだろう。
――この、酒場の前で毎朝営業している馬車……。
扱っている在庫は、実店舗より遙かに少ないはずなのに、なぜ……?
なぜ、自分が受けたクエストで必要としている物が、ちゃんと取り揃えられているんだろう……?
まるで、魔法みたいに……!
いくら生活習慣に合わせて先回りしたところで、冒険者は今日必要としない物を買うことはない。
オッサンは独自の情報網を駆使し、馬車に積む品物を、日々のクエスト情勢によって変えたのだ。
オッサンは『最果て支店』での生活を通し、知っていた。
ここまでやらなければ、冒険者相手の行商など、成功しないことを……!
そう、これこそが『伝説の販売』……!
しかしこれでもまだ、氷山の一角……!
では次に、『走るスラムドッグマート』のもうひとつのターゲットに話題を移そう。
それは、職業学校に通う学生たちである。
彼らは社会人とは異なり、自由になるお金をそれほど持っていない。
しかしターゲットとして選定したのは、彼らは未来の顧客であると同時に、冒険者以上に集う場所が明確で、待ち構えるのが容易だったからだ。
彼らが集う場所といえば、ひとつしかないだろう。
そう、それは学校。
すでに聖女学校での成功例を示したように、校門の前に馬車を横付けすれば……。
あっという間に、数百人の客を相手にできる、一等地同然の店舗のできあがり……!
こちらの店の品揃えについては、狙った学校の指導要綱を事前に調べ、それに役立つアイテムを揃えた。
とはいえ大聖女のようなカリスマが一緒にいない限り、大盛況ということにはならない。
しかしそれでも良かった。
ここでのオッサンの狙いは、若者たちへの『スラムドッグマート』認知拡大。
ゆくゆく店舗で営業を開始したときに、彼らの選択肢に『ゴージャスマート』だけでなく、『スラムドッグマート』も入れてもらうことこそが目的だったのだ。
実店舗の『スラムドッグマート』に足を運んでさえくれれば、あとは自然と『スラムドッグスクール』が目に入り、塾としての選択肢も得ることができる。
……オッサンはそんな成功イメージを描いていた。
しかしそれとはだいぶかけ離れたやり方で、成功(?)を収めた事例もある。
今度はそれを見てみることにしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『走るスラムドッグマート』の馬車は統一された規格で作られていたが、そのうち2台だけ特別仕様のものが存在する。
まず1台目は、オッサンの馬車。
『錆びた風』はパワーがあるので、他よりも大きめの店舗を牽引している。
そして2台目は逆に、他よりも小さめの店舗を、かわいいポニーに引かせている馬車。
聖女姉妹に比肩するほどの、お騒がせトリオ……。
そう……!
例の小学生トリオが駆る、『かっ飛ぶスラムドッグマート』である……!
王都にある、とある勇者学校の校門を塞ぐようにして馬車を停めた彼女たち。
西日を背に、小さな巨人のような長い影を伸ばしながら、学校を出ようとする勇者の卵たちに呼びかけていた。
「さあさあ、5000¥以上の買い物で、アタシに挑戦できるわよ! 剣術大会で勇者をボッコボコにしたこのアタシにね!」
仁王立ちのシャルルンロットは、行商というよりも殴り込みに来たかのように挑戦的。
「いらはいのん、いらはいのん。5000¥払えば、この鼻持ちならないお嬢様をサンドバッグにできるのん。塾に行く前のストレス解消にどうぞのん」
棒立ちのミッドナイトシュガーは、やる気のない店員のように棒読みを繰り返す。
「い、いらっしゃいませぇぇぇ~! 5000¥未満で、お、お買い物をしてくださぁぁぁ~い!」
冬山にいるかのように縮こまっているグラスパリーンは、助けを求めるような悲痛な裏声を絞り出している。
彼女たちは独自で編み出した陣形『ドライアングルフォーメーション』をとり、おのおの呼び込みをしていた。
しかしその途中で、頂点にいた少女がツインテールを振り乱す勢いで振り返った。
「……ちょっとアンタたち! ちゃんと呼び込みしなさいよ!」
「してるのん」「してますぅぅ~」
「してないでしょ! まずミッドナイトシュガー、鼻持ちならないお嬢様ってなによ!? それに、アタシは殴られ屋じゃないわ!」
「つい本音が出てしまったのん」
「アンタをサンドバッグにしてやりましょうか!? つぎにグラスパリーン、アンタなんで5000¥未満の買い物を呼びかけてるのよ!? 5000¥以上で決闘だって決めたじゃないの!」
「ひぃぇぇぇ……! ご、ごめんなさぁい! で、でも、決闘なんて危ないこと、やめてくださぁい!」
「アンタそれでも教師なの!? 教師だったらそのへんを歩いている勇者をひっぱたいて、今すぐここに連れてきなさいよ!」
「行商どころか殴り込みをも通り越して、もはや山賊のん」
「うるさいわねぇ! アタシたちは『わんわん騎士団』よ! 騎士のすることはいかなる事も正義なの!」
きゃあきゃあと言い争を始める少女たち。
しかしそれを断ち切るように、
……ズドォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!
お嬢様の背後で、砂埃があがった。
「……シャークっ! 『歩く鮫』と呼ばれたこの俺様が仕切る学校に、殴り込みをかけるたぁ……! どうやら、命が惜しくねぇようだなぁ……!」
次回、勇者vsシャルルンロット!