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77 モテるスラムドッグマート

 ゴルドウルフは愛馬である、錆びた風の馬車で街中を往く。

 本当は自分ひとりで行商するつもりだったのだが、聖女たちが付いていくと言って聞かなかった。



「この『走るスラムドッグマート』には座席と呼べるものは一切ありません。なので行商部隊は1日にかなりの距離を歩くことになります。聖女にはかなり大変ですよ。それでも手伝いたいのであれば、店舗のほうで補給部隊のほうを助けてあげてください」



 そう説得したのだが、聞き入れられなかった。

 その聖女たちは今、馬車の最後尾でしんがりを務めながら、



「走るスラムドッグマート、本日開店です! もしよろしければ、お越しになってください!」



「はぁい、チラシと風船をあげちゃいまちゅよぉ~! みんないい子いい子、ママのところに来てくだちゃ~い!」



 大声で道行く人々に触れ回り、チラシを撒き、風船を配っている。


 その様は、名門の聖女というよりも、完全にチンドン屋。


 しかも、犬のような格好をして。

 しかし、これが思わぬ効果を産んだ。


 最初、街の男たちは、先頭を歩いていたオッサンを目にした途端、誰もが口汚く罵ってきた。



「見ろよ、あれ! 新聞に載ってたオッサンだぜ!」



「あっ、知ってる! あの異常なまでの犬好き野郎だろ!?」



「新聞を見る限りじゃ、犬好きってどころじゃねぇよ、完全に変態野郎だ!」



「おい! 変態野郎! 女に相手にされねぇから、犬に走ったんだろうが!」



「お前みたいなおぞましいヤツがやってる店なんて、誰が行くかよ!」



「そうそう、怖くて近寄れねぇぜ! どうせだったら、ペットショップでもやってろ! 犬専門のな!」



「そりゃいい! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」



 しかしその嘲笑は、後に続いた少女たちを目にした途端、驚愕へと変わる。



「ハハハハハハハハハハハハハ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」



「み、見ろよアレ!」



「も、もしかして……ホーリードール家の聖女、プリムラ様!?」



「わあっ!? しかも、大聖女のリインカーネーション様、それにパインパック様まで!?」



「い、いやいやいや! いくらなんでも違うだろ! ホーリードール家の聖女たちが、なんであんな真似を……!」



「でも、あのリインカーネーション様の……アレはどう見ても本物だろ!」



「し、しかも……! 見ろっ! あの聖女様たちの格好を……!」



 聖女トリオに目を奪われる男たち。

 次の瞬間、彼らの両目はこぼれ落ちんばかりに見開かれ、顎は外れんばかりにガクンと開口したかと思うと、



「いっ……犬ぅぅぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 稲妻のように飛び出した舌とともに、さらなる叫喚を轟かせる。



「お、俺は……夢でも、見てるのか……!?」



「あの、聖女の名門、ホーリードール家の少女たちを引き連れるだけでなく……」



「しかも、自分好みの犬の格好をさせるだなんて……!」



「む、無理矢理だ! 無理矢理やらせてるに決まってる!」



「バカ、どこの世界にホーリードール家の聖女様に、犬の格好を強制できるヤツがいるんだよ!」



「それに見てみろよ、聖女様たちの笑顔を……!」



「はぁぁ、な、なんて神々しいんだぁ……!」



「えっ、でもそれじゃ、聖女様たちは嫌々じゃなく……変態野郎のために自らすすんで、あんな格好をしてるっていうのか!?」



「ありえるかよ、そんなこと!」



「そうだよ! ありえねぇよ! でもそれ以外に考えられねぇだろうが!」



「えええっ!? あ、あのオッサン……いったい何者なんだ……!?」



 男たちの驚天動地は、見えない地割れのように通りに拡がっていく。

 それが神の御技のような畏怖と畏敬に変わるまで、そう時間はかからなかった。。



「や……やべえ……! やべえよ……! 聖女様にあんな格好をさせるなんて……!」



「しかもそのへんにいる聖女じゃなくて、あの、ホーリードール家の聖女様たちに……!」



「そんなの、この国の王様だって、できねぇことだぞ……!」



「しかも隠れてじゃなくて、こんなに堂々と……!」



「自分の好みをここまで表に出して貫けるだなんて、只者じゃねぇ……!」



「変態もここまでいくと、尊敬すら感じるな……!」



「いや、俺はあのオッサンを、男として崇める! きっと新聞に取り上げられて、いままでさんざん罵られてきたに違いないぜ! でもオッサンは、ああやって自分を貫いてきたんだ……!」



「そうだな! だからこそ聖女様たちも、心を動かされたに違いない!」



「す……すげえ! すげえぜっ! オッサーン!!」



「俺はアンタを見直した! もう二度と変態野郎なんて言わねぇーっ!!」



「今日から人生の目標はアンタだ! 心の師にさせてもらうぜーっ!!」



「俺もあの子に振り向いてもらえるまで、アンタのように自分を貫いてみせるーっ!!」



「オッサン! オッサン! オッサン!! オッサン!! オッサン!!! オッサン!!!」



 ついには感極まって、オッサンコールを始める者まで……!


 ……オッサンは別に、自分の性癖をダイヤモンドのような固い意思で貫きとおし、



「誰になんと言われようとも、俺は犬を愛す! これが俺の生き様だ!」



 と喧伝しているわけではないのだが……。


 しかしいくら言ったところで無駄だとわかっていたので、ゴルドウルフは苦笑いしながら彼らに手を振り返すばかり。


 というか、謎の声援よりも買い物に来てほしい……と正直思っていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ゴルドウルフは当初、遊撃隊のように王都じゅうを巡って行商するつもりでいた。

 しかし聖女たちが同行することになったので、逆にターゲットを絞ることにする。


 その行く先はもちろん『聖女学校』……!

 学校の門前で店を開き、聖女の卵たちを狙い撃ちにする作戦だ。


 いつもであれば講演でしかお目にかかれない、偉大なる大聖女様が現れた途端……。

 朝の通学で賑わっていた校門前はパニックに陥る。



「ええっ!? どうしてどうしてどうして!? どうしてマザー・リインカーネーション様がここに!?」



「それにプリムラ様もいる! わあっ、素敵素敵素敵っ! どうにかなっちゃいそう!」



「ああっ!? あのお方はもしかして、パインパック様!? 私、パインパック様のお姿を拝見するの、初めて!」



「パインパック様は真写(しんしゃ)もお嫌になるから……本物は、あんなにお美しくて、あんなに神々しいだなんて……! まるで天使様みたい!」



「ホリードール家の聖女様たちが三人もお見えになるだなんて……! いったい何があったっていうの!?」



「お店のお手伝いをしてるみたい! 『走るスラムドッグマート』ですって!」



「えっ、ホーリードール家の方々が行商!?」



「なんでも、聖女の装備を勧めにおいでになったそうよ! スラムドッグマートとかいうお店の装備がすごくいいんですって!」



「この国いちばん……ううん、隣国あわせてもいちばんの聖女一家であらせられる、ホーリードール家の方々がおっしゃるなら、絶対じゃありませんか!」



 馬車はあれよあれよという間に、白い人垣で何重にも囲まれてしまった。


 もしこれがオッサンひとりだけだったら、聖女の卵たちは誰ひとりとして近づかなかったであろう。

 それどころか新聞を賑わせた変態として、学校の守衛に取り押さえられていたかもしれない。


 しかし生徒たちの誰もが憧れ、目標とする偉大なる聖女姉妹が同行しているだけで、扱いは一変……!



「おじさん、この学校に来てくれて、ありがとうございます!」



「えっ、このローブ、プリムラ様がデザインなさったんですか!? く、くださいっ!」



「パインパック様に護符(タリスマン)を手渡されちゃったぁ! すごく効き目がありそう、これ、買います!」



「ねぇねぇ、これ面白いよ! 『聖女専用ポーション(学生用)』だって!」



「聖女専用のポーション!? そんなの初めて見ましたわ! それに学生用って、私たちのことではありませんか!」



「しかも買うと、マザー・リインカーネーション様のお祈りで飲めるだって!」



「ええっ!? すごぉーいっ! そんなの絶対買うしかないよ! ねぇねぇ、みんなで買おうよ!」



 白い波しぶきのように、純白のローブの少女たちにもみくちゃにされるオッサン。


 そして始まる、清らかで賑やかな、大合唱……!



「じゃあみんな、ママのあとに続いて、元気に歌いましょ~! さん、はいっ!」



「野良犬印のポーションで、元気百倍っ……!!!! さあっ……!!!! 今日も一日がんばるぞぉーーーっ!!!!」



 最初に訪れたこの学校だけで、馬車に積んでおいた300本ものポーションはぜんぶ売れてしまった。

次回、新たなスラムドッグマート登場!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恐るべし、ホーリードールブランド・・・! もし彼女たちが居なかったら、ココまで上手くは行かなかったことでしょう!!
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