76 走るスラムドッグマート
ハールバリー小国で商売を始める際には、王都以外では領主に届け出を、王都では大臣の認可が必要となる。
しかしそれは、『店舗を構える』場合のみに適用される法律であり、『行商』などの無店舗営業の場合はその限りではない。
ちなみにではあるが、『行商』の場合にも納税の義務は発生する。
しかし『行商』での納税は、一切されていないのがこの国の実情である。
なぜなら行商人たちは、納税せずに他の国へと逃げてしまうからだ。
話を元に戻そう。
ゴルドウルフは、『行商』という業態であれば開業前の届け出がいらないという点に目をつけた。
そしてハールバリー領で、馬車を用いて商売することを思いついたのだ。
カートゥーンアニメのように、足をグルグル回転させながら走るゴルドくんが目印の……。
『走るスラムドッグマート』、誕生の瞬間である……!
『行商』には定義があり、『商品を地面などに広げて販売を行わない』『衛兵から指示があった場合、販売をとりやめ即座に移動可能』というふたつの要件を満たす必要がある。
この国における『行商』というのは、合法なものでいえば、商品を担いで一軒一軒を尋ねるという方式が一般的であった。
違法なものになると、道端などに品物を並べて商売をする、ゲリラ的な露店などがある。
もちろん衛兵から待ったがかかるのだが、鼻薬があれば見逃す……というのが現状である。
ゴルドウルフはそのどちらもするつもりはなかった。
まず従来の『行商』のやり方は、少ない品数を売り歩く分には良い。
たとえば野菜や魚などであれば、籠に詰めて背負い、夕食の準備を始める家庭を1軒1軒回れば売りさばけるだろう。
しかし『スラムドッグマート』の顧客は、ずっと家にいる主婦などではなく冒険者。
彼らは家どころか定宿すらおぼつかず、また必要としている物も多岐に渡る。
今日の夕食は肉料理にしようかと思ったけど、いい魚を売りに来たから魚料理に変えよう。とはならない。
剣士は剣でなくてはダメだし、魔法使いは魔法の杖でなくてはならない。
ようは需要は多岐にわたる。
それらに応えられるだけの品数を背負って商売するのは、どだい無理……!
ちなみにもうひとつの『違法なやり方』であれば、その問題は解決するのだが、ゴルドウルフにとっては論外であった。
例えしたところで、店舗の営業許可を取り消した衛兵局は、躍起になって取り締まってくるだろうと思っていたからだ。
そこでオッサンが考えたのが、馬車を利用した『移動販売』。
これで品数と運搬の問題は解決でき、しかも合法ときている。
かくして誕生した、『走るスラムドッグマート』。
それはこの世界においては、画期的な発明であった。
あらかじめ目星を付けておいた、客がいるであろう場所に馬車で乗り付け、その場で開店。
衛兵に見つかったところで、『行商』の要件は満たしているので、止められることもない。
物珍しさに集まってきた人々に商品を勧め、あらかた売ったら次の目的地へすぐさま移動可能。
しかも利点はまだある。
営業停止処分を受けている店舗を、『補給地』として活用できるのだ。
馬車の在庫が少なくなってきたら、10箇所あるうちの最寄りの『スラムドッグマート』に立ち寄れば……。
そこに待ち構えていた店員たちが、商品を積み込んでくれて……。
F1のピットインのような迅速さで、再び販売に飛び立つことができるのだ……!
店舗での『営業』は禁じられているが、馬車に『荷物を移す』だけなら規制対象とはなりえないので、これも合法っ……!
ドブネズミのようなグレーどころか、人間の女性と結婚して一家をもうけた犬のように、真っ白……!
……しかしここで、疑問に思うことはないだろうか。
そんないい方法があったのなら、なぜもっと早くやらなかったのか? ……と。
しかし勘のいい方なら、もうお気づきであろう。
そう……!
これこそが、かつてオッサンが最果ての地でなしとげた、『伝説の販売』……!
その、パワーアップバージョンだったからだ……!
もしこの商法を、営業停止処分を受けたあとにすぐやっていたら、どうなっていたか……。
評判を聞きつけたジェノサイドダディは、即座に『元祖 走るゴージャスマート』を仕立て上げたことだろう。
そして、いけしゃあしゃあと、
「こっちが最初に始めたんだ! この画期的な移動販売は、俺が『伝説の販売員』の時に考えたやり方……! それをあの薄汚ぇ野良犬が、真似しやがったんだ! さも、自分が考えたかのような顔しやがってぇ! ヤツはいつもそうだった! 外見だけじゃなく、心まで汚れ、腐れきってやがるんだ! どこまでも見下げ果てた野郎だぜ、ゴルァァァァ!!」
オッサンの偉業をさらに、横取りしようとしたに違いない……!
……ここまで言えば、もうおわかりであろう。
ハールバリー侵攻再開に、時間のかかった理由を。
そしてジェノサイドダディを、『最果て支店』に追いやった理由が。
オッサンはダディを辺境の地に置くことで、情報を遮断し……。
『伝説の販売』を彼に伝えることなく、しかもコソコソせずに堂々と、実行に移せたのだ……!
もちろんいま山奥で、偽りの『伝説の販売』を再現しているオヤジは、この事実を知らない。
まさか自分が火だるまになっている間に、彼の本拠地で、本物の『伝説の販売』が行われていようなどとは……。
全身チリチリになった毛先ほどにも、思っていなかったのだ……!
しかし王都にはまだ、彼の息子であるジェノサイドロアーがいる。
スラムドッグマートの動きをマークしている彼が、この『移動販売』に気付かないはずがない。
もちろんオッサンは、これについても対策済み……。
というか、長男については敢えて何もする必要はないと思っていた。
なぜならば、すでに見抜いていたからだ。
王都を支配している、彼の手がけた『ゴージャスマート』……。
その考えられ洗練しつくされた、店構えと品揃えと包装を、秘書と事前に調べ上げていたオッサンは……。
これを築き上げた人間は、『走るスラムドッグマート』に対し、きっとこう語るだろうと。
「ふぅ。馬車を使っての行商とは考えたな。これなら営業許可も不要で商売ができる」
「だったらゴージャスマートでも真似しちゃえばいいのに。でも、それをしないのがキミなんだよね」
「その通りだ、デイクロウラー。客は擦り寄って行くものではなく、惹き寄せるもの……。だいいち、移動する店などスマートじゃない。飢えた野良犬のように走り回る店など出したら、今まで俺が築き上げてきた『ゴージャスマート』のイメージが台無しになってしまうからな」
……この『走るスラムドッグマート』はオッサンにとって、ジェノサイドロアーに投げた試金石でもあった。
トリッキーな形での商戦参戦に、彼はどう反応するのかを。
結果、彼が下した判断は、静観。
幻惑するようなステップを繰り広げる、対戦相手に対し……。
その挑発的なペースには乗らず、自分のファイティングスタイルを貫き通したのだ……!
ゴルドウルフ vs ジェノサイドロアー
青コーナー、『技のフリーマーケット』と呼ばれた、熟練の挑戦者……!
赤コーナー、『技のブランド企業』と呼ばれた、若き王者……!
対象的なふたりの戦いのゴングが、今……!
今ようやく、鳴り響いた……!
次回、オッサンの大逆転…!?