75 ハールバリー侵攻
彼の実の息子と、彼のかつての部下であった、すでに記憶の彼方にいるオッサン……。
何の繋がりもないふたりの見えざる連携プレーによって、陸の孤島での生活を強いられるハメとなってしまったジェノサイドダディ。
生まれた頃から裕福だった彼は、自分で果物の皮すら剥いたことがなかった。
そんな彼が山奥でのサバイバルなど、できようはずもない。
これがゴルドウルフからの、最後の意趣返し……。
……では、ないっ!
まだ……まだまだ彼のターンは続く……!
プレイヤーはずっと、あのオッサンのまま……!
今回の流刑には、オッサンにとってみっつの意図が隠されていた。
まずひとつめは『伝説の販売員の実態を知らしめること』。
今までオッサンは各領内限定、そしてゴージャスマートの店員限定で、『伝説の販売員』のメッキを剥がし続けてきた。
敢えて草の根活動のような範囲だけにとどめてきたのは、ある理由からである。
詐欺同然の商法や、店員へのブラックな仕打ちを喧伝したところで、効果は限定的……。
それにオヤジは指示を出しているだけで、直接は関与していない……。
本丸であるオヤジはいまだ、部屋の奥のベッドでふんぞり返っている……。
だからこそオッサンは時間をかけ、からくり装置のような仕掛けの連鎖を用い、彼を引きずり出したのだ。
ジェノサイドナックルがしでかした放火。
街に鳴り渡った警鐘が、さながら彼の寝室の目覚まし時計であるかのように……。
けたたましいベルを合図に、『オッサンスイッチ』は唸りをあげたのだ……!
かくしてダディは、パジャマ姿にパンを咥えたしがない発明家のように、家の外にペッと放り出される。
そこに『話題性』という名の馬車で横付けして、山奥へと身柄をかっさらってやればいい。
その話題性というのは、もちろん……。
『伝説の販売員、不死鳥のように復活』というネタである……!
これは瞬く間に、国内すべての新聞が報じるほどの大きなトピックになった。
当然である。『伝説の販売員』といえば、学校の教科書にも載るような偉大な人物。
それをマスコミが放っておくわけがない。
そう……!
集まった興味が大きければ大きいほど、うまくいかなかった時の失望もそれだけ大きくなる……!
体重の乗った渾身のパンチであればあるほど……。
カウンターを喰らったときのダメージが、深刻であるように……。
不死鳥が、自分のおこした火でのたうち回るような姿が白日の元に晒されれば……。
メッキどころか生皮まで、ずるりと剥けてしまうに違いないのだ……!
……しかし、ここで誤解しないでほしい。
オッサンの目的は『伝説の販売員の実態を知らしめること』であり、『彼にトドメを刺すこと』ではない。
すでにジェノサイドダディは、俎上にいる。
羽根をむしられたニワトリ同然の姿で。
あとは、シェフの肉切り包丁が振り下ろされるだけ。
しかしその斬首の瞬間は、なかなかやって来ない。
まるで絶望を与えたほうが、肉が美味しくなるといわんばかりに……。
塩胡椒を振るうような気軽さで、恐怖と苦痛を与え続けられ……。
滑稽にもがき苦しむ様を、客という名の民衆たちに、嘲笑われ続ける……。
星の彼方ともいえるほどに遠い、最後の刻まで……!
ここにふたつめとなる『彼に、自分の犯した罪の数を数えさせる』という意図が隠されている。
そして最後となる、みっつめの意図。
いままでのふたつは過去の清算であったが、これは、現状を打破する未来への一手。
ずっとオッサンがターンを続けていたのは、すべてはこのための布石。
それは、『ハールバリー領への侵攻』……!
ジェノサイド一家の差し金で、ハールバリー領のスラムドッグマートは営業許可がおりない状態が続いている。
開店休業どころか、閉店休業……店の入口には、重いかんぬきが通ったまま。
『伝説の販売員』が復活する話題で世間はもちきりで、オッサンへのゴシップはなりをひそめているが……。
オッサンはジェノサイドロアーのいるリングに、いまだにあがることができていない。
その閉塞状態を、ようやく……ようやく打ち破ることができるのだ……!
ジェノサイドダディを『最果て支店』に追いやることと、ハールバリー領に侵攻すること……。
このふたつは繋がらないように思えるが、その因果関係については、いずれ明らかになろう。
とにもかくにもオッサンは、選りすぐりの店員たちを集めて宣言したのだ。
「これからスラムドッグマートは、ハールバリー領での営業を開始します。そのために皆さんには、特別研修を受けていただきました」
王都の広場で、王城をバックに演説するオッサン。
傍らには、付き従うような3人の聖女たち。
その前にずらりと整列する、エプロン姿の大勢の若者。
彼らはすでに覚悟ができているのか、誰もが勇ましい顔つきでオッサンを見上げている。
付け耳はピコピコと、しっぽはパタパタと動き、これから主人とドッグランに出かける犬ようであった。
その後ろには、戦車のように居並ぶ馬車たち。
幌ではなく、車輪のついた家のようなものを牽引している。
馬まで犬耳を付けられていて、なんだか奇妙ではあったが、鞍に描かれた野良犬のイラストと不思議とマッチしていた。
「みなさんの担当地域はすでにお知らせしている通りです。私は先にお伝えした学校を巡りますので、何かトラブルなどありましたら直接、または渡してあります笛で『雲の骸』を呼んで伝書で知らせてください。それと、決して無茶はしないでくださいね。ハールバリー領は治安が良いとはいえ、物盗りなどもいるはずですから。……では、お願いします!」
「おおーっ!!」
青空に向かって掲げられた拳と、放たれた鬨の声とともに、一斉に散っていく野良犬たち。
馬車にまたがった彼らが散開していく様子を見送ったあと、プリムラは言った。
「ではおじさま、お姉ちゃん、パインちゃん。わたしたちもまいりましょうか」
「うん、ママ、はりきっちゃう! えい、えい、おー!」
胸を鞠のように弾ませながら、幼子のようにバンザイするリインカーネーション。
彼女の肩に乗っているパインパックが「おー!」と賛同する。
聖女姉妹はノリノリであったが、オッサンはいまだに踏ん切りがつかない様子であった。
「しかし本当にいいのですか? 聖女がこんなことをして……」
本来は勇者に仕えるべき聖女が、店のなかでオッサンにべったり、家ではもっとべったりというのは、誤解を受けてもしょうがないことである。
それなのに、それをさらに世間に知らしめるような行為にまで及ぶとは……。
「わたしはおじさまの秘書なのですから、たえずおじさまのおそばにいるのは当然です!」
小さな拳を胸の前でぐっと固め、使命に満ちた瞳で頷くプリムラ。
リインカーネーションはその決意表明がうらやましくなったのか、ゲンコツを谷間に埋めながら真似をする。
「ママはゴルちゃんのママなんだから、いつもゴルちゃんと一緒にいるのは当然です!」
「ぱいたんはごりゅたんの……」
パインパックも後に続いたが、台詞が続かず、しばらく唸ったあと、
「うー! ごりゅたん、いっしょにいうー!」
マザーの肩から飛び跳ねて、ゴルドウルフの胸へと飛び込んでいった。
次回、本当の伝説の幕開け…!