73 暴言の果てに
そこは、ヤードホックの街どころか、周辺の山々を一望できる絶景にあった。
『ゴージャスマート ヤードホック最果て支店』……それがこのトルクルム領に唯一残された、店舗の名称である。
切り立った岩山のてっぺんに、タニシのようにへばりつくボロボロの掘っ立て小屋。
屋号の立て看板がなければ、店舗というより廃屋と見紛うそれが、オヤジの新たなる砦であった。
杖にすがりつくようにして登頂を果たした彼は、遮るもののない高台の風に吹かれながら、絶句していた。
そうしている間にも屋根板が剥がれ、花びらのように崖下に舞い落ちていく。
板がたてたガランガランという音に、オヤジは我に返る。
「……どうしてこんなコトに、なっちまったんだ……」
そして額の汗も拭わずに、心の中でひとりごちる。
――ライバル店の野良犬どもの汚ぇ罠にハメられて、ついカッとなって暴れちまった。
しかしそれは俺の『暴言の秘伝』で、手柄に変えることができたが……。
腐れ新聞屋どもに好き勝手に書き立てられて、こんな僻地に追いやられちまうだなんて……。
しかも、あのド腐れ大臣まで一緒になって騒ぎたてやがって……。
なにが「ジェノサイドダディさんが山奥で伝説の販売をするとこ、ボクチンも見たい見たーい!」だ……!
ケツに突っ込んだ牛の角で身体じゅうブッ刺してやんぞ、ゴルァァァ!!
ああ、チクショウ!
ジェノサイドファングの借金と、新聞屋どもの騒ぎと、クソ大臣の悪ふざけ……。
その三つが重ならなけりゃ、こんなコトにはならなかったはずなのに……!!
……ダディはひとり、己の運の巡り合わせの悪さを呪っていた。
しかしこれは、『偶然』が重なって生まれた『運命』というわけではない。
あるオッサンが仕組んだ、『必然』の連鎖……。
見えないレールによって導かれた、『宿命』だったのだ……!
まず見えない糸に操られていたのは、ジェノサイド一家の長男、ジェノサイドロアー。
彼は、次男の借金でルタンベスタとトルクルムの所有地がスラムドッグマートのものになっていたと知らされた途端、素早く次の手を打っていた。
唯一、所有権が残った『最果て支店』のあった山に目をつけ、そこにオヤジを押し込めることを画策したのだ。
マスコミは、その山は借金の担保にならなかったと報じていたが、これは単純にゴルドウルフが買わなかっただけである。
勇者のものであれば、なんでも根こそぎもっていくオッサン。
そんな彼が『土地』という商売においての重要アイテムを、意味もなく残していくわけがない。
そう、これも長男の思考を誘導するためだったのだ。
もし残されたのが、街中にある普通の土地などであれば、長男も怪しんだことだろう。
しかし『最果て支店』がある山は、もともとダディがゴルドウルフを島流しするためだけに買った場所。
たとえ店を出したところでリスとウサギしか来ないような僻地にあるので、スラムドッグマートが買わなかったことは何ら不自然ではなかった。
いずれにせよジェノサイドロアーは、まんまとオッサンの意図どおりに動き始める。
デイクロウラーに指示し、ダディの真意は『最果て支店での再起』にあるかのように記事を書き立てさせたのだ。
不調の『ゴージャスマート』を立て直すため、『伝説の販売員』がついに本気を出す。
彼が誕生するきっかけとなった最果ての地で、『伝説の販売』が再び火を噴く……!
これほどまでに、ドラマティックなことがあるだろうか。
この話題は、最初はデイクロウラーの新聞だけだったのだが、この魅惑的な筋書きに他の新聞社もすぐに便乗した。
そうすれば、当然のように世論も盛り上がり……。
ジェノサイドロアーとしても、父親を説得しやすくなる……!
「オヤジ、俺たちは土地を奪われてしまったが、最果て支店のあった場所だけは残っている。これは逆にチャンスだと考えるべきだろう。オヤジはそこに単身乗り込んで、伝説の再現を果たすんだ。その様は、どの新聞も一面トップで取り上げるだろう。そうなれば、この国の『ゴージャスマート』の評判は高まり、『スラムドッグマート』に逆転できる……。これはそれだけ話題性のあること、それだけみんな注目していることなんだ」
しかしそれでも、オヤジは最果て支店に行くことを最後まで拒んだ。
当然である。
あんな山奥で商売をするだなんて、砂漠で砂を売るに等しい愚行だと知っていたからだ。
その駄々っ子ぶりにトドメを刺したのが、ポップコーンチェイサーである。
「ジェノサイドダディさんって、ホントに伝説の販売員だったんだぁ! イヤな上司に不良在庫を押しつけられてもぜんぶ売りさばいてたんだってぇ!? しかも誰もいない山奥の店に追いやられても、売上トップになったって聞いたよぉ!? いったいどうやったのぉ!?」
どこから聞きつけたのか、彼は『伝説の販売員』の誕生秘話まで持ち出し……。
「ジェノサイドダディさんが山奥で伝説の販売をするとこ、ボクチンも見たい見たーい! 大丈夫、仕入は今までどおり、ボクチンがやったげるからぁ! 昔のイヤな上司よりはずっとマシだと思うよぉ! ボクチンって案外、調勇者の才能があると思うんだよねぇ!」
淵ギリギリで踏みとどまっていたダディを、奈落の底へと突き落としたのだ……!
「……どうしてこんなコトに、なっちまったんだ……」
オヤジはまた、ひとりつぶやいた。
しかし実をいうと、彼はひとりではない。
彼がいる頂上から少し降りたところにある草地、盛り上がった茂みからは、不自然に揺れる枝葉がいくつも飛び出ている。
それは草木に化けた記者たちだった。
『伝説の販売員』の最果て支店での活動ぶりを、よりリアルに伝えるためカモフラージュして隠し撮りをしているのだ。
そう。
オヤジはすでに、退路まで断たれてしまっていた。
「ああっ、急に体調がおかしくなっちまったー! 目も見えねぇし、何も聞こえねぇー! もう歳には勝てねぇっていうのかー! せっかくやる気だったのによぉー! あぁ残念だ、残念だぁー! ごるぁー!」
彼は開始早々に仮病を使って無念の断念を装い、そのままハールバリー領にある屋敷に帰ることを画策。
そのままほとぼりがさめるまで、しばらく引きこもろうとしていたのだが……。
「オヤジ、身体のことなら心配しなくていい。今回のために最上級の治癒術師たちを手配したから、若い頃のように思いっきり暴れてきてくれ」
その最後の抵抗すらも、長男が先回りして封じ込めていた。
記者たちの他に、医療団が救助役として同行しており、最悪の事態は免れるようになっていたのだ。
これはまさに、至れり尽くせり。
挑戦としては、理想的なベストコンディション……!
もちろん彼が『伝説の販売員』であれば、それらは必要としないだろう。
そんなものは脇目もくれずに、伝説の再来を果たしてくれるに違いあるまい。
……『オヤジの最果て支店生活』、スタートっ……!!
次回、オヤジの最果て支店生活!