72 暴言の濁流
『ゴージャスマート』の開店セレモニーで、衝撃の事実を知らされたジェノサイドダディ。
『スラムドッグマート』の開店セレモニーと化した会場で、彼は大暴れを繰り広げた。
それは空腹の熊が人里におりてきたようなパニックに発展し、衛兵たちはやむなく投網と麻酔の矢弾まで用いてダディを鎮圧した。
彼……いや獣は網に捕らわれてもなお、檻の格子を曲げようとするゴリラのように、編目に手をかけて力任せに引き裂こうとする。
網に向かって大口を開けて食らいつき、歯で食いちぎろうとする。
そんな人ならざるビジュアルの真写が、次の日の朝刊を賑わせた。
ダディはとんでもない不祥事を、大勢の前でしでかしてしまったのだが……。
「俺は見たんだ! 群衆の前にいた灰色のローブの男が、ナイフを取り出したのを! 俺はみんなを守るために暴れたんだ!」
憲兵からの取り調べで、彼はそんな申し開きをした。
取り押さえられてようやく冷静になれたので、キレた自分を誤魔化すためにウソの供述をしたのだ。
……勇者というのは、『絶対なる善』の存在とされている。
彼らがすることは『どんなことでも善い行いである』という大原則があるのだ。
階級にもよるのだが、腹立ちまぎれに通りすがりの子供を蹴り飛ばした程度では罪に問われることはない。
さらに上位になると、切り捨てたとしても『子供が悪い』ということになる。
最上位の勇者になると、人の家に入ってタンスをあさり、壺を破壊して……。
あまつさえ泣きすがる住民を斬り殺し、家屋を焼き払ったところで軽犯罪にすらならないのだ。
ただ一応の『大義名分』は必要となる。
『あの子供は大人になって大罪を犯す。目つきがそう語っていたので前もって死刑にした』などの、口からでまかせでも良い。
なぜならば、モンスターが人々にとって『悪の象徴』であるように……。
ゴッドスマイルが創り上げた勇者というのは『善の象徴』……。
勇者は人の子ではなく、女神の子とされ……。
神の子といえる彼らに、やましい心など微塵もないとされているからだ……!
しかし調勇者だけは多少事情が異なる。
新聞に取り上げられるような暴行をしてしまうと、それなりに納得できる理由が必要なのだ。
なぜならば、彼らは同じ勇者だけでなく『貴族や庶民も相手に商売をしている』から。
マイナスイメージがついてしまうと、『ゴージャスマート』の客離れに繋がる。
だからこそジェノサイドダディは、もっともらしい言い訳をして……。
ライバル店であるスラムドッグマートに塩を送った失敗を、自分の成果にすり替えて……。
さらに評判をあげるために、利用したのだ……!
「スラムドッグマートさんには多くの迷惑をかけた! もちろん俺は、それを息子たちがやったとはこれっぽっちも思ってねぇ! 息子たちに罪をかぶせたやつがいるのは間違いねぇんだ! クソ憲兵はどうせマトモに捜査しねぇだろうがな! だがいずれにせよ、スラムドッグマートさんは巻き込まれただけ……だから俺は、スラムドッグマートさんが買ってくれた土地の建物を、修繕したんだ!!」
この一言がマスコミに取り上げられ、ジェノサイドダディの『伝説の販売員』の価値は、さらに高騰する。
『ゴージャスマートのオープンに見せかけたサプライズ!? ジェノサイドダディ様が仕掛けた、粋な計らい!』
『失った信頼は、こうして取り戻す! ジェノサイドダディ様が語る、商売人としてのあり方!』
『これは商売の話だけではない、親子の、そして人としての絆の話だ! ジェノサイドダディ様の、仁義あふれる人生に迫る!』
ダディは暴言の調べに乗せ、さらに自分の失態を、武勇伝に置き換えていく……!
「開店記念のセレモニーは、スラムドッグマートさんの方面部長さんも来てくれて、すべてがうまくいってたんだ! しかし群衆の中に、怪しいローブの男がいて……ソイツがナイフを取り出したんだ! 俺はすぐに気づいた! コイツは記念すべきスラムドッグマートさんの開店セレモニーを、メチャクチャにしようとしてるんだってな! だから俺は戦ったんだ!!」
『スラムドッグマートの開店セレモニーを守るため、暴漢に勇敢に立ち向かったジェノサイドダディ様!』
『ジェノサイドダディ様の鬼神のごとき活躍に、ナイフ男もタジタジ!? 刺された被害者はゼロ!』
『考えるまでもなく、勝手に身体が動いていた。そう語るジェノサイドダディ様は、まさに生まれついての勇者様!』
ダディの誇大妄想は、とどまるところを知らない。
ウソにウソを塗り重ね、さらに肥大化していく……!
「俺はこんなナリをしてるが、ガキの頃から喧嘩すらロクにしたことがねぇ! 問題はすべて『話し合い』で解決してきた! 暴力なんて、野蛮な山猿のすることだと思っているからな! だがそんな俺でも、その野蛮な手段に訴えるときがある……! それは相手が『悪』の時だっ! 相手が武器を持ってたって関係ねぇ! 罪なき誰かが凶刃に倒れるくらいだったら、俺が刺されてやるっ! そして刺したヤツをいっしょに、地獄に送ってやる! 俺がこの世から消えるかわりに、悪もこの世から消える……! ちょうどいいじゃねぇか! 俺はずっとそのつもりで生きてきた! なぜなら俺は商売人である前に、誇り高き勇者だからだっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!!!」
『ジェノサイドダディ様、吠える! 俺は販売員である前に、ひとりの勇者だと!』
『たとえライバル店に被害が及ぶだけだとしても、悪は許さない! それがジェノサイド流!』
『憎きナイフ男は捕まらず! ジェノサイドダディ様の邪魔をした衛兵局の罪は重い!』
「……間違って取り押さえた衛兵たちを、訴えないのかって!? そんなことするかよ! 憲兵のクソどもは怠慢だが、衛兵さんたちはちゃんと仕事をしてくれたじゃねぇか! むしろ、俺は感謝してるぜ! 俺の中で燃え盛っていた正義の炎を消し止めてくれたんだからな!」
被害者になるのが大好きなダディが、衛兵局を訴えない理由は語るまでもない。
もし取り押さえていたのが憲兵局であれば、彼は鬼の首どころか、鬼ヶ島を占領したかのような勢いで被害をわめき散らしていたことであろう。
『ジェノサイドダディ様、おおらかな心で衛兵局を許す!』
「ああ、そうさ! お前らにここで、勇者として……いや、人間として大切なことを教えてやる! いいか、耳の穴かっぽじって、よぉく聞きやがれ、ゴルァァァ!!」
『「許すこと、許さないこと、しっかりと」 伝説の販売員の名句、ここに復活!』
『本格始動した伝説の販売員……その生き様は、いまなお健在!』
「ああ、ソレについてだが、『伝説の販売員』の復活を宣言したのは話題づくりのためだ。スラムドッグマートさんのサプライズに、多くの人を集めるためのな! でももう役目は終わったから……」
『ジェノサイドダディ様の、新たなる宣言! 伝説の販売を見せるのはこれからだ!』
「えっ、おい、ちょっと待てって、慌てんじゃねぇよ。そりゃ、俺だって現場に戻るのはやぶさかじゃねぇさ。でももう、店舗はぜんぶスラムドッグマートさんに……」
『ジェノサイドダディ様の真の狙いは、かつての再現!? 伝説の最果て支店を借金の担保にしなかったことこそが、その証拠!』
……気付いた時には、もう手遅れだった。
ジェノサイドダディは自ら発した言葉の潮流に、どんどん押し流されていく……!
「えっ、えっ……? 最果て支店……? ちょっと待てよ、なんでそんなコトになんだよ!? ゴルァァ!!」
『ジェノサイドダディ様、豪語! 「俺の伝説は、最果て支店で不死鳥のように復活する」と!』
「えっ……えっ……!? えええっ!?!? ちょっと待てや、ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?」
『ハールバリーのトップが、自らの島流しを宣言! この型破りこそが「伝説の販売員」!』
「ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!! ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!! アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
次回、オヤジはついに、あの地に立つ!