67 オッサン流の追撃
『伝説の販売員』……。
かつてのジェノサイドダディが自分の手柄をブランド化するために、己の手によって作り上げた二つ名である。
厳密には、その手柄すら人から横取りしたものなのだが……。
目論見としては大成功し、彼の名声は雪だるま式に膨れ上がっていった。
今では『伝説の販売員』という存在は、商売をする者たちの間では神様のように崇め奉られている。
ハールバリー小国のゴージャスマートのトップについた神様はその後、現場を退いて後進育成を行う指導者の立場となった。
神様がおられるのは、『ゴージャスマート ハールバリー本部』。
まさに神殿のような作りの建物であったが、その前にある日突然、在庫の山が積み上げられたとしたら……。
次男の事件で張り付いていたマスコミが、この新たなるエサに食いつかないわけがない。
そしてあるキーワードと結びつけ、新聞の一面として扱ったとしても、何ら不思議はないだろう。
『ゴージャスマート本部の前に積み上げられた大量発注! あの「伝説の販売員」が降臨する前ぶれか!?』
『猛追するスラムドッグマートに、ついに「伝説の販売員」が立ち上がる!』
『ジェノサイドダディ様、不甲斐ない店員たちに喝! この俺の「伝説の販売」をとくと見よ!』
まるで往年の名選手が、カムバックしたかのような扱い。
ダディには不祥事の疑惑がいまだ付きまとってはいたのだが、現役復帰となると、どこも歓迎の論調であった。
もはや外堀はすっかり固められてしまい、逃げられない状況に。
それでもダディは神殿に籠もりっきりで、息子に向かって吠えていた。
「おいっ! ジェノサイドロアー! 今すぐ領内の全店に、在庫のバトルアクスを送りつけろっ!」
「正気か、オヤジ……? このハールバリー領ではバトルアクスどころか、両手武器なんて買うヤツはひとりもいないんだぞ?」
「うるせえっ! いいから言われたとおりにしろっ! そして店長どもに伝えるんだ、死ぬ気で売れってな! 売れ残ったらそのバトルアクスで、お前の妻や子供の首を斬り落としてやるって!」
「ふぅ、悪いが拒否する。俺は恫喝も、不良在庫の押しつけもしない。どちらもスマートじゃないからな」
「テメェ……! オヤジであるこの俺に、逆らうってのか!?」
「弟たちが失敗して、上納金が減ったのが原因だ。それに、大臣の暴走を止められなかったオヤジにも責任があるだろう。この在庫はオヤジが引き受けるのが筋ってもんじゃないのか」
「ぐっ……! だれがお前を方面部長にしてやったと思ってるんだ!? 今すぐ降格させてやってもいいんだぞ、ゴルァァァァァァァァ!!」
「ふぅ、言うことを聞かせられないとわかるとすぐそれだ。だが、やれるもんならやってみろ。弟たちはともかく、俺には方面部長としての適正がある。いま俺をクビにしたら、この国のゴージャスマートは終わりだぞ」
「このガキッ……!!」
「落ち着いてくれ、オヤジ、いまは親子喧嘩している場合じゃないだろう。俺には5000本ものバトルアクスを売りさばくのは無理だ。だが『伝説の販売員』だったオヤジなら、可能なんじゃないのか? オヤジが現場に出てバトルアクスを売ってくれれば、きっと店員たちも後に続くはずだ」
「うるせえうるせえうるせえっ!! 今すぐ俺の言われたとおり、各店舗にバトルアクスを送りつけろっ!! テメーかやらなきゃ、俺がかわりにやってやらぁ!! そこをどけっ、ゴルァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
息子を突き飛ばし、部長室を出て行くジェノサイドダディ。
そしてついに、ハールバリー領のゴージャスマートに、ダディ流の経営術の嵐が、吹き荒れる……!
各店舗に送りつけられたバトルアクスは、1店舗あたり50本の配分。
全店均一なので、誤発注などではなく、押しつけであることは明らか。
買い手のいないモノを売らなくてはならないのは、かなりのストレスに繋がる。
店長たちの不満が、夜の雪のようにしんしんと積り始めた瞬間であった。
それでも彼らは、『伝説の販売員』のすることだ、自分たちに試練を与えてくれているのかもしれない……。
と好意的に解釈し、懸命になってそれらを売りさばいた。
が、それこそが悪手。
何もかも、すべて……!
ジェノサイドダディが「ほーら、やればできるじゃねぇか!」と、長男に向かってドヤ顔をすると同時に……。
「わぁ、全部売れちゃった! ホントに伝説の販売員だったんだぁ!」と、ポップコーンチェイサーも大喜びし……。
あのオッサンから、チョコと一緒にもらっていた発注リスト通りの、新たなる『商品』が送りつけられる。
本部の前の通りを埋め尽くし、通行不能にしてしまうほどのそれは、なんと……!
『プレートメイル(最重量フル) 10万セット』……!!
これにはジェノサイド父子も発狂した。
母親が亡くなってから一度も声を荒げなかった彼が、その寸前にまで達するほどに。
「ふぅぅぅぅっ……。オヤジぃ……。どうするんだ、どうするんだ……。プレートメイルのフルセットなんて、この領内で着ているヤツなんてひとりもいないんだぞ……今度こそオヤジの『伝説の販売』でもしなければ……」
「う、うるせえうるせえうるせえうるせえっ!! 数だけなら、バトルアクスのたったの20倍だ! 死ぬ気で売ればまだやれるっ!! いいからテメーも、店員どもの尻を叩いて叩いて叩いて、それでも売らねぇヤツは、叩き殺してやるんだっ、ゴルァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
オヤジが振りかざすのは、いつまで経っても怒声と拳……!
そして根性論のみ……!
当然である。
彼が販売員の人生のなかでしてきたことは、部下である店員たちへの恫喝と暴力、そして誤発注のみだったからだ。
伝説になりえるだけの商売のノウハウや、膝を打つような革新的アイデアは、皆無……!
彼の中に詰まっていたのは、『暴言』『捏造』『虚偽』。
他人の成功を奪い取り、蹴落とし、自分の手柄だとアピールする事だけ。
おおよそ『英知』と呼べるものは、なにひとつ無かったのだ……!
最初のバトルアクスを売り切った店員たちも、次に送られてきた1000セットものプレートメイルを捌くのは不可能だった。
ついに親類縁者を頼り、自腹を切る者が現れはじめる。
ああ、それこそが最悪手。
悪手中の悪手。
悪手・オブ・悪手だというのに……。
悪魔の手と、ガッチリ握手……!
そうなると、もう逃げられない……!
ポップコーンチェイサーという名の悪魔はさらに調子に乗り、どんどんゴミを送りつける。
わけありの不良在庫や、消費期限ギリギリの薬草。
さらには竹光の剣や、生卵のように割れやすいガラス容器のポーションなど、おびただしい数を……!
なにせ、送れば送るほどゴージャスマートの売り上げが回復していくのだ。
地獄の内情を知らない彼にとっては、まるで勝つのがわかっているマネーゲームのようであった。
その激アツの売上と反比例するかのように、店員たちの心は急速に冷え込んでいく。
ようやく彼らにも、ここ最近の本部からの押しつけは試練などではなく、大臣の無茶振りであるという噂が伝わったのだ。
なぜ……。
なぜ『伝説の販売員』である、ジェノサイドダディ様は動いてくださらないのか……。
かつて上司から、同じような仕打ちを受けていたはずのジェノサイドダディ様なら……。
この苦しさは、おわかりのはずなのに……。
どうして……。
どうして『伝説の販売』で、我々を助けてはくださらないのか…。
さて……もう、お気づきだろう。
あのオッサンの、狙いに……。
王都ハールバリー攻略にあたり、オッサンはリング上にいるジェノサイドロアーではなく、そのセコンドであるジェノサイドダディを最初に狙った。
なぜならば、オッサンは感づいていたのだ。
「長男は次男や三男と違い、父親をうまく利用できるであろう」と。
ダディに言われるがままのナックルやファングと違い、ロアーはダディを利用して、スラムドッグマートの営業許可を直前に取り消させていた。
これすなわち、手持ちの駒をどう使えば最大限の戦果を挙げられるのか、知っている者ということになる。
ロアーの大駒はどれも、絶大な権力を持つわりに、駒自身は実に愚かだという特徴がある。
父親しかり、大臣しかり……。
だからこそ御しやすく、また操ったときの効果が絶大なのだ。
オッサンはそのふたつの力を逆に利用して、まずは駒を剥がしにかかった。
別件で呼び出された大臣に対し、
「『伝説の販売員』の力があれば、ゴージャスマートの売り上げが回復し、上納金も元通り……いえもっと増えますよ。彼をやる気にさせられるのは、ポップコーンチェイサーさんだけです」
とそそのかした。
かくして、『ゴージャスマート』に送りつけられる不良商品。
ダディはそれを、配下の店員たちに押しつけるであろうことは明白であった。
そうなれば、必然的に……。
『伝説の販売員』としてのメッキが、剥がれはじめ……!
彼は大駒として、役に立たなくなっていく……!
ロアーはまだ、気づいていない。
対戦相手のオッサンはまだリングの下にいて、観客たちに袋叩きにされていると思っている。
しかしその背後では、自分のセコンドがボコボコにされているとも知らず……!
……余談になるが、この作戦においてオッサンは『手痛い出費』をさせられた。
それは、何かというと……。
「ゴルちゃんのお店がダメだなんて、どうして!? ママ、筆頭大臣さん……いいえ、国王様にメッてするわ! メッ! メッ! って!」
頬をフグのように膨らませた、例の大聖女……。
彼女がさらなる権力を用いて、開業停止を撤回させようとしていたのだ。
いくらふたつの領地で名を馳せているとはいえ、個人商店のオーナーのために名家の大聖女が動くなど前代未聞。
しかも、国王に直訴など……『愛する勇者の死刑判決』クラスの、歴史に残るほどの大事件でもなければ、ありえないことである。
しかし、身も心も規格外な彼女に、この世の理など通用するはずもない。
ゴルちゃんも、なんとか言葉巧みに年下のママを止めようとしたのだが……。
それは暴走特急を身体ひとつで止めるに等しいほど、無謀なことであった。
だが、ここで彼女を野放しにすれば、どんな手を使ってでも営業許可をもぎ取ってくるであろう。
そうなってしまっては、ポップコーンチェイサーからの呼び出しもなくなってしまう。
オッサンは大聖女を思いとどまらせるため、やむなく彼女にとっての現生……。
各種チケットを渡さざるをえなかった。
前もってお知らせしていた通り、今回はオッサンのターンがしばらく続きます。