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65 長男流の追撃

 ハールバリー領への開店準備は、プリムラが一手に引き受けていた。

 そのために彼女は一生懸命がんばっていたので、開店直前になって衛兵局から営業許可が取り上げられても、彼女を責める者はいなかった。


 しかし、彼女自身は自分を責めた。

 根が真面目なせいなのと、なんでもそつなくこなしてきた少女にとっては、初めてともいえる挫折だったからだ。


 少女は事件のあったその日から、夜を徹しての申請書類の修正をはじめる。


 オッサンはそれを止めた。

 なぜならば、彼は営業許可が下りないのはこちらの不手際ではなく、別の要因であるとわかっていたから。


 しかし少女は、泣きはらした瞳に枯れない涙をたたえ続け、後のない浪人生のように机にかじりついて離れようとはしなかった。


 結局、オッサンは少女を寝かしつけるため、その日から当分の間は彼女の部屋で添い寝をすることになってしまう。

 その言い出しっぺはもちろん、例の長女である。


 オッサンは、花のような香りに満たされた寝室で、川の字になって……。

 というか1本の棒のようにくっつかれて、三姉妹とベッドをともにする日々が続いた。


 右にプリムラ、左にリインカーネーション、顔のあたりにパインパック。

 そして両胸にはそれぞれ、1/16フィギュアのような天使と悪魔が横たわる……。


 寝ぼけたパインパックが、オッサンの鼻をチュウチュウと吸ってくる。

 抱きつき癖のあるリンカーネーションが、ぎゅうとハグしてきて胸で窒息させられそうになる。

 夢と現実の区別がつかなくなったプリムラが、キス顔で迫ってくる。


 『美少女たちとの添い寝』というオッサンの戦いは、連日連夜に及ぶ。


 しかしその腐心をあざ笑うかのように、とある新聞社は『スラムドッグマート』の営業許可が下りない記事を毎日のように書き立てたのだ。



『田舎町でいちばんのスラムドッグマート、都心での開店ならず……!』



『営業許可が下りないのは、田舎臭さが原因……!?』



『戦う前から敗北したスラムドッグマート、損害が最低限に抑えられたという見方も……!?』



 これは言うまでもなく、デイクロウラーの仕業である。

 そして皆殺し一家の随一の切れ者、ジェノサイドロアーの差し金である。


 彼は、父親であるジェノサイドダディを利用して衛兵局大臣に働きかけ、スラムドッグマートの営業許可を開店直前で取り消させた。


 あえて直前に取り消させたのは、開店できない店舗を、民衆のさらし者にするという狙いからだった。

 いつまで経って開店しない店というのは、最初はともかく、長期に渡るとマイナスイメージに繋がる。


 そう、人々は痛くもない腹を探りはじめるのだ。



「あの新しくできたお店、ずっと閉まってるよ」



「いつになったらオープンするんだろう、もしかして、なにか大変なこともであったのかな?」



「いちどはオープンしたらしいけど、衛兵局から営業許可を取り下げられたんだって」



「へぇ、そうなんだ、何がマズかったんだろう?」



「そりゃ、きっとよからぬことを企んでいたからに決まってるだろ……!」



「そっか、それならずっと営業許可がおりなくても、おかしくはないな……!」



 それが近所の人々の世間話レベルであれば、まだいい。

 もしそこに追い打ちをかけるように、大衆向けのメディアが取り上げたとしたら、どうなるだろうか……?


 負のイメージは世間話を飛び越え、風評へとランクアップする。


 しかしそれだけでは、まだパンチが足りない。


 世間の人々は、田舎町で有名だった店が開店しようがしまいが、どうでもいいことだからだ。


 新聞で取り上げたところで、すぐに沈静化する……。

 そのことは仕掛け人であるデイクロウラーも、じゅうぶん心得ていた。


 彼は第一弾の記事を書き散らしたあと、どうしたかというと……。

 次は『オーナーへの個人攻撃』という名のスパイスを振りかけ、再び世に放ったのだ……!



『スラムドッグマートの営業許可の取り消しは、オーナーの人格が原因!?』



『いま明かされる、スラムドッグマートのオーナーの昔……! かつての同僚は語る!』



『陰では駄犬と呼ばれていた、スラムドッグマートのオーナー、その真実に迫る!』



 そう、ターゲットを『店』から『人』へと移し……。

 より刺激的なスキャンダルとして、『憶測』をばら撒く……!


 デイクロウラーの扇動はとどまるところを知らない。

 『憶測』という名のスパイスに加え、彼が第三弾として放ったのは……。



『スラムドッグマートのオーナー、真夜中の奇行!? 野良犬に異様な執着!?』



 夜の闇のなかで、物陰から野良犬に絡みつくような視線を投げかける、男の真写(しんしゃ)であった……!


 真写に写っているのはゴルドウルフではない。

 ゴルドウルフに見えなくもない、どこぞのオッサンである。


 しかし真夜中の隠し撮りというのは、実に意味ありげで、ミステリアス……。

 あとは、見出しを工夫すれば、あら不思議。


 渦中のスラムドッグマートのオーナーの、さらなるゴシップのできあがり……!


 ここで絶妙なのは、デイクロウラーはあくまで『ゴシップ』の域にとどめておいたことである。


 ゴルドウルフに大きなダメージを与えたいのであれば、ニセモノを作り上げて、犯罪を犯している瞬間を真写におさめればいい。


 しかしそれをしてしまうと、捜査のために憲兵局が動いてしまう。

 もちろんバレないよう偽装し、ゴルドウルフに罪をかぶせる自信はあったが、リスクとリターンが噛み合わない。


 そう、これがジェノサイドロアーの言う『法令遵守(コンプライアンス)』……!

 それに見合うだけの効果がないうちは、下手なことはしない……!


 デイクロウラーは『捏造』という名の燃料を用いた。


 しかしそれは、『ガソリン』ではない。

 派手ではあるが自分の身を焦がす危険性のあるものではなく、あくまで『調味油』レベル。


 犯罪ではないけれど、人々の興味を惹くという、ほど良いさじ加減で……。

 この話題を、さらに燃え上がらせたのだ……!



『野良犬オーナーの、今夜のお相手は……!?』



『スラムドッグマートのイメージキャラクター、それはオーナーの性癖の現れ!?』



『もう野良犬しか愛せなくなった、オーナーの幼少期に迫る……!』



 連日、身の毛もよだつような見出しが新聞に躍った。

 このアブノーマルかつセンセーショナルな記事が、人々の心を掴んだのは言うまでもないだろう。


 なぜならば成功者というのものは、見知らぬ人間から石を投げられる存在である。

 そのうえ田舎町での成り上がり者となれば、都会の人間にとっては格好の的。


 彼らにとっては、真実か虚実というのは、どうでもいい。

 妬ましい相手に、堂々と投げられる石を貰えさえすれば、それでいいのだ。


 元はといえば、店舗の営業許可の取り消しのはずが……。

 いつの間にか、ゴルドウルフ自身が無数の石つぶてを浴びることになってしまった……!


 これは例えるなら、観客の憎悪をかきたて、リングにあがる前に観客たちの手によって選手をボコボコする手法である。


 対戦相手であるジェノサイドロアーはリングの上から見下ろし、「ふぅ」と肩をすくめるのみ。

 彼は戦わずして、オッサンを袋叩きにすることに成功したのだ。


 しかし……彼はまだ、気づいてはいない。

 ガードを固めているオッサンの視線は、リングの上の彼を見ていないことに。


 そう……。

 狼の鋭い視線は、彼の背後……。


 背後にいる大いなる影に、向けられていたのだ……!


 ……実のところオッサンは、今回の攻撃は予想の範疇であった。


 もちろん対策も考えていたのだが、その発動には少しだけ時間を要した。

 オッサンがプリムラに「長期戦になりそうですから」と言葉をかけていたのはこのためである。


 その間、ひとつだけイレギュラー(●●●●●●)なことと、そして手痛い出費(●●●●●)をさせられてしまったのだが、それは置いておいて……。


 ついに……。

 ついに『その時』がやって来た。



「ゴルドウルフ殿。ハールバリー小国衛兵局より、お迎えにあがりました。衛兵局大臣がお呼びです」



 オッサンの……スネークパンチが炸裂する瞬間が……!

次回は長男編における大きな山場となり、さらに二回目のざまぁの始まりです。

オッサンの恐るべき反撃が開始されます。

「もう、これで終わりでいいんじゃない?」っていうくらい一気にいきますので、ご期待ください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >『美少女との添い寝』 というオッサンの戦いは連日連夜に及ぶ。 ・・・オッサンにとっては、勇者の嫌がらせよりも、三姉妹たちの相手をする方が大変なのであった・・・(笑) [気になる点] >…
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