64 長男流の妨害
「いただきまーす」
不意に鼓膜を揺さぶられ、ジェノサイドロアーは現実に引き戻される。
窓側に向けていた顔を動かし、座っていた丸テーブルのほうに向き直った。
白い湯気の向こうには、糸目を人なつっこく緩ませる、同い年の男が着席している。
さっそくオムレツを切り崩す彼に向かって、ジェノサイドロアーは呆れたようにかぶりを振った。
「ふぅ、デイクロウラーか。盗み食いとは趣味がいいな」
「ふたり分あるから、ボクのぶんだと思って。しかもできたてだなんて、ボクが来る時間までわかってたってコトでしょ?」
「だったら、部屋に入る時はノックくらいしたらどうだ」
「ノックなら、ずっとしてたよ。返事がないから、いないのかと思って開けてみたら、普通にいるし」
「俺がいなかったら、スキャンダルのネタがないか探そうとしてたんだろう」
「親友を疑うだなんて、相変わらず乾いてるね。あ、スキャンダルといえば、キミに言われたとおり、バッチリやったよ」
「ふぅ、それならわざわざ報告に来なくてもいい。昨日の夕刊で見た。ちゃんと他の新聞社も集めてくれたようだな」
「うん、だからスラムドッグマートのモノたち、最初はすっごく潤ってたよぉ。この王都じゃまだ無名の店なのに、こんなに新聞社が取材に来てくれたって」
「でもいざ開店となったら、衛兵に止められた、というわけだな」
「あの時のスラムドッグマートの乾きようったらなかったね。特にあの聖女……プリムラ様だっけ? 目に涙をいっぱい溜めて、いまにも泣き出しそうになっちゃってたよ」
「ふぅ……なぜ、ホーリードール家の聖女が悲しむんだ?」
「どうも彼女が営業許可の申請書類を提出してたみたい。衛兵が書類不備を指摘してたから、きっと自分の責任だと思ったんでしょ」
「ホーリードール家の聖女が涙したとなれば、特ダネじゃないか。でも、その絵面はなかったようだが?」
「そこだけは潤わなかったんだよね。ボクら記者たちでプリムラ様を取り囲んで『いまどんな気持ちですか、いまどんな気持ちですか?』って煽ったんだけど、スラムドッグマートのオーナーとかいうオッサンに邪魔されちゃってさぁ」
「ふぅ、そうか」
「でもさあ、キミの父上が衛兵局と通じてるとしても、いちど認可した営業許可を開店直前で取り消させるだなんて、よく大臣がやってくれたね」
「その分、オヤジは苦労したようだがな。大臣と話をつけて帰ってきたときのオヤジは、ひどい顔だったよ」
「でもさぁ、それだったら最初から営業許可を受理させないようにお願いすれば良かったんじゃないの?」
「ふぅ、それじゃダメなんだよ。スラムドッグマートは営業許可を得たからこそ、このハールバリー領に店舗を構えたんだからな。営業許可が出なければ、店舗を出すことはない……それじゃ、弟がやった、不動産屋に圧力をかけるのと何ら変わりがないんだ」
「それは、どういう違いがあるの?」
「考えてもみろ。新しい店舗ができたのに、いつまでも開店しない店があったら……。デイクロウラー、お前はどう思う?」
「うーん、なんで開店しないんだろう、って思うかな。……あっ、わかった」
「ふぅ、そういうことだ」
「そうか、それだと『スラムドッグマート』に、不動産屋に圧力をかける以上のダメージを与えられるね。さすがジェノサイドロアー、潤ってるね。学校でもずっと成績トップだっただけのことはあるよ」
「じゃあ次は何をすればいいか、わかっているな。引き続き頼んだぞ」
「まかせて、そういうのだったら、ボクの得意分野だからさ」
「ふぅ、方法は任せる。だが、やり過ぎるなよ」
「だいじょうぶだって。法令遵守、でしょ?」
「そうだ。ルールを守るヤツは三流、ルールを破るヤツは二流……そして」
ふたりの青年は、声を揃える。
「「ここぞという時にルールを破るヤツこそが、一流……!」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
このハールバリー小国で商店を出すには、営業許可というものが必要とされている。
ルタンベスタ領で開業する場合はアントレアの街、トルクルム領ではホーンマックの街にいる、領主に届け出なくてはならない。
それらについては厳格な審査などはなく、法律を守り、そして税金さえ納めていれば何も言われることはない。
出された営業許可については王城に集約され、衛兵局が一元管理している。
ちなみにではあるが、酒場やカジノなどの、いわゆる風俗営業については管轄が異なる。
こちらは憲兵局の担当となっており、そのややこしさが彼らの不仲に拍車をかけていると一部ではウワサされている。
そして、王都であるハールバリー領ではさらに事情が異なる。
王のお膝元で不心得をなす者があってはならないと、大臣が制定している審査を受ける必要があるのだ。
ただこれも、保証人を立てたうえで誓約書を提出し、あとは開店前に行われる実地検査が問題なければ、まず間違いなく商売が始められるようになっている。
あまりに厳しくし過ぎると、商いをする者がいなくなるという配慮からである。
このたびスラムドッグマートでは、ハールバリー領での営業許可を得るため、プリムラが一分のスキもない申請書類を作成した。
保証人はリインカーネーションに頼んだのだが、
「ゴルちゃんとプリムラちゃんのお願いだったら、ママ、なんにだってなっちゃう」
と彼女はロクに書類を見もせずに、ポンポンと魔蝋印を押してくれた。
保証人としての信頼は、これ以上の人物はいないという人選である。
さらには開店前日に行われた、立ち入り調査でも、「こんなにしっかり準備されているお店は初めてです。まだ開店前ですけど、模範店に指定したいくらいですよ」と担当者から太鼓判も貰えた。
もはや邪魔するものは、なにもない……はずだった。
しかし開店当日、よりにもよって記念セレモニーが行われているなかで、衛兵たちが押し寄せてきて、
「……動くなっ! 我々は、ハールバリー領衛兵局である! その開店、認めるわけにはいかんっ!」
まるで違法な営業を取り締まるかのように、待ったをかけられてしまったのだ。
差し止めをかけた衛兵たちによくよく話を聞いてみると、
「申請内容に、不備が認められた! それが是正されるまでは、開業を認めるわけにはいかん!」
書類審査も立ち入り審査も、両方ともパスしたと言っても聞き入れてもらえない。
しかも、何が不備だったのかを尋ねてみても、
「それは規則により、明かすわけにはいかん!」
の一点張り。
あまりにも理不尽で、一方的な宣告。
その場に居合わせた店員のみならず、常連客まで一緒になって抗議してくれたのだが、いちどお役所が下した決定が覆るはずもない。
それがわかっているのか、ゴルドウルフだけは何も言わなかった。
「わかりました」と頷いて、静かに引き下がってしまったのだ。
「す、すみませんっ! おじさまっ! わたしのせいで、わたしのせいで……!」
プリムラはもはや発狂寸前かと思うほどに取り乱していた。
壊れた蛇口のような瞳と、死人のような顔で髪を振り乱し、地にひれ伏そうとする。
その寸前で抱きとめるオッサン。
「落ち着いてください、プリムラさんのせいではありません。開店はしばらく延期にしましょう。どうやら、長期戦になりそうですから」
『聖女の土下座』という劇的瞬間を邪魔されてしまい、記者たちは舌打ちをした。
特ダネの鍵はプリムラにあると睨んだ彼らは、悲しみにくれる少女を取り囲んでインタビューを始める。
しかし、質問はぜんぶオッサンに答えられてしまった。
次回、さらなる長男の攻勢…!?