62 ハールバリー進出
ルタンベスタ領、アントレアの街にある『スラムドッグマート本部』。
同店の心臓部ともいえるこの場所で、新たな出店計画が話し合われようとしていた。
テーブルの上には、華やかな包装紙に包まれた剣や盾が所狭しと置かれている。
それらを眺めまわしながら、オッサンは切り出す。
「ハールバリー領の『ゴージャスマート』を何店か巡って、こうして品物を買ってきたわけですが、気づいたことはありますか? プリムラさん。……プリムラさん?」
呼びかけられ、ハッと我に返るプリムラ。
先ほどまでの夢のような出来事に、つい浸ってしまい、口の端にヨダレまで浮かべていた。
慌ててハンカチを取り出して拭う。
「す、すみません、おじさま。ついボーッとしてしまいました」
「大丈夫ですか? お疲れのようなら今日は早退しても……」
「い、いいえ! 大丈夫です、大丈夫です! おじさまとふたりっきりでお買い物だなんて、まるでデ……あ、い、いいえっ! なんでもありません!」
少女は髪の毛が渦を巻くほどに、赤くなった顔をブンブンと振った。
そして矢継ぎ早に続ける。
「え、ええっと、ハールバリーの『ゴージャスマート』さんは、今までのルタンベスタやトルクルムとは違い、扱っている商品や陳列が、大きく違っていると思いました」
「そうですね。それは、なぜだと思いますか?」
緊張を解きほぐすような、穏やかな口調のオッサン。
しかしそれが逆に彼女を高鳴らせているとも知らず。
少女は鼓動を押し込めるように、最近また育ってしまった胸にきゅっと手を押し当てながら答えた。
「は、はい。おそらく、ハールバリーは王族や貴族、そして勇者様といった裕福な方々が大勢おられます。その方々に買っていただけるような品揃えと陳列にしているのだと思いました」
「私もそう思います。取り扱っている武器は、冒険者の必需品よりも礼装品のほうが多い。ナイフよりもパリーイングダガーが、ソードよりもレイピアの品揃えが豊富です。これは今までの『ゴージャスマート』……いえ、うちの品揃えとも大きく異なっています」
「領内には冒険者の方々よりも、貴族の方々のほうが大勢おられるということなのでしょうか?」
「いいえ。王都があるハールバリー領とはいえ、数だけでいえば冒険者のほうが多いです。でも比率としては他の領地よりも裕福層の割合が高いようですね。彼らをメインターゲットとし、利幅の高い商品を扱っているというわけです」
「あっ、商品を包装してあるのも、そのためなのですね」
「そうですね。冒険者は買った品物をすぐ身につけますが、彼らはいったん家に持ち帰ります。そのために包装してあるわけです」
「なるほど……。ちゃんと考えられているのですね」
「はい、そしてそこが重要でもあるんです。調勇者の地位にあぐらをかくばかりではなく、お客様のニーズをきちんと把握して、実践している……。今まで競ってきた『ゴージャスマート』とは大きく違います」
商売の話になると、オッサンの眼光はにわかに鋭くなる。
そのりりしい顔から次々に繰り出される、的確な分析に、少女はまた魂を抜かれつつあった。
「はふぅ……おじさまの、おっしゃる通りです……」
「領地を担当している方面部長が、とても優秀なのでしょう。ですので、我々も気を引き締めてかからないと……プリムラさん?」
「はっ!? はっふぅ!? す、すみません、なんでもありません! ……でっ、ではでは、ハールバリーでの『スラムドッグマート』は、貴族の方々に喜んでいただけるようなお店にすると!?」
「いえ、そちらのターゲットはいったん置いておきます。高級志向はブランドイメージを定着させるのが重要ですので、出店したばかりの『スラムドッグマート』では、認知が少なくて太刀打ちできないでしょう。まずは今まで通り、我々のお客様である冒険者の方々に来ていただけるように頑張りましょう」
「か……かしこまりました、ではひとまずは従来通りということで。お店の出店場所のほうは、どちらなになさいますか? あとは、生産拠点となる工房と倉庫のほうは、いかがいたしましょう……」
オッサンはハールバリー攻略にあたり、まずは本部を王都に移転させるようプリムラに指示した。
王都は家賃が高く、販管費の増大に繋がるのだが、この国を攻略するにあたっては必要不可欠だと判断したからだ。
そして王都内に1店出店し、そこからルタンベスタとトルクルムを三角で繋ぐような形で出店を指示した。
これは、領地の境にある中継倉庫を使って、王都への商品輸送を効率的に行うためである。
物価の高い王都内では、店舗数が少ない間は工房と倉庫で商品を賄うようりも、よそから輸送したほうが経済的だと判断したのだ。
『スラムドッグマート』はすでにふたつの領地で圧倒的なシェアを獲得し、しかも50億をこえる資産もある。
金にモノをいわせて一気に攻勢に出ることもできたのだが、オッサンはあえてそれをしなかった。
おそらく手ぐすね引いて待ち構えているであろう、長男……。
ジェノサイドロアー・ゴージャスティスからの妨害を、予見していたからだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ついに王都、ハールバリーへと進出する日がやってきた。
まずは10店舗を同日にオープン。
全店で開店記念セールを行い、他の領地の冒険者たちも呼び寄せ、話題作りをするという作戦。
できあがった人だかりに、新聞社の記者たちが目をつけ、記事にしてくれれば更なる認知拡大に繋がる。
しかし記者たちを呼び集めるには、セール以上のセンセーショナルなイベントが必要だろうとゴルドウルフは考えていた。
なぜならば、このハールバリー小国にある新聞社は、どれも領内だけでの刊行しか行っていない。
ゴージャスマートがしでかした不祥事が、大々的に新聞に取り上げられたところで、他の領地にあるゴージャスマートにあまり影響を与えないのもそのためである。
その理由としては単純。
この国の新聞購読者たちは、他の領地の出来事にあまり興味を示さないのだ。
国内では最大手である新聞社であっても、領地ごとに違う新聞を発行していたりする。
よって、このハールバリー領内にいる記者、そして読者たちにとっては、『スラムドッグマート』はまだ新参者でしかないのだ。
もしこれが、逆……。
王都で評判を得ていた商店が、他の領地に展開するのであれば、こぞって取材が来たことだろう。
『王都で話題沸騰の店、ついにルタンベスタにも上陸!』
という感じで、都会に憧れる読者たちのために、取り上げてくれるからだ。
花の都というものは、いつだって田舎者には冷たい。
地方でヒットしたからといって、同じようにいくかと、むしろ洗礼のように迎えられるのだ。
オッサンはそう予想していたのだが、意外にもそれは、大きく外れることとなる。
オープン当日になって、蓋を開けてみれば……。
多くの常連冒険者たちに加え、記者たちがこぞって詰めかけてきてくれたのだ……!
かつてない、理想的なスタートとなった『スラムドッグマート』。
胸が七転八倒しているような大聖女のお祝いの踊りのあと、開店のテープカットが行われる。
今まさに、多くの客が店内になだれこもうとした、その時……。
「……動くなっ! 我々は、ハールバリー領衛兵局である! その開店、認めるわけにはいかんっ!」
大勢の衛兵たちが、人混みを押しのけ現れ、店の入口に壁のように立ち塞がった……!
開店の幕よりも、戦いの幕のほうが早く切って落とされるという、異常事態が発生……!
そう……!
花の都の野良犬は、すでに長男によって、ロック・オンされていたのだ……!
いよいよ、戦闘開始…!