61 さらなる昇進
ゴルドウルフの経営する、冒険者たちの店『スラムドッグマート』。
すでにハールバリー小国の『ルタンベスタ領』と『トルクルム領』において、トップシェアを獲得するに至っていた。
ふたつの領地をあずかるという立場は、勇者に換算すれば『小国副部長』に相当する。
よってオッサン、昇進……!
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
ディン・ディン・ディンギル
ブタフトッタ
ノーワンリヴズ・フォーエバー
マリーブラッドHQ
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
ジェノサイドダディ(失点21)
●力天級(小国副部長)
↑昇格:ゴルドウルフ
●能天級(方面部長)
ジェノサイドロアー
●権天級(支部長)
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
ジェノサイドファング
ジェノサイドナックル
ミッドナイトシャッフラー、ダイヤモンドリッチネル、クリムゾンティーガー
ライドボーイ・ランス、ジャベリン、スピア、オクスタン
名もなき戦勇者 124名
名もなき創勇者 55名
名もなき調勇者 103名
名もなき導勇者 154名
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ついに本丸であるジェノサイドダディの喉笛まで、あと一歩というところまで接近……!
さすがの皆殺しオヤジも、背後のすぐそばに野良犬の気配を感じるようになった。
獲物を追いかける犬の、ハッハッと荒い呼吸の幻聴まで覚えるほどに、彼は焦燥していた。
そう……。
今までどれだけの人生の荒波が押し寄せても、びくともしなかったジェノサイドダディ。
しかしここに来て、生まれて初めての心労というものを味わっていた。
無理もない。
彼は公私ともに、窮地に立たされていたのだ。
まず『私生活』のほうでは、彼の息子……。
三男であるジェノサイドナックルと、次男であるジェノサイドファングが憲兵局に拘留されている真っ最中。
三男はともかくとして、次男は血液検査が実行されれば有罪確定。
そうなれば、勇者の顔に泥を塗ることになり、上層部は黙っていないだろう。
ダディは愛する息子のために、連日街頭に立ち、憲兵局の横暴を訴えていた。
それこそ、寝る間も惜しんで……。
次に『仕事』のほうでは、最後の砦である『ハールバリー領』にスラムドッグマートがやって来る。
国内でもっとも大きな売上を占めている、この土地を野良犬に奪われてしまったら……。
これもまた、勇者上層部の怒りを買うことになる。
そしてこの問題を解決するために、オヤジは……。
民衆に石を投げられるよりも辛い、さらなる屈辱を強いられていたのだ。
「……ねぇ、どーいうことなの? ここんとこチョコレートがやけに少ないよね?」
「ちょっと、店員どもがヘマをしちまって……売上が減っちまったんだ」
ダイヤモンドのような輝きを、広い室内に振りまくシャンデリア。
その光が反射し、乳白色に照っている大理石の床に、オヤジは伏していた。
それどころか、床を舐めんばかりに顔面をこすりつけている始末。
獣王を思わせる、たてがみのような髪はいまや地の底であった。
エナメルの靴でその毛先を弄んでいたのは、革張りのソファにふんぞり返っている、ピエロのように派手な格好の若者。
不意にその尖った靴先が、デコピンのように獣王の額を突いた。
……コツン!
「ううっ!?」
「知ってるでしょ? ボクチンは山吹色のチョコが、だーい好きだってこと」
コツン! コツン! コツン!
若者は、リズムでも刻むように打ち据え続ける。
自分の父親ほども年上の、オヤジに向かって。
「うぐぐっ、す、すまねぇ、ポップコーンチェイサーさん!」
『ポップコーンチェイサー』と呼ばれた若者は、その名のとおりポップコーンが弾けたような髪を、風に煽られたヤシの木のように揺らして前屈みになると、
「ハアァ? 『さん』? たしか部長さんだよね? このちっちゃい国の。それなのにこのボクチンを、『さん』? ふぅーん? ふぅぅぅぅーーーーん?」
いたぶるような蹴りだけでは飽き足らず、ねちっこい視線と言葉でさらに責め立てた。
コツンコツン! コツンコツンコツン!
ダディの額はすでに赤く腫れ上がり、血管が浮かび上がっている。
許されるなら、今すぐにでもこの足を掴んで立ち上がり、ベランダから逆さ吊りにしてやりたい怒りでいっぱいになっていた。
しかしそれをやったら、すべてが終わり……。
彼は歯茎から血が滲み出すほどに歯を食いしばり、懸命に堪えていた。
「ううううっ! く、くそっ……! あ、い、いや。す、すいませんでした。ポップコーンチェイサー様。チョコのほうは、必ず元通りの量を用意する……しますから、もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ……くれませんか……!?」
「えーっ? 待つの? ボクチンはチョコが大好きなのと同じくらい、待つの嫌いなの、知ってるでしょ?」
コンコンコンコンコンコンコンコン!
「おかしいよねぇ? ボクチンは衛兵局から上がってくる報告書のなかで、ゴージャスマートがらみのものはぜーんぶポイしてきたんだよ? それなのにご褒美のチョコが減るだなんてさぁ、それっておかしくない? おかしくなーい?」
ココンコンコンコンコンココンコンコンコンコン!
「それにさぁ、憲兵局大臣の不祥事をつくりあげて、衛兵局大臣であるこのボクチンを、筆頭大臣にしてくれるって約束のほうは、どうなったの? まさか失敗したとは言わないよねぇ?」
コンコンココンコンコンコンココンコンコンコンココンコンコンコンココンコン!
巣穴を掘るキツツキのように額を蹴られ、ダディはすでに血だらけ。
全身は屈辱にまみれ、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
しかしそれでも、オヤジはすがる。
「うううっ……ぐっ……! うぐぅぅぅぅーーーっ!?!? そ、それも! それもちゃんと、ちゃんとやらせていただきますから! どうか、どうか! 俺にもう少しだけ、もう少しだけ力を貸してくれませんか!? ……ふんがっ!?」
顔をあげて懇願すると、飛んできた靴先は鷲鼻にブスッと刺さった。
ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ!
「あははっ! 変な顔! おもしろーい!」
ポップコーンチェイサーがぐいっと足を持ち上げると、オヤジは鼻フックをされたように吊り上げられる。
「ふががっ!? ふがははっ、ははっ! お、面白いでしょ!? ふがががーっ!?」
いい歳したオヤジが鼻を抉られ、変顔にさせれている最中ではあるが……。
ここで、彼らの力関係について触れておこう。
勇者と各国の権力者、そして女神との力関係は以下のようになっている。
01:女神ルナリリス
02:御神級の勇者
03:その他の女神
04:準神級の勇者
05:大国の王
06:熾天級の勇者
07:小国の王、または大国の筆頭大臣
08:智天級の勇者
09:小国の筆頭大臣、または大国の大臣
10:座天級の勇者
11:小国の大臣
12:主天級の勇者
これらは厳密に定められているものではなく、暗黙の了解として存在しているものである。
ポップコーンチェイサーは11番目の『小国の大臣』、ジェノサイドダディは12番目の『主天級の勇者(小国部長)』なので、わずか1ランクの差。
ダディが昇格して『座天級の勇者』、すなわち大国の副部長になれば立場は逆転するのだが、そこに至るまでには大きな壁が存在している。
大国の副部長になるためには、『大国の大臣』との繋がりが必須とされているのだ。
実はポップコーンチェイサーは大国である、『セブンルクス』の国王の息子のひとり。
『セブンルクス』の国王は、小国を操るため、同盟の名のもとに息子たちを小国に送り込んでいるのだ。
もしポップコーンチェイサーが出世すれば、『ハールバリー』という国は『セブンルクス』の傀儡同然となる。
そしてそうなれば、出世をアシストしたダディの評判は、『セブンルクス』の国王に耳に届く。
そんな有能な人物であれば、ぜひ我が国に……となり、大国との繋がりをゲット。
『座天級の勇者』になるためのハードルを越えられるというわけだ。
ポップコーンチェイサーとはたった1ランク差、そして自分の息子ほどに年の離れた若造……。
それなのにダディがへーこらしているのには、そのあたりの理由からである。
ダディは血まみれの顔を道化のように歪め、件の彼のご機嫌を取っていたが、心の中は憎悪に満ちていた。
――見てやがれっ、このクソガキっ!
大国との繋がりさえできりゃ、大国副部長になれる……!
そうなれば小国のお前なんざ、どうとでもできるんだ……!
お前に叩かれた回数は、ちゃんと覚えてるぞっ……!
その倍……いや10倍の数、火箸で小突きまわしてやらぁ……!
そして……そのいけすかねぇ鼻の中に、ブッ刺して……!
口からしか呼吸できねぇようにしてやっからなぁ……!
覚えてろよっ、ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
長男編の最初の1話は、オヤジのざまぁからスタートです。