58 ドッグ・チェイサー CASE1-3
周囲には、毒々しいフェイスペインティングをした者たちが殺到していた。
手にはナイフや鞭、金槌や角材など、このクラブにあったのであろう武器と呼べそうなものを手にして。
金網を隔てたリングの中央には、参った様子で後ろ頭をかきむしる帽子の男。
「動物園で人気の珍獣って、こんな気分なのかねぇ。だったらツガイのひとつも欲しいもんだね、っと」
彼がそうつぶやいた直後、
……ズバァーーーーンッ!!
2階の客席にある扉が、勢いよく吹っ飛んだ。
金網に張り付いていた人々はハッとなって振り返り、仰ぎ見る。
視線から解放された珍獣は、「遅ぇよ、っと」溜息とも安堵ともつかない息を漏らした。
天上からの音楽のように、流れ込んでくる生演奏。
極彩色の光をバックに、扉の向こうに立っていたのは……蹴り脚を振り上げたままの、大柄なシルエット。
「アイツ、また扉をブッ壊しやがって……加減くらい覚えろっての。それにあの調子じゃ、またぶつけちまうだろうよ、っと」
室内に躍り込もうとした大男は、珍獣の予言どおり、
……ガアンッ!!
入口で頭をぶつけ、盛大にのけぞっていた
痛かったのか、頭を押さえてしゃがみこんでいる。
ひとりで喜劇のように暴れ回る影に、あっけに取られたままの階下の客たち。
しばらくして大男は回復し、2階の客席からドスドスと駆け下りてきたかと思うと、
……ぶわっ!
巨躯を暗雲のように広げ、宙を舞った。
そして、
……ズズゥゥーーーンッ!!
岩石のような重量感を持って、リングの中に着地する。
そして直立し、出来たてのタンコブを指し示すかのように、ビシッと敬礼した。
「ガンハウンド上官! ソースカン捜査官、第一、第二作戦を終え、いま本隊に合流したであります!」
「能書きはいいから、さっさとよこしな、っと」
手渡された重みに、天の川での逢瀬のようなときめきを感じる彦星。
しかしそれは、一夜よりも短いほんの一時でしかなかった。
「うっ、くっせぇ……コレ、どこにあったんだよ? っと」
彦星は鼻を押さえ、織姫を指でつまんでぶら下げる。
彼の従者である大男は、弾帯を差し出しながらニカッと笑った。
「知りたいでありますか?」
「いや、やっぱいい。遠慮しとく……っと」
弾帯も同じ場所にあったのか、嫌な想像をかきたてる匂いに満ちていた。
それ腰に巻くと、身体にまで染み込んでくるような気がする。
ガンハウンドはもう一蓮托生とばかりに、ヤケクソ気味に吐き捨てた。
「デカブツに殴られる以上にやなコトが、この世にあったとはねぇ……っと」
……彼は、このクラブが『魔王信奉者』のアジトであることを突き止めるため、単身で乗り込んでいた。
そして、ボスとして目をつけていた葉巻男にチョッカイをかける。
掛け金の札束を取り出すついでに、憲兵の証である銃をわざと見せつけ、あぶり出しを行った。
彼らは憲兵を前にしたところで、すぐに殺すようなことはしない。
銃を奪ったあとで、『儀式』の生贄にする……。
そう読んでいたガンハウンドは、部下のソースカンを店の裏口に張り込ませていた。
魔王信奉者たちは銀製の武器を忌避するので、奪ってもすぐに処分する。
クラブの従業員がガンハウンドの銃を裏口から持ち出して、捨てる……それを突入の合図としていたのだ。
ソースカンは銃を回収し、見張りをボコって秘密の地下を聞き出し、ガンハウンドと合流する。
それが彼らの作戦の全貌であった。
作戦は大成功……!
しかしこの凸凹コンビが窮地なのは、依然として変わらず……!
「なんだぁ? 応援が来たかと思ったら、部下がたったひとりか! おどかしやがって! ハハハハハ!」
葉巻男がそう嘲ると、200人はいるであろう彼の部下たちがどっと笑う。
その戦力差、100倍……!
ガンハウンドは愛銃を取り戻し、ソースカンも長銃を持ってはいるが、どちらも火打ち石式。
再装填には時間がかかるので、その間に袋叩きにあうのは目に見えている……!
しかし二匹の猟犬からは、焦りがみじんも感じられない。
彼らは不敵に笑いながら背中合わせになると、
「なんでたったふたりなんだろうねぇ……わかるか、ソースカン? っと」
「この規模の魔王信奉者のクラブなら、我々ふたりでじゅうぶんだからであります!」
ぐるりと悪魔の手先どもを見回しながら、そうタンカを切ってみせたのだ……!
「なんだとぉ!? イヌどもが、いきがりやがって! ……もう、『儀式』なんてかまわねぇ! コイツらを八つ裂きにして、ジャーキーにしろっ! そして後から探しに来た仲間のイヌどもに、ツマミとして食わせてやるんだっ!」
「おおーーーーっ!!!」
ボスのかけ声に、熱狂が噴出した。
全方位から押し寄せてくる手下たちに、金網が圧壊する。
ソースカンは防波堤のように両腕を広げると、高波のように覆い被さってくるそれを受け止めた。
「うおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
そして彼らが放った何倍もの怒声を持って、一気に押し返す。
たったひとりに力負けして、将棋だおしになる手下ども。
倒れた金網にガンハウンドがすかさず乗っかり、彼らをさらに下敷きにする。
「季節外れにしちゃ、いい波だねぇっと」
揺れる金網の上を、サーファーのように乗りこなす。
仲間が下敷きになっているのもかまわず、手下どもが次々と相乗りしてくる。
「そうそう。大勢で踏んだほうがラクだもんねぇ、っと」
余裕しゃくしゃくのガンハウンドはボクシングの構えをとった。
不安定な足場を逆に利用し、柳のように揺れて敵の攻撃をかわす。
そして稲妻のような鋭いジャブを、次々と敵の鼻っ柱に叩き込んでいった。
……バシッ! バキッ! ガキッ! グシャッ!
ポップコーンが焼けるような、軽快な破裂音。
「ぐわっ!?」「ぎゃっ!」「ふぎゃっ!?」「ぎゃあっ!?」
瞬きほどのわずかな間に、一気に4人がダウン。
彼らのひん曲がった鼻先には、焼き印のように聖刻の跡が残っている。
「魔王信奉者退治にゃ、銃なんていらないんだよねぇ、っと。こうして鼻を折ってやりゃ、小鳥みたいにピィピィ泣き出す……っと」
不意に両脇から飛びかかってきた手下たち、腕を掴まれても慌てない。
「またはこんな風に、っと」
ガンハウンドは片膝を軽く持ち上げたあと、勢いよく振り下ろす。
靴のヒール部分で、押さえているヤツらの足を思い切り踏み抜いた。
……グシャッ! クシャッ!
「うぎゃあああああああっ!?」「ひぎゃあああああああっ!?」
「こうやって足の小指を狙えば、簡単に踏み潰せちゃうんだよねぇ、っと」
たまらず叫びだし、片足でケンケンしているところをローリングソバットで蹴散らす。
ちょうどいいタイミングで飛んできた人間ロケットとぶつかって、もつれあうようにして転がっていった。
「うおっ! うおっ! うおおおおおおおおーーーーーっ!!」
両手をメチャクチャに振り回し、群がる手下どもを張り飛ばしているソースカンからの追い打ち攻撃だった。
横綱が、ちびっ子力士たち相手にムキになっているかのような、一方的な光景。
彼はメリケンサックではなく、手のひらに聖刻が埋め込まれたグローブをしている。
それで豪腕による張り手を繰り出しているので、
……ズッパァーーーーーンッ!!
綱くらいの太さの鞭で、容赦なく引っぱたいたような乾いた音とともに、
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
頬骨を砕かれ、しかも焼き印まで押されてしまった犠牲者が、数メートルは吹っ飛ばされるという、やり過ぎっぷりであった。
この猟犬編は、あと2話で完結予定です。
意外な事実が明らかになりますので、お楽しみに!