54 ジャストムーン2019 前編
『あけまして、おめでとうございまーすっ!!』
部屋から出たばかりのゴルドウルフを、華やかな声たちが出迎えた。
そして咲き乱れる花畑に迷い込んだかのような、目にも鮮やかな絶景を目の当たりにする。
妖精とも見紛う、羽根のような袖を持つ少女たちに取り囲まれる。
オッサンは桃のようなかぐわしい芳香と、マシュマロのような感触に包み込まれた。
「あけましておめでとうございます。みなさん、素敵な衣装ですね。これはたしか、東の国『シブカミ』の……」
「あらあら、まあまあ。ゴルちゃん、知っていたのね。そう、これは『振り袖』っていう民族衣装なの! 今年の正月の女神様はメルタリオン様でしょ? だから縁起のいい方角にあるシブカミ風にしたくて、ママ、はりきっちゃった!」
全員分の振り袖を作ったのであろうリンカーネーションが皆を代表して答えた。
彼女は黒地に牡丹柄の振り袖を着用。
スリムな体型が多いシブカミの民族衣装では胸がきついようで、襟はすっかりはだけている。
肩や鎖骨どころか、湯船に浮かぶ月のような白い胸が半分近く露出してしまっている。
ひとりだけ完全に、オイラン・スタイルであった。
オッサンの腕を取り、桃源郷に誘うオイラン。
そのふたりから生まれ出でたかのように、胸の隙間を押しのけてパインパックがよじよじと這い上ってきた。
「ごりゅたん、ぱいたん、みうー!」
水色の生地に、白いスズランの花が踊るさやわかなデザインの着物。
長い袖が絡まって登りづらそうだったので、オッサンは手をさしのべて抱きかかえた。
オイランの反対側では、三人の少女が綱引きのようにオッサンの腕を引っ張っている。
「ゴルドウルフ! アタシのフリソデ、どう!? 今日だけなんだから、もっとちゃんと拝みなさいよ!」
晴天のような抜ける青さにヒマワリの花が咲き乱れている、派手な着物のシャルルンロット。
「目の保養のん」
ラベンダーで紫一色の、落ち着いた色合いの着物のミッドナイトシュガー。
「ゴルドウルフ先生! どうですかっ!? こんな綺麗な服を着るの、初めてで、嬉しくって……!」
脳天気なほど明るい、タンポポの着物のグラスパリーン。
おそらく何度も転んで着崩してしまったのであろう、すでにヨレヨレになっている。
そこから一歩退いたところには、さらに三人の少女たちが並んでいた。
控えめに咲く桜をモチーフにした、かわいらしいピンク色の着物のプリムラ。
夜に咲く月下美人をあしらえた、密やかさと妖艶さを感じさせる着物のミスミセス。
四つ葉のクローバーを敷き詰めた、緑色の着物のクーララカ。
「みなさん、とっても素敵ですよ」
ゴルドウルフはひとりひとりに向かって、丁寧に微笑み返した。
その背後から、ひょっこり顔をだすふたりの少女。
新しい人形を見つけたとばかりに、リインカーネーションはすかさず喜色をあげる。
「あらあら、まあまあ! ルクちゃんにプルちゃん! あなたたちのお着物もちゃんと用意してありますからね、ささ、ママといっしょにお着替えしましょうねぇ」
申し出に対し、折り目正しく頭を下げるルクと、興味なさそうに頭の後ろに手をやるプル。
「ありがとうございます、リインカーネーションさん。ルクもフリソデというものを着てみたかったんです」
「プルは、食べ物のほうがいいなー」
「うふふ、ごちそうもちゃんと用意してますよぉ。みんなで腕によりをかけて作った『オセチ料理』がありますからね。お着替えして、お参りしたあとで、みんなで食べましょうねぇ」
「オセチ!? 食べたい食べたい! だったら着替える! オマイリする! 早くいこー!」
「もう、プルったら……」
手を繋ぎあい、リインカーネーションの部屋へと消えていくルクとプル。
大聖女と、天使と悪魔……。
なんとも奇妙な取り合わせであるが、彼女たちは母子のように幸せそう。
ちなみにルクは白百合、プルは黒薔薇の着物であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴルドウルフも『ハカマ』に着替え終えると、すっかりシブカミ風の正月の雰囲気となった。
「せっかくのシブカミ風なのですから、私からもみなさんに『お年玉』を差し上げます」
オッサンは懐から『点袋』という名の小さな封筒を取り出す。
リインカーネーションが今日のために張り切っていたのは知っていたので、彼もそれに合わせて密かに準備していたのだ。
ひとりひとりに配り終えると、さっそく中身に手を突っ込んだシャルルンロットから、
「しけてるわねぇ」
と忌憚ない感想が飛んできた。
「そうですか? お小遣いとしては、奮発したつもりなのですが……」
「金なんて、アタシには腐るほどあるからいらないわよ。それよりも、金以外でアンタが出せるものがあるでしょう。たとえば、ホラ……『入浴券』とか『添い寝券』とか……」
お嬢様はさして興味もないそぶりをしながら、自分が欲しかった物を催促をする。
他の女性陣も同じ思いだったのか、うんうんと頷いている。
『入浴券』は正しくは『ゴルちゃんと入浴券』。
『添い寝券』は正しくは『ゴルちゃんと添い寝券』という。。
この、敬老の日などにありそうなチケットシステムは、元は大聖女が考案したもの。
彼女が元締めとなって『ゴルちゃんと~』と冠した約束手形を発行していたことに由来する。
しかし大聖女は己の立場を利用し、次々と手形を乱発。
とうとう『ゴルちゃんがママのことをママと呼ぶ券』などの私利私欲の塊のような券を発行してしまい、その立場を追われることとなった。
だが需要だけは依然としてあったので、今ではゴルドウルフ自身がチケットの製造と配給を行っている。
偽装も多いので、防止のために魔蝋印まで押してあるという凝りようである。
……想像してみてほしい。
オッサンが首をかしげながら、自分自身の『入浴券』や『添い寝券』を刷っている姿を……。
そしてそれらをプレミアムチケットとして欲しがる、少女たちの姿を……。
結局、オッサンは彼女たちのおねだりに負けてしまい、追い銭を払うことになってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
パーティの前に、みんなで揃って女神メルタリオンを祀る聖堂へと出かけた。
シブカミでは『初詣』と言って、正月に聖堂を礼拝する風習があるのだ。
10人もの艶やかな美少女たちは、新年の往来では嫌でも人目をひいた。
「わあ、見てみて! ホーリードール家の聖女様たちよ!」
「いつものローブじゃなくて、すごい綺麗なドレス!」
「前を歩いているのは、『わんわん騎士団』の子供たちか!」
「いつもの騎士ドレスもいいが、あのドレスもかわいいなぁ!」
「あれ、あそこにいるの、クーララカさんじゃない!?」
「いつもの男っぽい格好も素敵だけど、ドレスも素敵~!」
「あぁ、ミスミセスさん……! 店員のエプロン姿もいいけど、あのミステリアスなドレスもいい……!」
「ルクちゃんにプルちゃん! ああ、あのドレスだと、ふたりとも本当に妖精みたいだ……!」
「いいなぁ、俺も一度でいいから、あんな可愛い子たちとデートしてみたいよ」
「お前にゃ、あの中のひとりでも無理だって! ましてや10人ともなると、ゴッドスマイル様くらいじゃないか?」
「でも、彼女たちといつも一緒にいるオッサンがいるじゃん」
「馬鹿、あれは使用人に決まってるだろ! あんなかわいい子たちがオッサンなんか相手するかよ!」
ふと、オッサンの前を歩いていたシャルルンロットが、くるりと振り返った。
「そうだ! さっき貰った『抱っこ券』ここで使うわ! あ、でも、勘違いしないでよ! 抱っこしてほしいわけじゃなくて、歩くのに疲れただけなんだからね!」
ビシッ! と突きつけられる『ゴルちゃんと抱っこ券』。
しかしそれは、一枚だけではなかった。
「右に同じ。チケットを行使する」
「えええっ!? じゃ、じゃあせっかくだから、私も……!」
「ぱいたんもー! らっこして、らっこー!」
「あぁん、じゃあママーも! らっこらっこー!」
「そっかぁ! このチケットがあれば、我が君に抱っこしてもらえるんだね!」
「怪我したフリをしなくても、我が君の抱擁がいただける……? なんて素敵なチケットなんでしょう」
「あんっ。じゃあ、ゴルドウルフさん、私もおねがいします! なんて……んふふふっ」
「あの、もちろんおじさまが、ご迷惑でなければ、ですが……」
「うーん、そうだな、じゃあ……みんなでゴルドウルフを抱っこするってのはどうだ!?」
「あっ、それいいわね、クーララカ! そうしましょう! みんなもいいわねっ!?」
『さんせーいっ!!』
そして、有無も言わさず持ち上げられるオッサン。
彼は神聖日ではモチモチの木になって、この正月では、モチモチの海を泳ぐハメになってしまった。
しかもこの時点ではまだ、気づいていない……。
道行く男たちが皆うらやむモテっぷりが、まだほんの序章でしかないことに……!
明けましておめでとうございます。
本当は正月は更新しないつもりだったのですが、感想欄で読者様から振り袖姿のヒロインたちが見てみたいというのがありまして、思わず書いてみました。
ささやかなお年玉として、お楽しみいただけると嬉しいです。