50 ガス室は誰のため
ついに遂行される、『ガス室作戦』。
これは新聞の一面をすべて書き換えるほどの強烈なインパクトがあった。
『調勇者ジェノサイドダディ様、憲兵局とホーンマックの街を相手どり、巨額の損害賠償を請求!』
『ジェノサイドダディ様、吠える! 息子は嘘に殺されかけた!』
『ジェノサイドダディ様は語る、憲兵局の怠慢を絶対に許さない!』
ユーチューバーのサムネイルのごとく、歪んだ顔をさらに醜く崩れさせて、眼球マーライオンになってしまったかのように涙をどばどば溢れさせる父親。
そしてその背後には、ベッドに横たわるミイラ姿の次男が……。
そんな、見出しも真写も暑苦しいモノが、連日トップニュースとして取り上げられた。
もちろんゴルドウルフもその動向をチェックはしていたが、まさか自分に被害が及ぶとは気づいていないのか、特になにもしなかった。
すでに……彼は密閉空間に閉じ込められ、ゆるやかな死の眠りに誘われているとも知らず……!
この世界の裁判は国ごとによって制度が異なる。
このハールバリー小国では、陪審員による審理制を採用している。
これは子供の頃から『暴言王に俺はなるっ!』と真顔で叫んでいたジェノサイドダディにとっては、またとないシステムである。
今回の裁判は7人の陪審員だったのだが、それは7つの海同然。
何も知らない彼らを股にかけることなど、至極簡単……!
暴言王にとっては肩にオウムを乗せながらでもできるほどの、たやすいことだったのだ……!
以下、被告側の弁論である。
いいかっ! ジェノサイドファングはガキの頃からやさしい子だったんだ!
捨て猫がいたら箱から取り出して、別の金属製のりっぱな箱に移し替えてやるような子だったんだ!
そして働き者でもあった!
調勇者になってからも、誰よりも働いていたんだ!
だが、そうやってがんばってる人間にゃ、いつだって邪魔者は付きものだ!
ヤツらはハイエナといっしょで、自分から獲物を狩ることはしねぇ……!
ライオンの狩りの足をひっぱり、獲物をかすめ盗ることしかしねぇ!
そんなハイエナどもが、息子の部下たちにいやがったんだよ!
ハイエナどもはロクに働きもしねぇクセに、息子に反発して……!
とうとうゴージャスマートの評判を落とす計画を、実行に移しやがった……!
それが何だかわかるか!? 一連のクレーム騒動だよっ!
ハイエナどもは一見、スラムドッグマートさんの評判を落とすために働いているように見せかけて……。
実は、裏でスラムドッマートさんと繋がってたんだよっ!
だって考えてもみろよ! あのホーンマックでの出来事を!
神聖日という商戦期にあわせて、しかもシャンタ……。
厳密には鹿だが、あのマザー・リインカーネーション様がお見えになって、事態を沈静化するなんて……。
偶然にしちゃ、できすぎだろう!?
そりゃそうだ! 最初からぜんぶ、仕組まれたことだったんだからなっ!
ホーンマックの事件では、ライオンの覆面をかぶったヤツが首謀者で、ソイツが息子ってことになってるらしいが……。
それもデッチあげだ! 同じ体格のヤツが、覆面をかぶってなりすましてたんだ!
そのライオンマスクは、途中で落馬してリンチにあったんだろう!?
瀕死の大怪我だったらしいが、マスクを剥がされる寸前で逃げおおせたらしいじゃねぇか!
おかしくねぇか!? おかしいよなぁ!?
なんでそこまでボコボコにされたヤツが、逃げおおせるんだ!? 街じゅうのヤツらから追いかけられてたんだろ!?
その理由を、教えてやろうか!
ソイツはハイエナどもが用意したニセモノだから、覆面を取るわけにはいかなかったんだよ!
ボコボコにしたあとで、ハイエナどもが結託して逃がしたんだ!
取り逃がしたことにすれば、街のヤツらの反感はくすぶったままにできる……!
そしてその感情が、そのまま街の『ゴージャスマート』に向かえば……!
トルクルムでいちばんの街、ホーンマックからゴージャスマートの悪評が広まって、領内ぜんぶの店に大ダメージを与えられるもんなぁ!
証拠はまだあるぜ!
ホーンマックでのクレーム騒動の時には、息子は俺と一緒に、ハールバリー領のゴージャスマート本部にいたんだ!
やさしいあの子は、本部に迷い込んできた野良猫を、せっせと立派な箱に移してたよっ!
それなのに……それなのに……!
あんまりじゃねぇか!?
息子はなにもしちゃいねぇ!
クレームの指示どころか……スラムドッグマートさんに押し寄せて、営業の邪魔をしろなんて邪悪なこと、考えつきもしねぇ子なんだ!
常日頃から店員たちに言っていたのは、スラムドッグマートさんに負けないように一生懸命がんばろう!
それだけ、それだけだったんだよぉ……!
それを、それを……!
新聞屋どもがありもしねぇことばかり、書き立てやがって……!
俺は怒ったさ! だが、息子は怒らなかった!
それどころか、自分を責めたんだ!
「俺が悪かったんだ」って……!
「俺がちゃんと店員たちの気持ちを理解していれば、こんなことにはならなかったんだ」って……!
「俺ひとりが犠牲になれば、みんな丸くおさまる……。失った信頼は、またイチからやり直せば取り戻せる」って……!
息子は新聞屋どもの取材に応えるため、表に出るって聞かなかったが……俺は止めたんだ!
だって……こんなにやさしい息子は、捨て猫どころかハイエナどもにまで同情して、ありもしない罪を認めようとしてたんだ!
息子は……ハイエナになって噛みついてきた店員たちを……!
救おうとしてたんだよっ! 自分だけを、犠牲にしてっ……!!
だから俺は、必死になって止めた!
身を隠せって、身体を張って説得した!
だって……だって、おかしいじゃねぇか!?
何も間違ってねぇ息子が、なんで裁かれなきゃいけねぇんだ!
子供が間違ったことをしようとしたら止めるのが、親のつとめだ!
だが息子は……! ジェノサイドファングは……! 俺以上に、自分に正直に生きようとしたんだ!
それを止めなきゃならねぇ、俺の気持ちがわかるかっ!?
正しいことをしようとして、親に止められた息子の気持ちがわかるかっ!?
そんなことも知らねぇで……!
新聞屋どもは、身を切る思いで身を隠した息子のことを、面白おかしく書きたてやがって……!
息子は……! 息子は……!
まいにち新聞を見て、心臓が張り裂けるような思いだったんだよっ!!
俺は息子が哀れすぎて、なにかできることがあるんじゃねぇかって、必死に考えた!
衛兵局の大臣様に頼みこんで、真実の解明ができねぇかって相談したんだ!
そしたら、犯罪捜査は『憲兵局』の仕事だって言うじゃねぇか……!
衛兵局からは事件性ありの報告書をあげることはできるが、実際に捜査するかは決めるのは憲兵局だって……!
衛兵局の大臣様は、本当に親身になって動いてくれた……!
それを、それを……! 憲兵局の大臣が、ぜんぶフイにしやがったんだ……!
なあ、教えてくれよ!?
国民のために真実を明らかにし、正しいヤツを守り、悪いヤツをとっつかまえるのが憲兵局の仕事じゃねぇのか!?
何もかもメチャクチャにした、ハイエナどもには目もくれず……。
何の罪のねぇ、やさしさと真面目さだけが取り柄の青年を……。
……焼身自殺に追い込むのが、お前のらやり方なのかよっ!?!?
息子は自殺しようとしたんじゃねぇ!!
憲兵局のヤツらに殺されかけたんだっ!!
くうううううっ……!
うぐぐぐっ……うおおおおおーーーーーーんっ!!
なにが……なにが悪かったっていうんだ!?
やさしい息子が、一生懸命働いている息子が、一体何をしたっていうんだっ!?
聞いてくれ、裁判長……!!
そして、陪審員の方々……!!
いや、俺はもう、裁判なんてどうでもいい!! このことを、世界に向かってぶちまけてやらぁ!!
喉を焼かれた息子のかわりに……!! 死ぬまで訴え続けてやるっ!!
息子と同じように、声が潰れて二度と声が出せなくなったとしても……!!
息子と同じように、憲兵局のヤツらのせいで、この身が焼かれようとも……!!
俺は獣のように、真実を叫び続けてやるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
ジェノサイドダディの雄弁は、金……。
いや、金剛だった……!
喜怒哀楽と身振り手振りをおりまぜ、舞台演劇のように法廷内を駆け巡り……。
斬新でセンセーショナルな言い回しで、耳目を集め……!
残酷かつショッキングな情景を想像させ、悲しみの余韻を残すような語り口で……。
被害者としての苦痛を、ありありと訴えかける……!
しかも証言台の隣にはベッドが持ち込まれており、その上ではジェノサイドファングが被害者のように痛々しく横たわり……。
ときおり合いの手のように入る、息子の悲痛なしゃがれ声が、さらに同情を誘い……。
7人の陪審員たちは、つぎつぎに皆殺し親子に感情移入させられてしまったのだ……!
彼らは被告席にいる、態度の悪い憲兵局の人間に、批判的な視線を投げかけ……。
それどころか、ついにはもらい泣きまで始める始末……!
それほどまでに法廷での答弁は、原告側の一方的有利で進んだ。
これがもしジェノサイドファングが健常だったら、こうはいかなかっただろう。
ヘタレの彼が矢面に立っていれば、あっという間に針のむしろのようになっていただろう。
しかしミイラ状態だったのが、まさに怪我の功名だった。
彼に問いかけたとしても、まともに答えられる状態ではないのは明らかだったからだ。
すべてダディが遮ったとしても、何ら不自然なことはない。
相手のキラーパスを、『得点王』ならぬ『暴言王』に回すことができたのだ……!
かりに相手の弁護士が、強引にファングに答えさせようとしても、
「待て、ゴルァ! こんな状態の息子に無理に答えさせるなんて、まともな人間のすることかっ!? お前も人の親なら、弱っている子供の気持ちくらいわかるだろう!? あっ、わかったぞ! 病気の子供をいじめて、親から金をせびるのがお前らのやり方……! それがお前らの信じる『正義』なんだろう!! 陪審員の方々も見ていただろう!? これが憲兵局なんだ!! もし子供がいるのであれば、この裁判が終わったら安全なところに隠すんだ!! でないと俺の息子みたいなっちまうぞ!! ゴルァァァァ!!」
と、ポイント稼ぎに使われてしまう始末。
法廷はもはや空気まで、皆殺し一家に完全支配されてしまっていた。
一方的な裁判も終盤にさしかかり、裁判長も事後処理をするかのよう。
これで終わりだとばかりに、気の抜けた様子で口を開く。
「もはや、判決は決まったようなものですが……。最後に、被告のひとりである憲兵局の方から、反論があるそうです。えーっと、憲兵局『対魔王信奉者課』の……。なぜここに『対魔王信奉者課』の方がおられるのかわかりませんが……ともかく最後の反論をお願いします」
次回、審判戦線…!
ちなみにですが、次男編は年内に決着する予定です。