48 閻魔の舌
ホーンマックの街でかつておこった、大規模クレーム戦争。
戦いに敗れ壊走していたジェノサイドファングは、『雲の骸』によって落馬させられる。
そのせいで反旗を翻したクレーマー軍団と、街の住民たちによってズタボロにされてしまったのだが、ライオンマスクを剥がされる寸前、なぜか『雲の骸』によって救出された。
そして身柄はそのまま『ゴージャスマート ハールバリー領本部』まで運ばれ、入口で解放される。
力尽きて倒れていたところを、彼の兄であるジェノサイドロアーに発見され、無事、医務室に運ばれることとなる。
……この一連の仕掛けは、皆殺し一家に対するオッサンなりの警告であった。
それに加え、新たなる冥罰に向けての仕込みのひとつでもあったのだ。
もしこの段階で、次男の正体が明るみに出たとしても、『ゴージャスマート』が受ける被害は限定的……。
いや、ライオンたちにとってはひとつの群れが壊滅するほどの痛手になるのは間違いないのだが、狼はそれでは満足しなかった。
完全の、完全……。
かつて三男が支配していた、ルタンベスタ領の店を全焼させたように……。
彼の地を絶対焦土に変えると同等の、再起不能レベルのK.O.を狙っていたのだ……!
ここまで言えば、もうおわかりであろう。
次男からの骨董品詐欺の持ちかけは、オッサンにとっては渡りに船であったことを。
しかも船に乗ったら乗ったで、火にかけられた鍋まで用意されているという、充実のおもてなしぶりだったことを。
鍋の中には、一匹のカモ……。
ジェノサイドファングというカモネギが、これから煮えたぎるとも知らず、温泉のように浸かっていたのだ。
そのカモは人間様相手に、丁々発止のやりとりをしているつもりでいる。
そして勝ったつもりでいる。
しかしオッサンにとっては、見て楽しい、食べておいしいという、料理アトラクションレベルでしかなかったのだ……!
……考えてもみてほしい。
オッサンはかつてシャルルンロットたちが活躍した剣術大会で、相手の歩き方だけで太刀筋のクセを見破っていた。
そんな彼が、ホーンマックで対峙したジェノサイドファングのクセを、インプットしていないわけがない。
たとえどんなに見た目だけごまかしたとしても、些細なクセや仕草は、どうしても出てしまう……。
逆にそこまで別人になりきらなければ、狼の目を欺くことなど、できはしないのだ……!
相手がジェノサイドファングだとわかっていて、持ってきた武器が本物で、しかも格安となれば簡単な話である。
盗品を売りつけて罪をなすりつけるか、後に控えた詐欺への誘導……。そのいずれか。
しかしいずれにせよ店に出さなければ実害はない。
盗品であれば元の持ち主に戻すつもりで、詐欺であれば撒き餌で満腹になるつもりで、骨董武器コレクターを装い、買いあさり続けたのだ。
そしてタイミングを見計らい、今度はオッサンから仕掛けた。
パインパックの絵画を有名画家と錯覚させ、相手からとてつもない金を引き出すという、逆詐欺を……!
その時風邪をひいていたのは、作者名を尋ねられたときに誤魔化すためであった。
最近は『記録玉』による映像記録技術だけでなく、音声記録の魔法研究も進んでいる。
一部の最先端技術であるものの、勇者である次男がそれを使ってやりとりを録音している可能性を警戒していたのだ。
『ハイン・ハッター』と虚偽の作者名を伝えれば、詐欺の証拠となりかねない。
そこで作者名のところでわざとクシャミをしてぼかし、相手に誤解させるという作戦に出た。
ジェノサイドファングはまんまと、自分の知っている有名画家と結びつけてしまう。
そして最後の関門は、鑑定証……。
ここにはハッキリと作者名が書かれている。
しかしこれは『王国鑑定院』が発行したという、衝撃の事実で乗り越えた。
カモは『王国鑑定院』のブランドに目を取られ、その絶大なる信用に心を奪われ、作者名をロクに確認しなかったのだ……!
ゴルドウルフはちゃんと真性なる鑑定書を渡しているのだから、詐欺の事実はゼロ。
相手が勝手に勘違いしただけに過ぎない。
幼児のお絵かきに、50億¥もの大金を払ってしまったという……。
風変わりな若者をひとり、世に送り出しただけなのだ……!
……蓋を開けてみれば、すべてはオッサンの手の内であったというわけだ。
しかし彼が、ひとつだけ大変苦労したことがあった。
それは、例の姉妹たちにバレずに風邪のフリをすること。
なぜならばあの聖女の巣で、クシャミをするのは蜂の巣を突っつくに等しい。
ゴルちゃんの体調不良となれば地球の裏側からでも飛んできそうな彼女たち。
特に肉布団と化した長女に、所かまわず押し倒され、巨大な氷嚢で押しつぶされるのは目に見えていた。
……そんな少女たちの熱愛っぷりを、うわべだけのものと勘違いし……。
看破できなかったのがジェノサイドファング最大の敗因といえよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、完全なる敗北が確定したジェノサイドファングは隠れ家にいた。
身体じゅうにウロコのようにびっしりと刺さったガラス片を抜きもせず、居間で大暴れしていた。
血と汗と涙を壁や床にぶちまけながら、わんわんと泣いていたのだ。
「うぐっ……! ぐううっ! うぐううううっ! 悔しい! 悔しい悔しい悔しい! 悔しいよぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~!!」
最後の望みをかけ、オッサンから奪った20枚の鑑定書を確認していたのだが、すべてがあの幼女の名前だった。
「うぐわぁぁぁぁぁぁぁ! なんだよっ! なんだよなんだよこれっ! なんであんなクソガキの……あんな亀みてぇに根暗なガキの落書きに……なんで鑑定書なんてあんだよぉぉ……!! 思わねぇ、思わねぇよ普通っ……! だいいち、『王国鑑定院』だぜ……!? うぐわっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~んっ!!」
癇癪を起こした子供のように、泣きわめきながらそれらをビリビリを引き裂き、燃え盛る暖炉に放り込むジェノサイドファング。
……ここで彼はまた、取り返しのつかないミスを犯した。
しかも、ふたつ連続で。
まずひとつ目は、これらの絵は10年後に、ハインハッターと肩を並べるほどの価値がつくこと。
そして20年後には、希代の芸術家が幼少期に描いた絵として、天文学的な価格がつくということ。
彼女がもっともモチーフとして愛し、生涯を通して描き続けてきた『ンタユリゴ』のうちの貴重な1枚が、ここで失われてしまったのだ……!
「うぐわぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁ!! うわぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁーーーんっ!! 口論でも、口喧嘩でも、騙し合いでも……ガキのころから一度も負けたことのなかったこの俺がっ……! あんな、あんな汚ぇ野良犬に……! ぎゅわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!! 悔しい、悔しいぃぃ!! 苦しい、苦しいよぉ!! オヤジ、オヤジっ!! オヤジぃぃぃぃ!!」
悔しさに打ちひしがれ、声をかぎりに号泣する彼は気づかなかった。
ふたつめの失態である、油絵に含まれている油は、非常によく燃えるということを。
もし閻魔大王に、舌があったとして……。
もしその舌で、裁いた者を舐めたとしたら……。
それは、こんな光景であったに違いない……!
……ゴオオオオーーーッ……!!
憎悪の塊のような赤黒い灼熱が噴出し、泣き崩れていた亡者の身を焦がす。
炎の荒波にもまれる昆布のごとく、激しく身体をくねらせる。
「……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
……ドォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
彼の今生最後となるデスボイスが、爆炎となって窓ガラスを突き破った。
次回、ジェノサイドダディ、吠える…!