47 崩壊
スラムドッグマート1号店を訪れた、ジェノサイドファング扮するリオン。
彼は、すでにゴルドウルフと聖女たちが仲違いしていることを期待していた。
貧乏長屋で暮らす、ろくでなし亭主とあばずれ女房たちのように、殺伐とした雰囲気で現れるのを待ち望んでいたのだが……。
商談スペースに訪れた彼らは、奇跡の重婚を果たした夫婦のように幸せそうであった。
オッサンの腕を取って放さない長女と、胸板にしがみついたまま離れない三女。
そしておこぼれに預かるように、遠慮がちにシャツの裾をつまむ次女。
ジェノサイドファングはかつて鹿に追い立てられたトラウマが蘇っており、ものも言わずに立ち尽くしていた。
もはや彼の天敵ともいえる、リインカーネーションから先制パンチが飛ぶ。
「あらあら、まあまあ。あなたがリオンちゃん? パインちゃんの絵をぜんぶ買ってくださったっていう……」
反撃の余地も与えず、すかさず次女のプリムラがペコリと頭を下げる。
「パインちゃんの絵、素敵ですよね。でもあんなに高く買ってくださった方は初めてです。本当にありがとうございました。ほら、パインちゃんも、リオンさんにお礼を……」
そう促されても、前掛けリュックのようにオッサンにへばりついたままのパインパック。
様子を伺うようにチラリと覗いては、サッと顔を伏せるというのを繰り返している。
「え……? ええっ……?」
まだ状況が飲み込めていない様子のジェノサイドファング。
そこにトドメを刺したのはオッサンだった。
「いやあ、本当に、リオンさんは私にとっての福の神です。そちらに飾ってある新作も気に入ったようでしたら、いかがですか? 以前の20点を法外な値段で買っていただいたので、特別に差し上げます。はい、こちら鑑定書です」
差し出されたのはあの時と同じ、王国鑑定院発行の鑑定書。
魔蝋印に加えて魔血筆まであるので、まぎれもない本物である。
……バッ!
ひったくるようにそれを奪う福の神。
すでに血走っている眼で、食らうようにそれを凝視する。
ずらりと並んだ分析結果の文章に目を通したあと、最後の核心に触れた。
作品名:ンタユリゴ
作者名:パインパック・ホーリードール
以上の絵画を、紛れもなく以上の作者が描いたものであることを、ここに証明する。
ハールバリー王国鑑定院 鑑定院大臣
「お恥ずかしながら、その絵のモデルは私なんです。パインパックさんは文字を逆に書くクセがあるので、タイトルも逆で登録されてしまっていますが……」
『ンタユリゴ』……。
逆から読むと、『ゴリュたん』……!?
「小さい子が描いた絵に王国鑑定院の鑑定書を付けるだなんて、珍しいですよね。お姉ちゃ……マザーは凝り性ですから、鑑定院の大臣さんにお願いして発行してもらっているんです。ご迷惑かもしれないのに……」
「あらあら、プリムラちゃん。でも大臣のおじいちゃまもパインちゃんの絵がお気に入りで、喜んで発行してくださってるのよぉ」
その仲睦まじい笑顔たちが、水の中にいるように歪んで、まともに見えなくなっていく。
その声すらも、水の中で聴いているかのように、こもって……。
福の神……いまや貧乏神となってしまった彼には、感じるものすべてが空虚であった。
……そして、ついに爆ぜた。
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
喉彦が飛び出しそうなほどの大絶叫。
それどころか目玉や舌まで剥き出しにし、鼻から口から、それどころか耳からまでも、変な液体が噴出する。
壊れた信号機のように、真っ青と真っ赤を行き来する顔色。。
泣いた赤鬼と怒れる青鬼が融合し、拒絶反応を起こしたらこんな表情になるのではないか、というほどにおぞましく歪む。
聖女たちはびっくりして目と耳を塞ぎ、甲羅に閉じこもるように身体を縮こませる。
彼たちがギュッとしがみついたオッサンも驚いていた。いや、驚いたフリをしていた。
「どうしたのですか、リオンさ……」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!! ふるぎゃぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!! ぐぎゃっるぎゃっぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」
もはやその怒りは、言葉にできない。
もはやその暴言は、言葉にならない。
生きたまま観覧トラックに轢かれるパークの虎のように、押しつぶされた悲鳴を絞り出すのみ。
轢死体寸前となった貧乏ライオンは、オッサンに猛然と掴みかかっていったが、
……ガッ!
なぜか足がもつれて躓き、宙を舞っていた。
……当然である。
いままで口先だけで、喧嘩すらしたことがなかった彼が……。
複数の軍人相手に、踊りながら赤子扱いしたオッサン相手では……。
……ズダァァァァァァーーーンッ!!
足先ひとつで、ノックダウン……!
無様に床板を滑り、棚に激突するのみ……!
ガラガラガラガラッ……!!
ディスプレイとして積んであった冒険食の缶詰が雪崩を打ち、袋叩きに処される。
かつて部下にリンチされた思い出が蘇ってきて、さらに正気を失う。
「ふぎゅわぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!! ぐりぃっびゅりゅぎっぶりゅぎゅぐりゅぃぃぃぃぃぃーーーーー!!!!」
殺虫剤をかけられたゴキブリのようにのたうち回り、それでも立ち上がった彼の顔はボロボロであった。
すでに変装のための厚塗りは剥がれかけている。
しかし、もう制御不能。
正体がバレる瀬戸際であるにも構わず、奇声をあげて突進……!
もはや掴み方すら忘れたような、グルグルパンチで……!
「ぎゅぶらうぶちゅらっびぎゅらいひぎゅらぁみちゅらぷりゅばっりゅるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
今度はオッサンではなく、オッサンに抱きついている聖女たちに狙う。
しかし、それは無謀……!
それは本丸以上に、難攻不落……!
なぜならばその城の将軍は、我が身に変えても姫たちを守り通そうとするから……!
例えるならば、レーザーに張り巡らされた宝石を盗むのと同じくらい、不可能……!
オッサンは少女たちを3人も抱えているというのに、まるで身につけた宝石くらいの軽さで、ひらりとその場を退いてみせた。
宝石を傷付けるどころか、触らせもしない見事な回避……!
しかも、すれちがいざまにふたたび、
……ガッ!
さわぎに集まった者たちが、誰も気づかないほどにさりげなく脚を引っかけ……!
もはや顔がぐちゃぐちゃになっている泣き虫ライオンを、ふたたびすっ転ばせる……!
「ぶるぎゅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
流星のような涙を撒き散らし、ほうき星のような鼻水を後に引きながら、スポーンと飛んでいく。
しかも今度は狙いすましたように、店のショーウインドウめがけて……!
外の通りには誰もいないという、ドンピシャのタイミングで……!
……ガッ、シャァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
爆散するガラス片。
身体じゅうが逆ハリネズミのようになり、
ずしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!
引きずられたような血の跡を残し、路地裏へと一直線。
そしてかつてのリプレイであるかのように、ゴミだめに突っ込んでようやく止まった。
「ぐっ……うぐぅぅぅぅぅぅぅ……い……いでぇ……いでぇよぉ……!!」
ようやく人の言葉を思い出した彼。
全身から汗が噴き出しているというのに、身体は凍えるほどに寒い。
腐ったような汁と身体の血が混ざり合い、ヌルヌルする。
もはや平衡は崩れ、どちらが地面なのかわからないほどの激しいめまいに見舞われる。
膝は震えて立てないし、長距離を無理矢理全力疾走させられた後のように身体じゅうがいうことをきかない。
それでもなんとか地面に爪立て、ゴミ山から這い出した彼が、見たものは……。
「ひっ……!? ひいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
……じょばあっ……!
彼の下半身までもをついに爆ぜさせた、その正体とは……!?
「あらあら、まあまあ、大変っ!?」
雌牛のようなデュアルショックを、パンチングボールのように振り乱しながら……!
諸手を挙げて襲い来る、一撃必殺の子鹿……!
「待っててね、リオンちゃん! いますぐママが……!」
隣の晩ごはんのように、一片の容赦もなく突撃してくる姿であった……!
それは一家の団らんをブチ壊すどころか、彼の正気メーターを振り切るほどの、戦慄の凶器……!
「ひぎゅうぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!? ぐるっぎゅっキュッ!?!? 宇ぎゃっ不グルギャグ無食いy津d祖言うjfd竿言うjだf祖言うjあfgdsごいうじゃsfごいうじゃそいあうじぇおいうjどさいうだsふぉいうあsdfご@いぷじゃsりおあsdふぉ@いyはsdふぉ@いうあsdふぉ@いうあsfど@いうあsdfg@おいうあsfg@おいづsf!?!?!?!?」
狂気の旋律をこだまさせながら、あっちへぶつかり、こっちへぶつかり……。
ごみ箱やホームレスの足に躓いては、転げまわり……。
狭い通路の壁や床に、人型の血痕やお漏らし痕を、いくつも残しながら駆け逃げていく。
「ああん、まってぇ~! リオンちゃん、ふきふきさせてぇ~!」
路地裏には、追う者と、追われる者……。
それにしては温度差のある叫喚が、いつまでもこだましていた。
次回もざまぁです!