46 崩壊の予兆
50億¥もの一大取引を終え、絵画を積んだ馬車で隠れ家の山荘へと戻ったジェノサイドファング。
簡素な額に入ったそれらを居間に並べ、大爆笑していた。
「グワッハッハッハッハ! グワッハッハッハッハッハァーッ!! グワーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーーーーーー!!!」
――やったやったった! やったぜぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!
一時はどうなることかと思ったが……最後の最後の最後で……!
勝った勝った勝った! 勝ったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!
骨董武器は取り戻せなかったが、もうそんなゴミはどうでもいい!!
この絵を売っ払えば、俺の売り上げはダントツでトップになる……!!
しかも、野良犬の店のハールバリー領への進出をアシストしたから、兄貴の売り上げも下がる……!!
そうやって俺を引き立たせてくれたあとは、野良犬の店は完全にブッ潰れる……!!
すげぇ……! すげえぜ……!!
一石二鳥どころか、一石でヤキトリの雨が降ってくるようなモンだぜっ……!!
あとはビール片手に、空に向かって口を開けてりゃいい……!
そうすりゃガンガン、おいしい思いができる……!!
オヤジ……びっくりするだろうな……!
この俺が、こんな大逆転を成し遂げるだなんて……!!
やったぜ……! やったぜやったぜ……!!
やったぜ、オヤジィィィィィィィィィィィィィーーーーーッ!!
コイツはもう、副部長どころか……!
オヤジと同じ、小国部長っ……!!
『伝説の販売員』と肩を並べるほどの、偉業を成し遂げちまったかもしれねぇなぁ……!!
いやいや、こんなすげぇことをしでかしたヤツなんて、今までにいねぇ……!
もう、オヤジですら目じゃねぇぞ……!!
やった……やったやった……! やってやったぜ……!!
やってやったぜ、オレェェェェェェェェェェェェェェーーーーーッ!!
狂喜乱舞のジェノサイドファング。
どったんばったんと、居間の床を転げ回って勝利の味を噛みしめていた。
彼にとってはまさに、我が世の春……!
いや、栄華を極めた夏であった……!
ジェノサイドファングを覆っていた杞憂は、すべてが一気に吹き飛んでいた。
ゴルドウルフとは借金の返済のためにまた会うことになっていたが、もちろん守るつもりはない。
相手はこっちのことを古物商のリオンだと思い込んでいるし、住所などもすべて嘘のものを伝えてある。
トルクルム領のゴージャスマートが有する骨董武器すべてと、かき集めて貸してやった金は返ってこなくなるので、損害としてはかなり大きい。
しかし……しかしである。
あのオッサンの店を……今までさんざん辛酸をなめさせられてきた店を…。
ブッ潰せるのだ……!
しかもトルクルム領だけでなく、ルタンベスタ領にあるものまで、まとめて……!
その功績は、大金星どころではない。
……大金剛星……!
父親どころか、勇者上層部もきっと高く評価してくれるであろう。
もはや彼の中では、目標であった父の背中はとうの昔に跨ぎ越していた。
それどころか足元に這いつくばらせ、靴をベロベロと舐めさせている妄想まで始める始末。
「我が息子よ……! いいえ、ジェノサイドファング様……! あなた様の前では『伝説の販売員』という言葉ですら役不足……! あなた様のご活躍を、『神話の販売員』として、後世に語り継ぎましょう……!」
それからもジェノサイドファングは、寝ても覚めてもニヤニヤしっぱなし。
歯茎は干からび、カピカピに乾いてしまっていた。
――まさかあの野良犬が、すすんで自滅してくれるとはなぁ……!
あれじゃ、自分で毒餌を作って、ひとり食らうようなもんだぜ……!
何にしても、もう何もすることはねぇ……!
あとは、待つだけ……!
待っているだけで大聖女が騒ぎ出し、そして勇者たちが騒ぎだし……。
ついには野良犬狩りが始まる……!
そうなれば、世間の注目は嫌でもそっちに向くだろうから、俺は悠々と出て行けるだろう……。
ネズミ被害にあった人間としてではなく、野良犬駆除の英雄として……!
……ん? 待てよ……。
これから野良犬狩りが始まるとして、そうなったらヤツは逃げ出すだろう……。
そして同時に、絵画を持ち逃げしたリオンを血眼になって探すかもしれねぇ……。
そこで、俺がリオンとしてヤツの前に出て行って、おびきだし……。
逆にヤツをとっ捕まえて、大聖女に引き渡したとしたら……。
お礼としてあのオッパイで、『ふきふき』以上のことをしてもらえるかもしれねぇなぁ……!
いいぞ……!
いいぞいいぞいいぞ、いいぞっ……!
俺はマジで天才だ……!
アニキもオヤジも目じゃねぇ、大天才……!
絵画どころか、あの聖女たちも手に入るだなんて……!
そうだ……! そうなんだ……!
ぜんぶ、俺のもんなんだ……!
この世のものは、何もかも……!
ぜんぶぜんぶ、俺の思いのまま……!
グッフッフッフッフ……!
グワァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……しかし『その時』は、いつまで待ってもやっては来なかった。
般若のような形相の大聖女が、新聞の一面を占拠する日を心待ちにしていたのだが……。
いまだに自分、ジェノサイドファングを糾弾する記事ばかりが大きく扱われている。
いちおう、大聖女は新聞には載ることは載った。
しかしそれは、今度発売される『スラムドッグマート』の新製品を、彼女がノリノリで試用しているというものだった。
……さすがにおかしい。
あの大聖女がいくら外面がいいとはいえ、億単位の価値のあるコレクションをぜんぶ失って、平気でいられるわけがない。
それとも、彼女はまだ気づいていないのだろうか……。
あの日、融資が受けられるとわかったゴルドウルフは、たしかこう言っていた。
『えっ、本当ですか!? ありがとうございます! ではその間に、絵と鑑定書のほうを額から外し、まとめておきますね。あ、お渡しする額縁は別のものになりますが、構いませんよね? ここにある額縁には模造品を入れ、飾ったままにしておこうと思っておりますので』
今日の朝刊を確認し終えた、ジェノサイドファングの頭の中では……。
あのオッサンの声と、新聞記事の大聖女の姿が交互に浮かび上がっていた。
――まさか、あのオッパイモンスター……。
いまだに模造品であることに気づいてねぇのか……!?
ヤツも……野良犬に負けず劣らずの間抜けなのか……!?
いや、ありうる……! ありうるぞっ……!!
いてもたってもいられなくなったジェノサイドファングは、すぐさまリオンに扮装。
隠れ家である山荘を飛び出し、アントレアの街にある『スラムドッグマート』へと向かった。
借金返済の約束をすっぽかしている手前、リオンの姿になるのはためらわれたが、ゴルドウルフも大聖女の前では手荒なマネはしてこないだろうと踏んだのだ。
到着した1号店の中には、オッサンの姿はなかった。
ちょうど近くにいた店員に尋ねてみると、奥の事務所にいるので呼んできてくれるという。
商談スペースに通され、そこで待っていると……。
壁に絵が掛けてあるのに気づいた。
簡素な額縁に入れられた、その絵……。
モチーフは違うものの、タッチは同じで……。
明らかにホーリードール家のギャラリーで見たものと、同じ作者のものであった……!
「なっ……!?」
もっとよく見ようと立ち上がった瞬間、背後から声をかけられた。
「ああ、いらっしゃい、リオンさん。ご無沙汰しております」
振り向くと、そこにいたのは……。
待ちかねた客が来てくれたと大喜びするような、いつもより多めの笑顔を浮かべるオッサン……。
そしてアイドルのような全力の笑顔を振りまく、聖女シスターズ……。
まさに揃い踏みといえる、豪華オールキャストであった……!
お待たせしました…!
いよいよ次回、クリスマスざまぁです!