43 最低の野良犬
『スラムドッグマートの』オーナーである、ゴルドウルフ。
彼は、店のお金に手を付けてしまったらしい。
その原因は、骨董武器を買いすぎてしまったこと。
いけないとは思いつつも、リオンが持ってきてくれる武器にコレクター心がくすぐられ、我慢できなくなってしまったそうだ。
しかし『スラムドッグマート』には、近日中に大きな支払いが待ち構えており、それが払えないと不渡りを出してしまうという。
そうなれば、店は一巻の終わり……!
「……それでしたら、ここにある骨董武器をスラムドッグマートで販売すればよいではないですか」
話の途中、ジェノサイドファングはさりげなく自分のもくろみに誘導してみた。
すると、
「いいえ……! 絶対に、別れたくないのです……! 私はもう、ここにある武器たちに魅入られてしまった……! もはや私の身体の一部といっていいほどに……! たとえこの中の1本を手放したとしても、私にとっては骨を抜かれるほどに辛いことなのです……!」
オッサンは両手を広げ、舞台役者のように張り叫んだ。
しかし喉をやられているのか、声はガラガラ。
しかも肺をやられているのか、終わったあと激しくむせていた。
「げほんげほっ! ぐふっ! がはっ、がはっ! ごほんっ! もちろん、金策はしました……それこそ、寝る間も惜しんで……。でも、駄目だったのです……。おかげで心身ともに追い詰められてしまい、この有様です……はあっくしょん!」
ジェノサイドファングは、己の口が裂けるように歪むのを、止められなかった。
――グッフッフッフッフ……! こりゃ傑作だ!
昔話のような因果応報じゃねぇか!
野良犬風情が見栄を張るから、そんなことになるんだろうがよっ!
だったら地べたに這いつくばって、服従のポーズでお願いしてみせろや、ゴルァァァ!!
いい気味だから、もちろん貸さねぇけどな!
これぞまさに、ざまぁ……! 野良犬ざまぁだ!
このまま不渡りを出して、店を潰しちまえ!
そして大好きな骨董武器で、腹ぁかっさばいちまえ!
いやもう死ね! 過程をぜんぶすっ飛ばして、今すぐ死んじまえ!
グワーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハーーーッ!!
……でも、待てよ……。
いくらこの野良犬が、自分の尻尾を追いかけて餓死するような間抜けだったとしても……。
趣味を引き換えにして、店を潰すとは思えねぇよなぁ……。
いま野良犬の店は絶好調だから、資金不足はあくまで一時的なもの……。
口ではあんなことをぬかしてやがるが、いざとなったら骨董武器を担保に入れて、乗り切っちまうかもしれねぇ……。
だとしたら、俺が金を貸すかわりに担保に取って、この武器たちを回収しちまったほううがいいのか……?
プラマイはゼロだが、莫大になりかけてる被害は元通りにできる……。
「……ゴルドウルフさんの『お願い』がわかりました。ここにある武器を担保として、お金を融通してほしい、ということですね?」
ジェノサイドファングはそんな皮算用を抱きながら応諾しようとしたが、オッサンは意外にも首を真横に振り返してきた。
「いいえ、ごほんっ! それではいくらなんでも申し訳ありませんから、あちらにある絵を担保にしていただきたいのです。くしょんっ!」
オッサンの青白い顔と手が示していた先は、部屋の奥にある画廊。
「……あの絵画は私のコレクションではなく、この屋敷の主である、マザー・リインカーネーションのものなのです。げふっ! げふんっ!」
「えっ、マザーの!?」
虚を突かれたような声をあげるジェノサイドファング。
思わず素の声が出てしまった。
――おいおいおいっ……!?
この死にかけの、ゾンビ犬野郎がっ……!
まさか他人のものを担保にしようってのか……!?
自分のコレクションは手放したくないからって……!?
しかも、大聖女の所有物を……!?
コイツ……! おととし死んだ捨て犬みてぇなツラしてて……!
とんでもねぇド畜生だぜ……!
だが……なんだかちょっと、面白いことになってきたじゃねぇか……!
彼の心臓は、子鹿の群れを見つけた百獣の王のように高鳴りはじめる。
しかしそれを押し込めるように胸に手を当て、心配するような声を装った。
「……しかし、そんなことをして大丈夫なのですか? マザー・リインカーネーション様は、ことのことをご存じなのですか?」
「おほっ! ごほっ! いいえ。内緒で担保にします。支払いのあとには、すぐに大きなお金が入ってきますので……えへんっ! それで短期で買い戻すつもりです。この部屋の管理は私に任されていて、マザーはめったに入りません。ですので……は……はっくしょん! ……バレることはありません」
「なるほど、そういうことでしたか」
疲れ切った顔で鼻をすするオッサンを、注意深く観察するジェノサイドファング。
説明に納得すると同時に、ある考えを思い描いていた。
――この野郎……!
テメーのケツを他人に拭かせるなんざ、とんだお犬様じゃねぇか……!
でもそれだったら……逆に貸してやったほうが、面白ぇことになりそうだなぁ……!
そう……!
例えば俺が、大聖女の絵を担保にとったまま、そのままドロンしちまったら……?
そりゃもう、大変なことになるよなぁ……!
その風邪が、肺炎にまで悪化するようなもんだ……!
ここで、ヒィヒィと苦しそうに息をするオッサンを見やる。
しかし、そこでふと違和感を覚えた。
――いや、待て……! ちょっと待て……!
このオッサン……なんで風邪なんてひいてやがんだ!?
なぜ……なぜ聖女がそばにいるっていうのに……!?
なぜ、治してもらっていない……!?
ホーンマックの街に現れたリンカーネーションは、『癒し』と『清浄』の祈りを惜しげもなくネズミどもに与えていた……!
見知らぬネズミのために祈った大聖女が、なぜ、なぜ身近な野良犬の風邪ごときを祈ってやらない……!?
……基本的に聖女の『祈り』はすべて、勇者とその仲間たちにのみ与えられるものである。
庶民は怪我や病気をした際、治癒術師に高い金を払って治癒魔法をかけてもらうか、医者にかかって何日にも渡り療養する。
この世界で、多くの割合を占める聖女の種類……。
それは俗に言う『職業聖女』というやつなのだが、彼女らはたとえ目の前で誰かが死にかけていたとしても、それが貧乏人であれば何もしない。
気の毒そうな顔を作って、励ましの言葉をかけるくらいだ。
しかし、生粋の聖女であるホーリードール家の少女たちは違う。
プリムラがホームレス同然のゴルドウルフを助けたように、困っている人を放っておかない。
マザーは毎日の聖務の一部として、重病ながらも治療費の払えない恵まれない人たちのために『癒し』を与えている。
とにもかくにも、ホーリードール家の聖女たちは特別すぎるのだ。
ジェノサイドファングが引っかかるのも当然である。
そんな『特別』な少女たちのそばにいるのに、なぜこのオッサンは、風邪をひいたまま……?
真っ先に治してもらってもいても、おかしくないはずなのに……?
その理由はいくら考えてもわからない。
だが危うくふたつ返事をしそうになった彼に、直前で自制心をかけた。
――待て待て……! 慌てるんじゃねぇ!
この違和感が消えるまでは、返事をするのは早急だ……!
オヤジも言ってたじゃねぇか……!
石橋を叩いて渡るヤツは、三流……!
石橋を爆破し、川に浮かんだ水死体を踏んで渡ってこそ、一流だと……!
金を貸す前に、あの絵にどれくらいの価値があるか見極めるのが先だ……!
緩みきった頬を引き締め、リオンに戻ったジェノサイドファング。
審判を待つような顔をしていたオッサンに、仏のような顔で宣言する。
「わかりました。では、融資を前向きに検討をしたいので、絵を近くで見せてもらってもよろしいですか?」
「おお……! ごほっ! えへんっ! ありがとうございます、もちろんです! どうぞ、ご覧になってください!」
オッサンは先だって部屋の奥へと進む。
それは深淵からの呼び声だということに……リオンはいまだ、気づいてはいなかった。
あと数話で決着となりますが、オッサンの真意は未だ謎のままです。
しかしそろそろ気づきはじめた読者様もおられるかと思います。
まだの方でも、次回にはきっと…!