41 見える蟻地獄
リオンはあやうくジェノサイドと化しそうになった。
爆発しそうな気持ちを押しとどめて、内心で叫ぶ。
――おいっ!?
自分のモノにしてんじゃねぇぞっ、ゴルァァァァァァァ!!
売れや! 売りに出せや、ゴルァァァァァァァ!!
でねぇと、話題にならねぇじゃねぇかっ!!
そうやって少しずつ評判をあげたところで、一気に落とすっ……!!
そのための毒餌を食わずにとっておいたんじゃ、何の意味もねぇんだよっ、ゴルァァァァァァァ!!
だいいちそんな、舌しまい忘れた犬みてぇな間抜けヅラしてて、なにが骨董装備のコレクターだ!!
テメーは骨董じゃなくて、ゴミだめの骨でも集めてろや、ゴルァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!
しかしそんな罵詈雑言はおくびにも出さず、あくまで人のよい笑顔を浮かべるリオン。
「そうですか、スラムドッグマートのオーナー様にコレクションいただけるとは、私としてもお勧めした甲斐がありました。ではお店用に、もう一本いかがですか?」
ゴージャスマートの骨董倉庫から持ち出した、さらなる銀剣を勧める。
もちろん、これも真っ当なるホンモノ。
だが先に売ったものと同種のものなので、もうコレクションには加えられないはず……。
と彼は踏んでいたのだ。
かのオッサンはすでに信じているのか、ロクに鑑定書もチェックせずにポンと札束を渡してくれた。
「これは有り難い。実は店に出そうか迷っていたところだったのです。でもこうやって、もう1本手に入れれば、それぞれをコレクション用と販売用にできますね。リオンさん、あなたは本当にいい人だ」
「いえいえ。私としても、骨董品の買い手を探していたところでしたので。こうも気前良く買っていただけるのなら、いくらでもお持ちしますよ」
「そうなのですか? では、同じ剣をもう1本いただけませんか? 古代ハールバリーの騎士は二刀流だったそうです。当時を再現した甲冑に、二刀セットで持たせれば、ディスプレイとして話題になると思いますので」
「なるほど、それは面白いですね。では今から戻って、同じ銀剣をもう1本持ってきましょう」
……結局、その日は2本の銀剣を売り渡した。仕入価格よりもだいぶ安い値段で。
素顔に戻ったジェノサイドファングは、次の日からまた新聞チェックをしたのだが……。
しかしいまだに、売り出されず……!
古物商リオン……!
三度、野良犬の元へ……!
そして、衝撃の事実を知ることとなる。
「リオンさん、いらっしゃい。この前の銀剣ですか? あちらも素晴らしかったので、私のコレクションにしました。1本は保存用で、もう1本は布教用にするつもりです」
オッサンまさかの、オタク買い……!?
……商人は、売ってしまった商品の使い道を決めることはできない。
たとえそれを我が子のように愛していたとしても、どう使うかは手に入れた客の自由なのだ。
モンスターをバッサバッサと斬り倒してもらいたくて売った剣が、床の間に飾られたとしても……。
逆に美術館に飾られるべき、ドラゴン討伐を果たした偉大なる斧が、薪を割るために用いられようとも……。
商人には、それをとやかく言う権利はないのだ。
古代ハールバリー小国の騎士団が使っていた、由緒ある銀剣……。
それを格安で3本も手放してしまった、ジェノサイドファング扮するリオンも、もちろん物言いをつけるつもりはなかった。
しかしそれは『客の手に渡った』場合のこと……。
まさか、売った店のオーナーが重度の骨董武器オタクで、売ればかなりの儲けになるモノをしまい込むとは、夢にも思わなかったのだ……!
「いやあ、リオンさんの持ってきてくれた銀剣は、本当に素晴らしい。思わず売るのが惜しくなってしまいまして」
とホクホク顔のオッサン。
リオンは人知れず、ぐぎぎぎぎぎ……! と奥歯を噛みしめていた。
――この……! くされ野良犬がっ!
野良犬のクセして、銀剣なんぞ有り難がってんじゃねぇぞっ!
テメーにお似合いなのは、クソ穴メダルだ!
記念すべき最初のメダルを、俺のケツから直接テメーの首にかけてやろうか、ゴルァァァァ!!
いやむしろ……ガチョウみてぇにテメーの口に詰め込んでやらぁ!
そうすれば……いずれは嫌でも放出せざるを得なくなるはず……!
その時こそが、テメーの終わりの始まりだっ、ゴルァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!!
「……そうですか、オーナーさんに気に入っていただけて、銀剣たちも喜んでいることでしょう。そして今日も秘蔵の一品をお持ちしました。伝説の剣豪『シックスハンドレットサーティーフォー』が幼少の頃使っていたという木刀『ウインドフォレストファイヤーマウンテン』です」
「おお……!? あの剣豪が使っていた木刀ですって……!?」
「はい。さらに彼が生涯をかけて執筆したといわれる『ロード・オブ・ザ・ファイブリング』の初版を、今回特別にお付けします」
「ええっ!? あの有名な剣術指南書の初版まで……!? それがあれば、『スラムドッグスクール』にも箔がついて、剣を習いに訪れる子供たちが増えます! ください! お金はいくらでも出します!」
「『ウインドフォレストファイヤーマウンテン』は特に贋作が多いとされている木剣ですが、もちろんこれは鑑定済です。こちらの鑑定書をご覧になっていただければ……」
「いえ、私はもうリオンさんのことを信じておりますので、そのへんは大丈夫です! それよりも早く、早く売ってください!」
待ちきれない様子で札束を取り出すゴルドウルフ。
その中毒患者のような反応に、リオンの悔しさもだいぶ和らいでいた。
――グルルルル……!
やっぱりコイツは、馬鹿犬だ……!
たった3本銀剣を売ってやっただけで、俺にすっかり懐いてやがる……!
もう、鑑定書も確かめもしないだなんて……!
まぁコイツは撒き餌だから、本物だがな……!
よしっ、この調子だ……!
この調子でコイツに、買わせまくって……!
じょじょに蟻地獄に、引きずり込んでやらあ!
次回、急展開…! オッサンの意外なる素性が…!?