40 次男の最終兵器
骨董品の銀剣をセールスされ、ゴルドウルフが出した答え、それは……。
「うーん、実を言いますと、もっと貴族の方たちにお店に来ていただきたいと思っていたところです。たしかに骨董品を扱うようになれば、もっとお金持ちの方々にも来ていただけるかもしれませんね」
これには隣で聞いていたプリムラも、思わず「えっ」と声をあげてしまった。
丸顔をニッコリさせるリオン。
「そうでしょうそうでしょう。この銀剣を販売するだけで、すぐにワンランク上のお店になれるのです。いわば、チョコレート工場へのゴールドチケット……! さらにこれからもお付き合いいただけるのであれば、今回にかぎり特別に100万¥でご奉仕させていただきます!」
もしここに客席があって、そこにオバサンが座っていたとしたら……。
全員が「ええーっ!?」と驚きの声をあげていたに違いない。
そう思えるほどに、見事なセールストークであった。
仕入価格300万¥のものが、100万¥……!?
これにはさすがのゴルドウルフも、即決せざるを得ない……!
「それは有り難い、すぐに買わせていただきます。そしてこれからもぜひ、お願いします」
リオンとガッシリと固い握手を交すと、金庫から取り出した札束で、即お支払い……!
「えっ、えっ……? おじさま……?」
プリムラが目を白黒させている間に、取引は終わってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そそくさと本部をあとにしたリオン。
春の気配を含み始めた風を浴びながら、グルグルと喉を鳴らしていた。
……グルルルルル……!
ヤツは聖女の手前、聖人君主の仮面を被ってはいたが……。
やはりその奥にあったツラは、欲の皮の突っ張った無能な野良犬だったか……!
俺の変装に気づくどころか、撒いたエサにあっさり食いついてきやがったぜ……!
あの銀剣は、野良犬を騙すための撒き餌……!
といっても本物だから、こっちとしちゃあ大損だが……。
オヤジに教えられたとおり、一時の信頼を得るためだ、しょうがねぇ……!
野良犬ってのはエサに毒が入ってねぇか、常に警戒しているもの……!
だが信頼した人間からのエサには、不用心に食らいつく……!
俺はいまから、そのエサやりババアになってやる……!
そして……デッカイごちそうに、野良犬どもを導くんだ……!
ヤツらが見たこともねぇほどの、ごちそうにな……!
それで、ジ・エンドだ……!
最後の最後に、入ってるんだ……!
野良犬どもがアワを吹いて、のたうちまわり……。
お互いを引っ掻きあい、もがき苦しみながら死んでいく、猛毒がな……!
そしてその時こそ、野良犬のボロ小屋みてぇな汚ぇ店は、ぜんぶブッ潰れる……!
さらにその時こそ、俺がこの国の副部長に……!
オヤジの右腕に、なれるんだっ……!
今度こそ、今度こそっ……!
覚悟しろやっ!!
ゴルァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
ジェノサイドファングはスラムドッグマートを壊滅させるために、クレーマー軍団を編成。
大規模な電撃作戦を決行した。
しかしそれはゴルドウルフの投じた最終兵器によって返り討ちにあってしまった。
その代償は大きく、ゴージャスマートは暴徒の手によって焦土同然にさせられてしまう。
指揮官である彼だけは逃げおおせようとしたが、クレーム作戦の首謀者である疑惑が新聞によって報じられ、今や指名手配状態。
……しかし彼は、敗残兵のように身を隠すばかりではなかった。
変装をして単身敵地に乗り込み、敵将を暗殺するべく、さらなる禁手を打ったのだ。
リオンという偽名で取引先を失った古物商を装い、ゴルドウルフに骨董品の取引を持ちかける。
そして由緒正しい剣や鎧などを、お得な値段で売りつけるのだ。
それらはもちろん、すべてホンモノ。
市場に出せば大もうけできるのはもちろんのこと、それらの見事な装備品は店の格調をさらに高めることだろう。
そしてスラムドッグマートは、冒険者だけでなく……。
芸術家や蒐集家からも一目置かれる名店へと、格上げされるのだ……!
その頃にはゴルドウルフはすでにリオンを信頼しきっており、福の神のように崇めていることだろう。
そこで……最大級の取引を持ちかける。
神話級の聖剣……!
『ゴッドスマイルブレード・11』を、持ち込むのだ……!
スマイルというのは0¥が普通であるが、このスマイルはそうではない。
なにせあの御神級勇者であるゴッドスマイルが、魔王討伐までに使った108本の剣のうち、11本目に使ったとされている剣で、そのお値段、なんと……。
……1100億¥っ……!!
世界有数の美術館でも、めったにお目にかかれないというこの逸品。
一介のチェーン店が取り扱えば、とんでもないことになる。
しかし……!
最後のこれだけは、真っ赤なニセモノ……!
そう……!
これがジェノサイドファングが仕掛けようとしている、野良犬殲滅のための最終兵器……!
この剣だけは、ゴージャスマートの鑑定員を利用し、虚偽の鑑定書を発行させる。
剣はニセモノだが、鑑定書はホンモノというわけだ。
しかし今までがすべてホンモノだったので、ゴルドウルフは疑うことなく飛びつくだろう。
毒餌入りとも知らず……!
野良犬、まっしぐら……!
そして……これを売りに出したが最期。
真っ赤っ赤なマガイモノであることを、世間に告発すれば……。
野良犬、ジ・エンド……!
1100億¥もの超巨額詐欺など、許されるはずもない。
さらに重篤なのは、ゴッドスマイルの神聖なる剣のニセモノを販売することは、神への冒涜にも等しい。
この世界のすべてを、敵に回したも同然……!
上流階級の勇者や貴族たちから叩きのめされ……!
一般階級である庶民たちからも突き上げを受けるっ……!
野良犬、ボッコボコ……!
ボロ雑巾のようにズタボロにされ、汚水まみれの川に浮かぶ水死体。
その惨めな姿を想像するだけで、仕掛け人であるジェノサイドファンは笑いが止まらなかった。
「さあっ……! 蜜の匂いに誘われた、駄犬よ……! 這いつくばって、甘い汁をすすりながら、進め、進め、進めっ……! そして気がついて顔をあげた時には、もう遅い……! そこはテメーにとっての、地獄の一丁目となるんだ……! グフフフ……! グッフッフッフッフッ……!! グワーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
最初の銀剣をゴルドウルフに譲ってから、数日後。
そろそろ店に売りに出されているかと、ジェノサイドファングは新聞をチェックしていた。
このトルクルムでナンバーワンの店となったスラムドッグマート。
そんな店が骨董品の剣を扱ったとなれば、ニュースになるのは間違いないことだったからだ。
しかし……それから何日待ってみても、紙面を賑わすことはなかった。
不審に思ったジェノサイドファングは再びリオンに変装し、ゴルドウルフのいるトルクルム本部を訪ねる。
すると、
「リオンさん、いらっしゃい。えっ、このまえの銀剣ですか? あれはあまりに見事でしたので、店には出さず、私個人のコレクションに加えさせていただきました」
あのオッサンは、いけしゃあしゃと言ってのけ、
「実を申しますと、私は骨董装備のコレクターでもあるんです」
そして意外な趣味を、カミングアウトしたのだ……!
オッサンの意外な趣味に、どうする次男…!?