39 次男、ノックアウト…?
かつてのジェノサイドファングの部下だった、クレーマー軍団。
彼らは上司を新聞社に売り渡したあと、さらなる行動に出た。
聖女たちに清拭され、生まれ変わった聖なる心……。
そして今は憎むべき主から叩き込まれた、邪悪なノウハウを元に……。
虚偽販売を受けた者たちを集め、『ゴージャスマート被害者の会』なるものを結成……!
自称『正義のクレーマー軍団』として、活動を始めたのだ……!
彼らはプラカードを掲げ、ゴージャスマートの前で糾弾の雄叫びをあげた。
もちろん店側は無視を決め込んでいたが、目の前で叫ばれてはたまったものではない。
商売にならない日が、続出……!
それは草の根のような活動であったが、勇者の店に鬱憤がたまっていた者たちの共感を集めた。
そして……彼らの間で、とある思考が醸成されはじめる。
『ゴージャスマート』には何をしてもよいという、恐るべき思考が。
ついには店めがけて、石や火炎瓶を投げ込む者まで現れはじめたのだ……!
トルクルム領内のゴージャスマートの大半が、営業不可能な状態にまで追い込まれてしまう。
もちろん実力行使に出たものは逮捕された。
しかし、それがさらに庶民たちの不満に飛び火することとなる。
彼らを逮捕しておきながら、ジェノサイドファングはなぜ逮捕されないのかという、大いなる不満に……!
これは、ジェノサイドファングにとっての諸刃の剣となった。
取り調べを受けないために姿を隠したのだが、それによって暴動が起こるとは……!
これを鎮火するためには、ジェノサイドファング自らが出頭すれば良い。
確定的な証拠がない以上、勇者は逮捕されないのだから、シラを切り通せばいい。
そうすれば晴れて無罪を主張でき、庶民に顔向けができたのだが……。
ヘタレの彼は、そうはしなかった。
父親が用意してくれた極秘の山荘で、ヤキモキする日々……。
それが彼が率いるトルクルム領のゴージャスマートにとっては、最悪の選択だということにも気づかず……。
自分かわいさに、いまだ店に残ってくれている店員たちを暴動の危険に晒していたのだ。
山荘の中で、伝書鳥経由で受け取った支部長たちからの報告書に目を通した彼。
それを運んできてくれた鳥を、八つ当たりするように握りつぶしていた。
「チクショウ……! 日に日に店員どもが減っていきやがる……! 俺を見捨てて逃げ出すなんて、百年早ぇんだよぉぉぉ~!」
以前、店員たちに裏切られ、その大切さに気づきかけていたはずなのに……。
この期に及んでもなお、彼は被害者根性丸出しだったのだ……!
反ゴージャスマート運動はさらに加速していき、結果的にライバル店であるスラムドッグマートを持ち上げることとなる。
野良犬のシェアは一気に60%にまで達し、あっとう間に覇権へと昇りつめた……!
『ゴルドウルフ山』は鋼鉄の座布団という反則攻撃にもめげず、観客たちの大声援を受け、『ジェノサイドファング海』を寄り切ったのだ……!
……これで、めでたしめでたしっ……!
……。
…………。
………………。
否っ……!
まだ当事者である、ジェノサイドファングが残っている……!
ヤツはまだ、あきらめてはいなかった……!
時間をかけ、傷身と傷心を元通りにし……!
新たなる『暴言の秘伝』を引っさげ……!
取組後の支度部屋で汗を拭っているところを、背後から刺すような……!
最凶最悪の一手を下そうと、『ゴルドウルフ山』に忍び寄っていたのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『神聖日』でのゴルドウルフは大変だった。
例えるなら、煎餅を編み込んだ服を着て、奈良公園に迷い込んだ観光客同然……。
それほどまでに、『鹿』にもみくちゃにされた1日だったのだ。
そしてオーナーのモテっぷりを映す鏡のように、『スラムドッグマート』もめちゃモテ……!
年末年始はどこの店舗もイナゴの群れを迎えたような大盛況で、どの商品も売り切れ続出……!
かたや悪評を抱えたまま商戦期に突入してしまった『ゴージャスマート』は大ダメージ……!
飛び込んでくるのは客どころか、投石という有様だった……!
トルクルム領でのスラムドッグマートのシェア、80%に到達……!
その速さは驚異的。
かつてルタンベスタ領を制覇したときの勢いを、軽く塗り替えてしまった。
これは、商戦期が重なったことと、マスメディアの力によるものが大きい。
ホーンマックでのクレーム騒動を一大プロモーションとして紹介されたのが追い風になった。
さらにスキャンダルとして、敵の大将であるジェノサイドファングが取り上げられたのだ。
それが司令塔を封じ込める形となり、ゴージャスマートは五里霧中の状態に陥っていた。
明らかなる偶然と、密やかなる必然……。
様々な要素が絡まり合い、それらが渾然一体となり、大きな後押しとなる。
『スラムドッグマート』の地位はもはや、トルクルムでも揺るぎないものになっていた。
そして新年からしばらく経って、ゴルドウルフの忙しさもひと段落ついた頃……。
スラムドッグマートのトルクルム本部に、とあるひとりの中年男性が訪れる。
小太りで正装、身なりの良さと人の良さを併せ持ったような好人物。
彼は『リオン』と名乗り、応接間に通されるなり、楽器でも入っていそうな大きな革製のスーツケースを、どっかりとテーブルの上に置いた。
パカッ……!
その蓋が開かれると、銀色の光があふれだす。
向かい側に座っていたゴルドウルフとプリムラの顔が、鏡の反射に照らされたようになった。
まぶしくて、瞼をぱちぱちさせるプリムラ。
しかしオッサンは目を細めることもなく、
「これは、古代ハールバリーの騎士団が使っていた銀剣ですね」
ひと目でその出自を見抜いていた。
リオンは「やはり」といった感じで頷き返す。
「その通りです。私は骨董武器を主に扱っている商人なのですが、見ただけでおわかりになるとは。さすがはトルクルムに名だたるチェーン店のオーナー様だ」
「これをセールスに来た、というわけですね」
「ええ。今までは主にゴージャスマート様と取引させていただいていたのですが、あちら様はもはや、古物を扱う余裕はなさそうでして」
……基本的に冒険者の店というのは、新品の武器や道具を販売している。
しかし一部の店では、中古の剣や骨董的に価値のある剣を扱うところもあるのだ。
中古は使い古しの実用品であるが、骨董品の剣ともなると美術品のカテゴリにも入るので、買い取り価格も100倍以上違う。
それだけに偽物の可能性もあり、つかまされた店は大損害をおってしまうのだ。
ようはリスクの高い商品なのだが、ゴルドウルフは少し心惹かれているようだった。
しかし振り払うようにして銀剣から視線を剥がす。
そしてまるで自分に言い聞かせるように口を開いた。
「お客様からの希望もありまして、スラムドッグマートでも中古品の扱いを検討しているところでした。ですが、骨董品の扱いは予定にありません。鑑定が難しいためです」
しかしリオンはあきらめなかった。
言葉では断られてしまったが、態度は真逆だったからだ。
「それでしたらご安心ください。私の扱う武器は、すべて一級鑑定士による鑑定書が付いております」
『鑑定士』……名前のわからない装備品を識別する職業である。
各国にある『王国鑑定院』での試験にパスすれば名乗ることができる、いわゆる国家資格。
『鑑定』という行為自体は資格がなくても可能なのだが、鑑定書の発行は資格がない者が行うと違法になる。
ちなみにスラムドッグマートでは客から誤解されること避けるため、素材の買い取りはすべて『査定』という呼称で統一している。
リオンが提示した『鑑定書』を改めるゴルドウルフ。
書類は魔蝋印が押された正式なものだった。
この銀剣は、本当に古代ハールバリーの騎士団が使っていたものと見て間違いない。
というか、オッサンにはすでに真贋の判定はついていた。
現在の仕入価格にして、300万¥といったところだろう。
リオンはさらにたたみかける。
「これを機に、スラムドッグマート様でも骨董品の取扱いを始めてみてはいかがですか? 骨董品を扱える店というのは、それだけで信頼に繋がります。そして特に貴族や上級職の方々から喜ばれることでしょう」
ふたりのやりとりを黙って聞いていたプリムラは思う。
――おじさまは、貴族の方たちや上級職の方たちに気に入られようとは思っておりません。
お店の品揃えを良くするというお考えでなければ、興味を示されないと思うのですが……。
しかしおじさまが出した答えは、少女にとっては我が耳を疑いたくなるほどの、意外なものだった。
次回、おじさまの決断が、新たな波乱を呼ぶ…!