38 明暗の予兆
プリムラが決行した特攻は、それはまぁ凄いことになったのだが、それはいったん置いておこう。
オッサンがモチモチの木と化していたのと、ほぼ同じ頃。
ハールバリー小国のゴージャスマートの心臓部である『ハールバリー小国本部』。
そこに特設されている『医務室』。
一部の重役のみが利用可能で、VIP待遇ともいえる設備の整った個室である。
庶民では見ることも叶わないようなベッドの上では、これまた庶民では香りすら知らないような、ご馳走……。
を液状にすりおろした流動食を、むっつりと流し込む全身包帯まみれの男。
贅を尽くしたフルコースを食しているはずなのに、形状が異なっているせいで、ぜんぜんうらやましくない朝食風景。
そこにけたたましい怒声が押し寄せてきて、病室の扉を蹴破った。
「なんだ、ゴルァァァァァァァァーーーっ!?!?」
息せき切って駆け込んできたのは、蛮族の頭のような男。
身なりはセレブであったが、野生の毛並みに覆われた、顔つきの粗暴さは隠せない。
そんな彼が、蛮刀のように包帯男に突きつけてきたのは……今日届いたばかりの朝刊だった。
包帯男はチラ見えした文字を目にした途端、リフレインするように叫ぶ。
「なんだ、ゴルァァァァァァァァーーーっ!?!?」
そして、親子だけあってそっくりな声で、さらにハモった。
「「なんじゃ、ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーっ!?!?!?!?」」
皆殺し親子は、部屋じゅうの窓どころか、飾ってある花瓶までも叩き割るデスボイスを撒き散らしまくる。
「俺のかわいい息子が命がけで仕掛けたクレーム作戦を、クソ野良犬のクソイベントなんかにしやがってぇ! 新聞屋どもは、どんな目ぇしてやがんだっ!? ゴルァァッァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!? せっかく正体がバレずに逃げてこられてっていうのに、これじゃあ、意味ねぇじゃねぇかよっ!?!? ゴルァァッァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
無傷の父親はともかく、傷だらけの次男にとってこの雄叫びは冷や水だった。
あっというまに身体じゅうの傷口が開き、包帯に血が滲む。
「ぐうっ! イテテテテ……! チクショウ! 痛ぇ……痛ぇよぉ、悔しいよぉ、オヤジ……!」
「我が息子よ! お前の気持ちはわかるが、今は無理をするな! ジェノサイドロアーに助けられたから良かったものの、今のお前は重傷なんだぞっ!!」
「ち、違う……! 助けてくれたのは兄貴じゃねぇ! 兄貴は本部の前で力尽きてた俺を中に運んだだけだ! ネズミどもにボコられてた俺を、助けてくれたのは……」
兄の得点にしてはなるものかと、弟は必死になって言い添える。
しかしピシャリと遮られてしまった。
「そんなことは今はどうでもいいっ! 俺もつい興奮しちまったが、それよりももっと大きな問題があるんだっ! これを見ろや、ゴルァァァ!!」
バッ! と開かれる新聞紙。
スラムドッグマートの幸せそうな面々がいる第一面、さらにめくって第二面。
そこにはモザイクの入った集団の真写とともに、
『ゴージャスマート元店員たちが告発! スラムドッグマートにいわれなきクレームの嵐!』
というセンセーショナルな見出しがデカデカとあった。
血が噴き出すのもかまわず全身に力を込め、ギリギリと歯噛みをするジェノサイドファング。
「チクショウ……! 俺が面倒を見てやった店員たちだ……! コイツら、俺をボコボコにするだけじゃなく、俺を新聞に売りやがった……!」
記事の文中には、
『元店員たちは、ゴージャスマートのトルクルム領の方面部長にして、調勇者のジェノサイドファング・ゴージャスティス様を首謀者として挙げています』
とハッキリ名指しで書かれている。
「ど……どうしよう、オヤジ!? このままじゃ、トルクルムのゴージャスマートの評判がガタ落ちだっ!!」
「慌てるんじゃねぇ、ゴルァァァァ!! これから記者どもが告発を確かめるために、この本部に押し寄せてくるに違いねぇ!! だからお前はほとぼりがさめるまで、姿を隠すんだ!!」
「えっ……どうして!?」
「勇者は確たる証拠か自白がなけりゃ、捕まらねぇってのを知ってるだろうが、ゴルァァァ!! お前は口は達者だが、責められると弱い所がある……!! 行方知れずになっちまえば、うっかり口を滑らせることもねぇってコトよ!!」
ジェノサイドファングは言い返そうとしたが、「くっ……!」と呻くだけに終わる。
たしかに父の言う通りだったからだ。
大勢の記者から質問責めにあった場合、不利な証言をしてしまうかもしれない。
そしてそれが憲兵局に伝われば、勇者といえども取り調べを受けることとなる……。
自分が豆腐のようなメンタルであることは、店員たちに裏切られて、すでに嫌というほど思い知った。
そんな自分が憲兵の追及に耐えられるかというと、自信がなかったのだ。
しかし、気がかりなことがひとつある。
「わ、わかった……! でも俺がいなくなっちまったら、店は……!? 店はどうなるんだよっ!?」
「そこは心配いらねぇ! 伝書鳥を使って、コッソリ支部長に指示を出せばいいんじゃねぇか! だからまず、その傷を癒やすことだけを考えろ! そして全快したら、そのついでに……姿を隠している者だからこそ、できることをやるんだ!」
「姿を隠している者だからこそ、できること……!?」
「そうだっ! 俺の『暴言の秘伝』を思い出せ……!! その最大級のヤツを、野良犬にブチかましてやるんだっ!! 俺譲りの口先があれば、お前ひとりだってヤツらをブッ潰せるってことを、思い出せっ!! ……わかったか、ゴルァァァァァァ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
スラムドッグマートの『一大プロモーション』。
ゴージャスマートの『一大スキャンダル』。
……このふたつのスクープは、たちまちトルクルム領内を駆け巡った。
新聞社による本格的な取材も開始され、かつてのクレーマーたちによる証言が多数寄せられたのだ。
しかしすでにジェノサイドファングの姿は、どこにもない……!
そうなるとダディのところに取材陣が押し寄せたのだが、オヤジは持ち前の『暴言』でそれらをすべて跳ね除けた……!
いくら庶民の証言が集まったところで、勇者の自白がない限り、いくら黒でも白になる……!
この世界の絶対不変の掟が、皆殺し父子を首の皮一枚でつなぎとめていたのだ……!
しかし、トルクルム領におけるゴージャスマートの衰退だけは、止められない……!
この一件が、店員たちが日常的に行っていた、虚偽のセールス活動にまで飛び火するっ……!
「俺は、打撃武器を買いに行っただけなのに、200万¥もする聖剣を売りつけられたんだ!」
「レアモンスターを狩れば、すぐに取り戻せるとかそそのかされて……! でも教えてもらった場所に行っても、そのモンスターは影も形もなかった! 高い武器を売るために、店員が騙したんだ!」
「おかげで、借金地獄だよ……! ゴージャスマートに買い物に行ったばっかりに、人生をメチャクチャにされるだなんて……!」
「こんなことなら、変な噂に踊らされずに、スラムドッグマートに行っておけばよかった!」
「聞けば、クレーマーもぜんぶゴージャスマートの差金だったらしいじゃねぇか! なんて汚ねぇ奴らなんだ……!」
ゴージャスマートは虚偽の販売を繰り返し、そして、虚偽のクレーマーを量産したばかりに……。
それがバレた途端、倍返し以上の被害を受けることとなった……!
そして、思い知ることになる。
被害者を装った者たちの、化けの皮が剥がれ……。
実は加害者であったとバレてしまった場合……。
手痛いしっぺ返しが、待ち受けているということを……!
次回はちょっとしたざまぁと、新展開になります。