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37 激戦を終えて

 スラムドッグマートを脅かした、集団クレームという名の鋼鉄の座布団。

 それは受けてしまえば重傷は免れず、下手をすると現役引退まで追い込まれかねない危険な反則技であった。


 しかし一夜明け、新聞の見出しに踊っていたのはクレーム騒動のほうではなく、



 『聖なる鹿、ホーンマックに現れる!』



 例の大聖女が仕掛けた、一大イベントのほうであった……!



 『ホーリードール家のマザー、リインカーネーション様がホーンマックの街に、鹿の格好をして現れました。そしてスラムドッグマートの前に集まったゾンビの群れを、聖女の力で元の人間に戻してみせたのです』



 ……この世界には『記録玉』という、特殊な性質を持つ魔水晶がある。

 反射して映したものを水晶内部に記録するというもので、紙に転写することが可能。


 『記録玉』で世界を切り取ること、そして紙に転写する一連のことをまとめて『真写(しんしゃ)』と呼ぶ。


 新聞にもこの『真写』の技術が用いられており、記事をビジュアル的に伝えるのに役立っているのだが……。


 今日の各紙の第一面にあったのは、鹿に扮装した少女たちと、かつてはゾンビだった者たち。

 みんなが笑顔で『スラムドッグマート』の前に並んで、記念撮影しているものだった。


 ルクとプル、そして神聖日(ホーリーデー)仕様として角を付けられた『錆びた風』や、もこもこの体型を活かしてシャンタの帽子になりかわった『雲の(むくろ)』まで……。


 そしてもちろんセンターには、あの(●●)オッサン……!



『ゾンビ騒動で、一時は大混乱となったホーンマックの街。怪我人などは出ませんでしたが、これをスラムドッグマートの宣伝行為と判断した衛兵局は、オーナーであるゴルドウルフ氏に注意を行いました。しかしこの宣伝は大きな反響を呼び、スラムドッグマートはホーンマックでの人気店となりました』



 そう……!

 ジェノサイドファングが仕掛けたあのクレーム騒動もひっくるめて、スラムドッグマートが仕掛けた一大ドッキリ……!


 今年最後にして、最大級のプロモーションの扱いとなっていたのだ……!


 無理もない。ゾンビにライオンに、シャンタの少女たちとくれば、完全にコスプレ大会である。

 偶然に偶然が重なって、イベントの様相を呈したのが勝因であった。


 その仕掛け人のひとりである、例のお騒がせ大聖女。

 彼女は朝食のテーブルでゴルドウルフから新聞を見せられ、遅まきながらもこの事実を知った。



「あらあら、まあまあ。ママが新聞に載るだなんて……。いつものお昼を届けるついでに、せっかくだからビックリさせようとしただけなのに、街のみんなをビックリさせちゃったみたいねぇ」



 昨日、ゴルドウルフはホーンマックの街でクレーマー軍団の殺気を感じ、真っ先に客と店員を避難させた。

 そしてさらに、愛鳥である『空の(むくろ)』に伝書を託し、リインカーネーションの元に遣わせていたのだ。



『私とプリムラさんは今日はトルクルム本部ではなく、ホーンマック支店にいます。お昼はホーンマックのほうに持ってきてくれますか?』



 クレーマーたちが主力商品であるポーションに照準を合わせていたことは、オッサンには予想がついていた。

 彼らの嘘を見破るための切り札として、あの大聖女を密かに呼びつけていたのだ……!


 クレーマーたちの訴える体調不良は、きっと嘘八百。

 大聖女の『癒し』が効かないことで、反撃の糸口にしようとしていたのだ。


 しかし、まさかコスプレして来るとは思わなかった。


 そこだけは、唯一の計算外。

 そのせいでいつもより遅れてしまったようで、ゴルドウルフは冷や汗をかかされることになる。


 元はおちゃめなイタズラ心からだったようだが、いずれにせよ彼女のおかげで窮地を脱出できたので、オッサンは素直に感謝の気持ちを述べた。



「マザーがホーンマックに来てくれたおかげで、あの騒動をおさめることができました。本当にありがとうございます」



 すると朗らかだったマザーの笑顔に、至福の表情が加わった。



「まあまあ……! ゴルちゃんが『ありがとう』だなんて……!」



 紅潮した頬を両手で覆い、歓喜にむせぶようにクネクネと身悶えをはじめる。



「ママはゴルちゃんのママだから、ゴルちゃんのためならどこだって……月の裏側にだって飛んでっちゃう! でもでも、すっごく嬉しい! それにママもね、あの時はいっぱい『ふきふき』できたから、とってもたのしかったわぁ! 楽しくて、嬉しいだなんて……ママ、ほんとうに幸せ! パインちゃん、プリムラちゃんもそうでしょう!? ねっ!」



 一緒に『ふきふき』していたパインパックは、偶然とはいえあんなに大勢の前に出ることは初めての経験だった。

 思い出すだけで恥ずかしいのか、無言でむぎゅっ、とマザーにしがみつく。


 プリムラはというと、真面目にその時のことを振り返っていた。



「はい。わたしもあんなに大勢の方を『ふきふき』させていただいたのは初めてでしたので、とてもよい経験になりました。それに、わたしは聖女として、まだまだだと思い知らされました。わたしがあれほど言っても聞いてくださらなかった方たちの怒りを、お姉ちゃんは一瞬にして鎮めてしまったのですから……」



 そして真摯な瞳で、姉にすがる。



「わたしも、お姉ちゃんみたいになりたいです! 怒りも、悲しみも、憎しみも……全て包み込んでしまうような、慈愛あふれる聖女に! でもそのためには、どうすればよいのでしょうか……!?」



 妹の疑問は切実であった。

 しかし姉はすでに、豊かな胸の前で指を絡め合わせている。


 彼女は名案を思いついたときのポーズで、100ワットの声をさらに明るくした。



「あらあら、まあまあ……! プリムラちゃんは、ママみたいになりたいの……!? じゃあ今日から、ママのすることをマネすればいいわ! 喋り方とか、そんなのを……。さっそくやってみて! ねっ!?」



「えっ!? お、お姉ちゃんの喋り方を、マネするんですか……!?」



 なりたいとは言ったものの、そういう意味じゃ……と逡巡するプリムラ。

 しかし「ウンッ!」と無邪気な笑顔で頷き返され、少女は覚悟を決める。



「まっ……ママの……えっと……ごはんは……その……おい、おいちいでちゅ~」



 桜貝のようなおちょぼ唇から、赤ちゃん言葉が紡ぎ出されるたび……。

 少女の顔は桜色から、溶岩のようにカッカと赤熱していった。


 当然、憧れのおじさまの顔など見れるはずもなく、視線は姉に固定されている。



「じゃあ、つぎはママのすることをマネしてみて。……ゴルちゃんは本当にいい子でちゅねぇ! いい子のゴルちゃんは、ママがいっぱい、いい子いい子してあげまちゅ! ……むぎゅーっ!」



 姉はドサクサにまぎれ、オッサンめがけて飛びついていた。


 ふたりは背の高さが30センチ以上も離れているので、普段は背伸びしても全然届かないのだが……今のオッサンは座っている。

 従って、柔らかいところにモロに包まれ、オッサンの顔はエアバックを受けたみたいになっていた。


 「……あの、マザー?」という、当人の意思は尊重されていない。



 ……ガタンッ!!



 少女は立ち上がった。

 決意と行動、ふたつの意味で。


 食事の時の彼女は、普段であればオッサンかメイドに椅子を引いてもらって立ち上がる。

 自分でするにしても、音も立てずに粛々と、芍薬のような美しさで立つ。

 しかし少女は、今だけは違っていた。


 『来たか……!』といわばんばかりに……!

 椅子を蹴飛ばさんばかりの勢いで、雄々しく起立していたのだ……!



「……ごっごっごごごご……! ごごごごごごご……! ごるごるごるごるごるっ……!」



 頭から湯気を噴出しながら、爆発寸前の火山のように唸る……!


 ふわぁ、と静電気を受けたかのように、少女の髪が浮き立った。

 ゆらり、と身体を動かし、ガラ空きのオッサンの右側面に狙いを定める。


 運転手のように椅子に座るオッサンの左側面では、すでに安全装置が作動していた。

 衝突安全ボディのように、ぐにゃりと変形した『やわらかエンジン』が……!


 プリムラの視界はすでに、モヤがかかっていた。



 ああっ……!

 わたしのお胸も、あのようになってしまうのでしょうか……!?


 でも、おじさまに抱きつくだなんて、そんな……!

 はしたない上に、そんなことをしたら、おじさまにご迷惑がかかるかもしれないというのに……!


 でも、でもっ……! これは必要なのですよね……!?

 お姉ちゃんのような立派な聖女になるためには、しなければならないことなのですよね……!?


 ……。


 …………。


 ………………。


 い、いいえ……!

 自分を偽るのは、とっても良くないことです……!


 実を……実を申しますと……!

 わたし、いつも……! いつもいつも、羨ましく思っておりました……!


 おじさまに抱きついている、お姉ちゃんのことを……!


 いつかわたしも、お姉ちゃんみたいに抱きつくことができたら、どんなに幸せかと、夢見ておりました……!


 ですから、ですから……! わたしは、自分の意思でさせていただきたいのです……!

 聖女としてではなく、ひとりの女の子として……!


 いいえ、やらなければならないのです……!

 おじさまに、この想いをわかっていただくために……!


 あの素敵なお顔に、抱きつかなければならいなのですっ……!



 ……プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーッ!!



 蒸気機関のように、頭から湯気を噴出させる聖少女。

 彼女は、長きに渡って自身を律していた、『はしたないリミッター』を……。


 ついに、拘束解除(リミットブレイク)っ……!



「ごっごっごごご……! ごごごゴルちゃんは、いいいいいい子でちゅ……! いい子いい子いい子いい子いい子いい子いい子いい子いい子っ……! だっだっだだだ……だから……! むぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 そして、カーペットを毛羽立てるほどに蹴り出す。

 人生初となる、我を忘れるほどの猛ダッシュを敢行したのだ……!

ジェノサイドファングがどうなったかは、このあと明らかになります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相手の嫌がらせを逆に利用するこの手腕・・・! オッサンお見事!! もちろんマザーもお見事!! そしてありがとよ次男!!(皮肉) [一言] マザー、頼むから純粋な人にアホなことを吹き込まない…
[一言] コレは純情なおもちゃ、違った 純情な思いをおもちゃにされてるようで、聖女のすることじゃねぇぇぇ
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