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36 フルボッコライオン

 石畳を割る勢いで馬を駆り、街中を凶走するライオンマスク。

 勇猛なライオンをかたどった形相は、さながら人に襲いかからんとする獣。


 悲鳴をあげ、逃げ惑う人々は思ってもいないだろう。

 その首筋から流れ落ちるものは、獲物の味を想像した垂涎であると、信じて疑わなかっただろう。


 しかしそれは、真逆のモノであった。

 ……男泣き……!



「うぐっ……! うぐぐぐぐっ……! チクショウ! チクショウっ……! アイツら……! ネズミのクセして……! ネズミのクセしてぇぇぇぇ~~~~~~~~~~っ!!」



 その言葉どおり、彼は部下である店員たちを、いままでネズミ同然に扱っていた。

 すべては彼の意のままで、逆らう者などいなかった。


 彼が死ねと言ったらレミングのように、たとえ火のなか水のなか……それが当然だと思っていた。


 しかし、スラムドッグマートという名の海に飛び込むよう指示したはずなのに、ネズミたちは帰ってきた。

 そしてブーメランのように、ご主人様に牙を剥いたのだ……!



「ううっ! ううううう~っ! ネズミどもがあっ……! 百獣の王である俺に歯向かうなんて……! 早ぇんだよっ……! 百年早ぇんだよぉぉぉぉぉ~~~~~~っ!!」



 それは彼にとってはさしたるダメージではなかったが、心理的なショックは大きかった。



「ぐすっ! チクショウ! 裏切りやがってぇ……! アイツら……! さんざん面倒見てやったこの俺を……! 裏切りやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!」



 自分勝手にそう思い、声を大にしていた。


 ……人を平気で見捨てる人間ほど、自分が同じ目に遭わされたときは弱いものである。

 今まで家畜のように搾取し続け、そんな知能すらないと見くびっていた格下が相手であれば、なおさら……!


 そして、都合のよいものである。


 今まで、落としても拾う価値のない1(エンダー)硬貨のような扱いをしておきながら……。

 さんざん捨てておきながら、逆に捨てられたとわかると、このセンチメンタル……!


 今の彼に、これほど相応しい言葉はないだろう。


 1(エンダー)を笑うものは、1(エンダー)に泣くっ……!



「うぐっ……! うぐぐっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 獣の涙、そして遠吠えが、白昼のなかに溶けるように消えていく。


 今は泣くがいい、吠えるがいい……!

 思う存分、自分のしてきたことを後悔するがいい……!


 人は涙の数だけ、強くなれるのだから……!


 ……しかしそれも束の間。

 犯した罪を、流した涙を……数える(いとま)すらも、彼には与えられなかったのだ。


 マザーの登場で、空はすっかり快晴となったはずだった。

 街中はハレーションでぼやけるほどに、明るいというのに……。


 彼のまわりだけは、なぜか暗かった。

 まるでそこだけが、夜になってしまったかのように……。


 視線を落とすと、馬蹄つま立つ石畳がある。

 そのまわりは、落とし穴があるかのように、ぽっかりと黒い影に覆われていた。



「うぐっ……? ど……どうなってんだ、こりゃあ?」



 溺れそうな瞳を真上に向けた彼は、



 ……ガスッ!



「ぐっ!?」



 目の当たりにした、異質なるものを問いただす暇すらなく、一撃を見舞われ……。



「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 宙を舞い、地面に叩き付けられてしまった……!



 ……ドガアッ!!



 哀れ……!

 彼は精神的にも捨てられたどころか、肉体的にも投棄されたゴミのように、路傍を転がる……!



「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?」



 そしてそのまま、ゴミ捨て場の小屋に突っ込んでしまい、



 ……ドガッ、シャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 生ゴミの山に埋没。

 追い打ちをかけるように、上からガラガラと廃材が降ってくる。


 しかし一息つくヒマもない。



「うわっ!? ぎゃああああああああああっ!?」



 中にいたネズミに鼻をガブリと噛まれ、否応なしに這い出す。


 もはやどこが痛いのかわからない。

 身体じゅうがズキズキと痛み、内臓が口から飛び出しそうだ。


 衝撃の連続で引っ込んでいた涙が、ふたたび溢れだす。



「うぐっ……うぐぐっ……! チクショウ……! チクショウチクショウチクショウ……! なんだって俺が、こんな目に……!」



 ……『こんな目』?

 それはすべてが終わってから言うことである。


 残飯まみれで這いつくばり、石畳を濡らす……そんな彼のすぐそばで、



 ……ザンッ!!



 聞き覚えのある足並みが、打ち下ろされた。



「やっと追いついた!」



「ひとりだけ逃げようったって、そうはいかないぞっ!」



 弾劾するような声に、嗚咽をかみ殺して顔をあげるライオンマスク。


 滲んだ視界の向こうで、見下ろしていたのは……。

 自分がかつて、歩き方まで指導した、クレーマー軍団……!



「き、貴様……らぁ……! ……げほっ! ぐほっ! がはっ……!」



 肺が潰れ、思うように声が出ない。


 いままでは『暴言』という名のムチの味を彼らに教え込み、一喝で萎縮させていた。

 しかしその調教具も、今やボロボロ。


 「ごるぁぁぁぁ……」と力なく唸るだけで、精一杯だった。



「おいっ! この街のみんな! みんなも見ていただろう!? コイツはさっき大通りで、騒ぎを起こした張本人なんだ!」



「スラムドッグマートの商品を、あることないこと叫んで貶めた挙げ句……! 嘘っぱちの病気をでっちあげて、この街を混乱させたんだ!」



「さあっ、みんなも手伝ってくれ! この街を脅かした悪人を、みんなでやっつけようじゃないかっ!」



「……おおーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 そして再び燃え広がる、反逆の炎……!

 それはかつての軍団レベルではなく、街ぐるみとなって1匹のライオンに襲いかかった……!


 ここで彼にとって、正体を隠すためのマスクが仇となった。


 もし彼が調勇者(ちょうゆうしゃ)ジェノサイドファングだと知っていたら、街の人たちは加勢しなかっただろう。

 勇者を傷つけることは、この世界では重罪とされているからだ。


 しかしジェノサイドファングは、この窮地を脱出するために自分からマスクを取るわけにはいかなかった。

 なぜならば彼は、ゴージャスマートの方面部長……!


 このトルクルム領のゴージャスマートのトップである彼が、ライバル店に虚偽の妨害行為を首謀したとバレては、店にとっての致命傷となるからだ……!


 手負いとなった百獣の王は、受け入れる他なかった……!

 ネズミたちからの、制裁を……!


 窓から放たれた無数の投石が、(ひょう)のように降り注ぐ……!



 ……ガスッ! ガンッ! ゴンッ!



「うがっ!? ぐわっ! ぎゃあっ!?」



 蜂の群れに襲われたように、身もだえるライオン。


 角材や物干し竿を手にした民衆に囲まれ、袋叩きにあう……!



 ……ドスッ! ドガッ! ゴンッ!



「ぐはっ! あぐっ! いぎぃ!?」



 顔が覆われているせいで、どれだけダメージを与えられているかわからず、それが暴力に拍車をかけた。

 マスクの首筋から、シャツの袖から、ズボンの裾から……雨だれのような血が流れ出す。


 得意の暴言で、形勢を立て直そうにも、その暇すら与えられない。



「ぎいっ!? うぎっ!? ひいい! 許して……! 許してくれぇぇぇぇぇ!!」



 サバンナの覇者どころか、海辺でいじめられる亀のように縮こまる、ジェノサイドファング。

 しかし、彼が許されることはない……!


 不意にそのマスクに、ガッ! と手がかけられた。



「さあっ! 顔を見せろ! 街じゅうの人たちに、お前がやってきた悪行の証人になってもらうんだっ!」



「ひいいっ!? や、やめてくれ! それだけは! それだけは許してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



 しかし、彼を許す者はいない……!


 ……否っ……!

 ただひとりを覗いて、存在していた……!


 この場には居合わせていなかったが、彼の『代理人』が……!



 ……ズグワッ……!!



 一陣の疾風(かぜ)が吹いた。



「うわあっ!?」



 どこからともなく起こったそれは、暴徒たちをドミノ倒しにし、尻もちをつかせる。


 そして、雲が飛来した。

 ジェノサイドファングを落馬させたそれが戻ってきて、(あしゆび)で彼の肩を掴んだのだ。


 そしてすべてを切り裂くカマイタチのように、時の狭間すら切り裂くほどの、一瞬で……。

 まるで神隠しのような人智を超えた素早さで、血まみれの彼を連れ去っていった。

今回のタイトルは『エチケットライオン』のアクセントで発音してください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハッハッハ!!! 逃げまどえぇぇぇ!!!(悪笑) ・・・と思いきや脱出! はてさて、神隠しの飼い主の思惑や如何に!? ・・・それと、エチケットライオンって・・・ 随分と昔のネタを持ってき…
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