35 ふきふき無双
わがままボディの我がままは、もはや誰にも止められない。
すでに、独壇場……!
制空権をも完全掌握したかのように、暗雲をすっかり吹き飛ばしていた。
お日様がふたつあるような、さんさんとした笑顔が大通りを席巻する。
しかもそれをさらに、増やそうと……!
「じゃあみんな、キレイキレイしましょうねぇ~! でもこんなにいっぱいいると、ママ大変だから……プリムラちゃん、手伝ってぇ~!」
急に振られたプリムラは「はっ、はひっ!?」と裏返った返事をしてしまう。
しかしすぐに硬直を解き、タオルを持って駆け出した。
「わ……わたしも、お手伝いします! みなさん! これがスラムドッグマートの『ふきふき』サービスでーすっ!」
そして始まる、ふきふき無双……!
マザーに抱っこされたパインパックも手伝って、みるみるうちに腐った死体のようなクレーマーたちの顔が、エステ帰りのような肌に蘇っていく……!
子鹿トリオは新しいタオルを持って行ったり来たりし、補給要員として手伝った。
実はこれは、『浄化』と『癒し』とはまた異なる、聖女の能力……。
『清浄』……!
聖女は白い布を触媒とし、気持ちを込めて拭くことにより、洗剤もなしに汚れを落とすことができる。
それどころか、拭いたものを新品同様に蘇らせることができるのだ……!
ちなみにホーリードール家の屋敷は歴史があるにも関わらず、中は新築のように綺麗。
それはなぜかというと、普段のメイドたちの掃除に加え、彼女たちが定期的に『清浄』を行っているからである。
「はぁい、キレイキレイになりまちたぁ~!」
「はい、お疲れ様でした。キレイキレイになりましたよ」
「きれ……でう……」
長女ははちきれんばかりの笑顔で、次女は澄みきった笑顔で、三女はもじもじと……。
それはクレーマーたちの表面的な汚れだけでなく、心までもをキレイキレイに……!
そして、聖女と狼。
美女と野獣のコンビネーションが、今ここに結実した。
ゴルドウルフの事前の説得で、ひび割れていた彼らの心が、
……パカーン! パカーン! パカンパカン!
パッカァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
いたるところで、弾け飛びはじめたのだ……!
そしてついに、現れる……!
「す、すみませんでしたっ! 私が間違ってました!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさぁい!」
土下座する者……!
「うっ……うわあああっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!」
「うううっ! うおおっ! うおおおおおーーーーーーーーーん!」
泣き崩れる者……!
「スラムドッグマートのポーションを飲んで病気になったなんて、嘘だったんです! ううん、それどころか、今までのクレームも、ぜんぶぜんぶ嘘でした!」
「今いちばん売れているポーションの悪い噂を流せば、スラムドッグマートに大打撃を与えられるって、命令されて……!」
白状する者……!
「僕らは、ゴージャスマートの店員でした! でも、方面部長であるジェノサイドファング様に無理矢理、クレーマーの研修を受けさせられたんです!」
「本当は嫌だったんです! たとえライバル店とはいえ、ありもしない噂で貶めるなんて……! でもやれって、ジェノサイドファング様に怒鳴り散らされて……!」
「やらないと、家族にまで追い込みをかけるって脅されたんです! 実際にそれで追い詰められて、自殺した店員もいました! 僕は妻も子供もいるので、家族を守るために、仕方なく……!」
教えられた被害者ぶりを、遺憾なく発揮する者……!
「……あっ! あそこにいます! あそこにいる、ライオンの覆面をしたのが、ジェノサイドファング様ですっ!」
「いくら顔を隠しても、あのウシガエルの鳴き声みたいな汚い声は、ごまかせない……! 僕らを恫喝して、こんな酷いことを強要していたのが、あの人なんです!」
「あの人がいかに卑怯者かは、自分だけ覆面を被っていることからもわかるでしょう!? ああやって私たちに罪を着せて、自分だけは逃れようとしているんですっ!」
「な……なにが『伝説の販売員』だっ! お前なんか、ただの七光り……! 声がでかいだけの無能じゃないかっ!」
「そうだそうだ! もう怖くないぞ! ゴージャスマートなんて辞めてやる! そしてお前に法の裁きを受けさせるんだっ!」
クレーマーで培った、殺気あふれる視線を向けられ、さすがのライオンマスクもたじろぐ。
「き……! 貴様らぁ、裏切るつもりかぁ! この俺に逆らったら、どうなるか……わかってんだろうな、ゴルァァァァァァァァァァァ!?!?」
馬上からゴウと吠えられ、植え付けられた恐怖を刺激されるハイエナの群れ。
彼らは一瞬ひるんだものの、しかしそんな世俗のものとは無縁そうな呑気な声によって、あっという間に中和されてしまう。
「あらあら、まあまあ、元気なライオンちゃんでちゅねぇ~! ママ、元気な子、大好き! あなたも『ふきふき』してあげまちゅから、こっちに……。それじゃあみんな、ライオンちゃんのお面を、とっちゃいましょ~!」
それどころか、ハイエナたちを統率……!
ぴしっと指さした百獣の王めがけて、彼らをけしかける始末……!
「おおーーーっ!!」
「ジェノサイドファングを、引きずりおろせーっ!」
「スラムドッグマートの敵を、衛兵に突き出してやるんだっ!」
「そして、今なお苦しんでいるゴージャスマートの店員たちを、救いだすんだーっ!」
「あっ!? 暴れるぞ、こいつ!」
「かまわん! 石でもなんでも使って、馬から叩き落とすんだっ!」
ジェノサイドファングは、暴徒と化したかつての部下たちに戦慄する。
「ぐっ……ぐあああああーーーーーーっ!?!? くそおっ!! 覚えて……覚えてやがれっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
そう捨て台詞を残すだけで精一杯。
カカトで馬を乱暴に蹴り上げ、取り囲んだ人混みを横暴に蹴散らして逃げ出した。
「ああん、まってぇ~! ライオンちゃんも、ふきふきさせてぇ~!」
胸部を爆弾のように抱え、もたもたと追いかけていく鹿。
百獣の王に鹿が追いすがるという、サバンナではありえない光景に、どっと笑い声がおこる。
少し前まではパンデミックに湧いていたスラムドッグマートの前は、今や正義の心に満ちあふれていた。
プリムラは尻尾を巻いて逃げ去るライオンマスクの背中を見送りながら、ホッとひと息つく。
引っ越し騒動の時もそうであったが、彼女にとって、このお姉ちゃんはいつも予想外。
しかし今回ばかりは、それに助けられた。
邪智暴虐なクレーム攻撃には、天然無垢なる愛情がいちばんだと教えられた。
屁理屈に対しは理屈で対抗するのではなく、我が子を慈しむように、やさしく微笑むことだと。
そう……例えるならば、拳に拳で応じるのではない。
相手の拳を、両手でやさしく包み込んでからの……。
……ノーブラボイン打ちっ……!
……スパァァァァァァァーーーーーーーンッ!!
その搦め手のような一撃は、クレーマーたちの頬に、見事にヒット……!
すでにひび割れていた、彼らの心にトドメとなって……。
一気に正気に戻すことができたのだ……!
プリムラは改めて感じていた。
何もない所でもしょっちゅう転んでいる、危なっかしい姉。
しかしいざとなれば、これほどまでに偉大で、頼れる存在であることを。
しかしそんな彼女でも、気づいていないことがふたつほどあった。
これらはすべて、彼女の隣にいる『おじさま』にとっては……コスプレという多少のズレはあったものの、計算のうちであったこと。
そしてその『おじさま』が、絶好のチャンスであったというのに何もせず、あのライオンマスクを取り逃がしていたこと。
敢えて……!
『この大通り』から、逃がしていたことを……!
次回、更なるざまぁ…!