33 最終兵器、登場…!
トルクルム領でも最も都会的とされ、わざわざ他所からも買物客が訪れるという街『ホーンマック』。
その中にはきっと、『スラムドッグマート』に立ち寄ろうとしていた者もいたかもしれない。
ポーションを買い足していこうと考えていた冒険者も、大勢いたに違いない。
しかし、それはもはや叶わない。
なぜならばその店がある、この街でも最も人通りの多い十字路は大混乱に陥っていたからだ。
仕掛けられた爆弾が大爆発したような、大パニックに……!
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?!?」
悲鳴がうねりとなって丘のてっぺんを突き上げ、さらには丘のふもとにまで叩きつけられる。
すべての建物から人々が飛び出してきて、それがますます喧騒を倍増させる。
ジェノサイドファングが仕掛けた集団クレーム作戦は、もはや街全体を震撼させるまでに至っていた。
その渦中にいた狼は、なおも不動を貫いている。
ただ変わらぬ、厳しくも哀しい表情のまま……トランプのジョーカーのように嘲笑うライオンを見据えていた。
「グワッハッハッハッハッ! グワァーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーーーーッ!! さぁ、逃げろ逃げろ、逃げろぉーーーーーーーっ!! そして、他の街でも伝えるんだぁーーーーーっ!! 野良犬の店に関わると、もがき苦しんで死ぬぞ、ってなぁ!! 目玉をやられ、耳からは血が吹き出し、鼻が曲がるってなぁっ!! 胃は裏返り、腸は破れ、心臓は爆発するってなぁーーーーーーーっ!! さあっ、行けっ!! 野良犬狩りの、はじまりだっ!!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
……ここまでが、仕組まれた罠だったのだ。
このホーンマックの街は、領主も居を構えている丘のてっぺんがいちばん地価が高い。
その次が、丘の中腹にあるこの大通りである。
居並ぶ店は宝石店や高価なドレスを扱う一流店ばかり。
その角という一等地を、ゴルドウルフは格安で借りることができたのだ。
不動産屋が以前、失礼をしたお詫びということだったのだが、これに裏があることは彼には容易に想像できていた。
普段であれば、見えている地雷を踏みに行くことはしない主義のオッサンだったが、今回は大いなるメリットがあった。
この街……いや、このトルクルム領の商売における心臓部にもなりえる、一等地を格安で借り受けられるのだ。
もちろん、敵がそんな塩を送りつけるような真似をするわけがない。
白い粉が届けられたとしても、それは塩などではなく……。
ペロッ……。
青酸カリ……!?
……オッサンはそうと知りつつも、危険な賭けに乗ったしたのだ。
そして、この有様……!
彼はいまだにポーカーフェイスを保ってはいるものの、やはり、頭の中はそうでなかった。
『ねーね、我が君! どうするの!? このままじゃホントに、お店から人がいなくなっちゃうよ!』
『我が君、この街ごと消滅させてはいかがでしょう。そうすれば、他の街へ悪い噂が伝わることはありません』
『あっ、ルク! それいいかも! ねえ我が君、そうしようよ! プルにまかせて! プルだったら、ひと扇ぎするだけで焼け野原に……』
『いいえ、こういう時こそ水責めです。このルクにお任せを。我が君の店を冒涜した者たちを蟻のように水に沈め、ひとりひとりが息絶えていく様をじっくりとご覧に……』
『ふたりとも、やめてください。罪のない人を巻き込むわけにはいきません』
『ええっ、じゃあどうするの!? 我が君!?』
『いったい、どう収拾をつけるおつもりなのですか、我が君?』
『『我が君っ!?!?』』
オッサンが、天使と悪魔から責められるという珍しいパターンに苛まれている最中……それは起こった。
……♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャンシャン
スキップするような軽快なる馬蹄と、鈴生りになった鈴鳴り。
……♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャンシャン
すべての者を清らかにするような、澄んだ音色がすべてを上書きしていく。
……♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャンシャン
「……はぁーいっ! ママが来まちたよぉ~! ゴルちゃん、おまたせぇ~!」
どこか長閑で、しかし慈愛に満ち溢れた声。
その声は決して大きくはなかったが、不思議と心地良い。
恐怖に支配されていた人々の心の中に、するりするりと入り込んでいく。
そして、誰もが立ち止まり、目を奪われていた。
そう……!
丘の上から駆け下りてくる、大聖女の特別仕様の馬車を……!
その背後にある暗雲は割れはじめ、雲間から天使が降りてきたような光がさしていた。
オッサンの傍らにいた天使と悪魔が、ちょいちょいと細工したのだ。
しかしその演出のおかげで、奇跡感が倍増。
まるで聖女の力で暗雲を退け、差し込む光の道筋をたおやかに進んでいるように見えたのだ……!
「お……おお……! 大聖女……! マザー・リインカーネーション様……!」
大名行列のように、すべての人々が石畳にひれ伏す。
ライオンマスクと、オッサンと……そして彼女の妹であるプリムラを除いて。
……♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャンシャン ♪ぱからん ♪シャン……
馬車は陽光のスポットライトが降り注ぐ、十字路のど真ん中で止まった。
障子紙のように透けた帆の向こうで、しずしずと人影が立つ。
陰影からしてすでに母性がしとどに溢れ、巨大な鏡餅のように飛び出している。
誰もがその、神聖なる御身を想像し、息を飲んだ。
しかし、ボイーンとまろび出てきたのは、
「……はぁーいっ! シャンタしゃんでぇーっす!」
「シャンタしゃんでうー!」
いつもの光鱗のドレスではなく、鹿の着ぐるみを着た、少女……!
そして同じく子鹿のミニぐるみを着た、幼女であった……!
「うふふ、どう、ゴルちゃん? ゴルちゃんをびっくりさせたくて、今日のお昼はみんなでシャンタしゃんの格好をしてきたの! ひとあし早い神聖日でぇーっす!」
はしゃぎながら、その場でクルリンクルリンと回ってみせる少女。
幼女は今更ながらに衆人の目に気づき、むぎゅっと少女の胸に顔を埋める。
……世界が、唖然としていた。
この国に名だたる大聖女が、鹿の着ぐるみを着て現れたのだから……!
普通、身分のある者がこの手のイベントに参加する場合、下々の者に嫌々ながらも付き合って、ほんの小さな飾りを申し訳程度に身に付ける。
しかし彼女の場合は、逆にまわりが引くくらいの全力だった。
顔が出ていなければ、聖女であることもわからないほどの、本気の着ぐるみ……!
客引きの道化が着るような、ガチ着ぐるみだったのだ……!
ついに、野良犬軍の最終兵器までもが参戦っ…!
戦いはいよいよ、クライマックスに…!