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32 窮地の野良犬

 ゴルドウルフは見破っていた、この包帯集団の正体を。


 彼らはジェノサイドファングの(めい)によって結成された、クレーマー軍団。

 これまでに幾度となく『スラムドックマート』の各店に出没し、言いがかりをつけていた者たち……それが一同に会したのだ。


 なかにはゴルドウルフが応対した相手も、ちらほら見受けられる。

 彼らは何度撃退されても、性懲りもなくまた現れるのだ。


 しかも、今度はひとりではなく、徒党を組んでの襲来……!

 それも、百人規模の大軍団……!


 包帯まみれの老若男女は、誰もが恨みのオーラをギラギラと放ち、すでに人間の域を出ようとしていた。


 そう……! これはまさに、モンスター!

 モンスタークレーマー軍団の襲来だったのだ……!


 プリムラはオークの群れに囲まれているかのように、ゴルドウルフの腕にしがみついていた。


 彼女は恐れてはいなかった。愛しのおじさまがいるから。

 しかし追い詰められていた。大切なおじさまを守るために、自分にできることはないかと。


 ゴルドウルフはというと、店員を叱るときにも見せない厳しい顔を張り付かせていた。

 そして瞳は、いつにない憂いを帯びている。


 狼は、怒っていた。

 しかしそれ以上に、悲しんでいた。


 ……ゴルドウルフは、いちど応対した客の顔を忘れない。

 相手がクレーマーともなれば、なおさらである。


 そして商売柄、いちど接客してもらった店員の顔も忘れない。

 敵情視察もかねて訪れた『ゴージャスマート』の店員たちの顔はみんな覚えている。


 それらが、一致するのだ……!

 クレーマーたちの包帯ごしの眼と、店員たちの眼が……!


 狼はこのクレーマー軍団が、『ゴージャスマート』の店員たちで結成されていることを知っていた。


 だからこそ、悲しんだのである。

 だからこそ、叱ったのである。


 狼は、静まり返った街の中心で、愛を叫ぶように吠えた。



「あなたたちの口は……! 声は……! そしてその眼は……! ありもしないことを並べたてるためにあるのですかっ!?」



 風もない湖面のような静寂に投げかけられた、ひとつの(ことば)……。



 ……ピチョンッ……!



 それは小さな波紋となって、かつて店員だった者たちの心に広がった。



「より良い商品を、選び、仕入れ……ときには考え……。そしてそれらをお客様にお勧めするためにあるのではないのですかっ!? 他店に優れた商品があったら、真っ先に研究するために、その手足はあるのではないのですかっ!? ライバル店に足を運び、実際に手に取って、良い点を確かめる……! 決して、その商品を貶めるためのものではないはずですっ!!」



 (ことば)は雨垂れのように、次々と垂れ落ちる。


 しかし、すでにクレーマー根性に凝り固まっていた彼らの心は強固だった。

 しかし、ゴルドウルフはあきらめず訴えかける。


 悪に寝返った仲間の、正気を取り戻すように。

 オッサンの傍らにいたヒロインも、それに加勢する。



「そ……そうです! 思い出してください! あなたたちの、本当にすべきことを! おじ……ある店員さんがおっしゃっていました! お客様の不安を煽る商売をしてはいけないって! 私たちはなにをする時も、お客様を笑顔を一番に考えなくてはいけないって! だから……スラムドッグマートにある防炎カバーには、ゴルドくんの絵を描くんだって! 防炎カバーだとわかると、お客様が不安になりますから……って、おっしゃってたんです!!」



 少女の叫んだ内容は唐突で、支離滅裂だったが……クレーマーたちには伝わった。


 なぜならば、彼らが『ゴージャスマートの店員』だったから。

 かつてルタンベスタ領で起こった防炎カバーにまつわる一件は、彼らの心の中にトラウマレベルで刻み込まれていたのだ。



 ……ピシリ……!



 岩塊のように頑なだった心に、一筋の光明のように、ひび割れがさした。



「お客様の……笑顔……」



 誰からともないつぶやきが、広がっていく……。



 ……ピシッ! ピシッ! ピシィィッ……!



 落雷のようなひび割れは、やがて大地に根を張る樹木のように、広がって……。

 あと少し、あと少しで……真っ二つに、割れる……!



 ……ピシピシピシピシピシッ……!



 嘘のクレームに塗り固められた邪悪な外殻を破り、その中に囚われていた、店員としての純粋な心を取り戻させれれるっ……!


 しかし、あとほんの数ミリといったところで、



 ……ドガガッ!! ドガガッ!! ドガガッ!! ドガガッ!!



 大地を割るような蹄の音によって、邪魔されてしまった。



「おいっ! 野良犬のクソ吠えに、ビビってんじゃねぇぞっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」



 破砕音に続く怒声。


 その発生源は、クレーマー軍団が昇ってきた坂道のさらに先。

 丘の頂上から馬に乗って駆け下りてくる、何者かによるものだった。


 ライオンのマスクを被ったその男は、大通りを爆走しながらひとりごちる。



 ……危ねぇ危ねぇ……!

 駆けつけるのがもう少し遅れてたら、虎の子のクレーマー軍団が、野良犬風情に言いくるめられてるところだったぜ……!


 昨晩、オヤジが教えてくれた通りだった……!



『……集団クレーム作戦とは考えたな! だが気をつけろ、野良犬はああ見えて口が達者だ! もちろん俺ほどじゃねぇがな! 集団クレームとはいえ、店員(ネズミ)どもの集まりじゃ返り討ちにあうかもしれねぇ! そこで、だ! お前も行って、ネズミどもに加勢してやるんだ! もちろん、正体はバレねぇようにな!』



 ジェノサイドファングは父の教えを素直に守り、ライオンマスクに扮した。


 そして翌朝には馬を飛ばす。

 ハールバリー領にあるゴージャスマート本部から出発し、休まず走り続けた。


 そして正午のいまこうして、スラムドッグマートを潰すクレーム軍団の決戦場へと馳せ参じたのだ。


 彼は人波を割って十字路に滑り込むと、絵画のナポレオンのように馬を高くいなかかせて叫ぶ。



「おいっ! そこの野良犬野郎っ!! 騙そうったってそうはいかねえぞ!! ここにいる俺たちは全員、『スラムドッグマート』で買ったポーションを飲んで大変なことになっちまったんだ!!」



 それまで場を支配していた狼を、野良犬呼ばわりするライオンマスク。

 彼はその見目に相応しい、百獣の王のような咆哮で反撃を開始する。


 まずは挨拶がわりとばかりに、店の看板をビシッさした。



「そもそもあの『スラムドッグマート』は、最近この領地にできた店だよなっ!? きっとやりたい放題やって、すぐに畳んで逃げるつもりだったんだろうぜっ!! それを証拠に見てみろよっ! あの看板に描かれた、薄汚ねぇ野良犬っ! 不潔な野良犬をイメージキャラクターにするだなんて、正気を疑うぜ!! 真面目に商売するつもりなんざねぇ……きっと考えたヤツは、野良犬にすら騙されるバカなヤツらだって思ってるに違いないぜ!!」



 「そんな……! 違いますっ!」と発案者のプリムラは反論する。

 が、届かない。


 看板をさしていた指は、次にショーウインドウに狙いを定めた。



「きっとあのポーションの材料も、野良犬みたいに路地裏のゴミ箱をあさって、拾ったもので作ったに違いないぜ! そんな汚いものを売るだなんて、犯罪以外のなにものでもねぇよなぁっ!! みんなもそう思うだろう!? なあっ!?」



 包帯軍団は店員たちの心を取り戻しつつあったというのに、この呼びかけで、さらに硬いクレーマーの意思を取り戻してしまった。

 次々に呼応するものが現れる。



「そ……そうだっ!」



「そうだそうだ! 犯罪だっ!」



「犯罪だっ! 犯罪だっ! 犯罪だっ!! 『スラムドッグマート』は犯罪だぁーーーーーっ!!」



「働いている店員たちも、みんな犯罪者だ! あの店は、犯罪者の巣窟だぁーーーーーっ!!」



「みんな気をつけろぉーーーーーっ!! 『スラムドッグマート』に近付くなぁーーーーーっ!! 俺たちみたいになっちまうぞぉーーーーーーっ!!」



 怒濤のクレーム攻勢がふたたび、街じゅうを席巻した。

 マスクごしの裂け口をニヤリと歪ませる、ライオンマスク……!



「そうだっ! いいぞっ! ここにいる悪を、徹底的に糾弾するんだっ! いかに悪いやつらかを、徹底的に知らしめてやるんだっ! お前ら、見せてやれっ!! 野良犬の腐れポーションを飲んだら、どうなるのかをっ!! さあっ、やれっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」



 ……バッ!



 合図とともに、一斉に取り払われた包帯……!

 白日の元に晒されたのは、カビが生えたような、まだら模様の顔……!



「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?!?」



 大通りを埋め尽くす人だかりから、叫喚が爆発した。

 まるでゾンビが街中に現れたような、大パニックに陥る。



「さあっ! みんな逃げろ! 逃げるんだっ! 伝染(うつ)るぞっ! 伝染(うつ)っちまうぞぉっ!! こうなりたくなかったら、スラムドッグマートには近付くなっ!! 買い物どころか、前を通るだけでヤベェぞっ!! グワァーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハーーーーーーーーーーーッ!!!」



 飛び交う悲鳴、轟く高笑い。


 あまりの出来事の連続に、プリムラはとうとう泣き出してしまった。

 さすがのオッサンも、この窮地を打破する策が思い浮かばないのか、奥歯を噛み締めている。


 『スラムドッグマート』……!

 ジェノサイドファングのダーティ・アタックにより、壊滅寸前っ……!!


 どうする、どうなる、ゴルドウルフ……!?

次回、大・逆・転…!?

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― 新着の感想 ―
[良い点] >ゴルドウルフは、一度応対した客の顔を忘れない。 そして商売柄、一度接客してもらった店員の顔も忘れない。 ・・・オッサン・・・アンタ、商人の鏡だぜ・・・! [一言] 次男め・・・あと少し…
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