31 軍団襲来
このトルクルム領内でも最も活気があり、領主の屋敷もあるという街『ホーンマック』。
なだらかな丘に、緩流のように広がる街並みは真昼だというのに薄暗い。
綿埃のような暗雲が、重く頭上に垂れこめているせいだ。
鬱屈とした寒さ漂う石畳の大通りを、軍靴のように高らかに打ち鳴らしながら行進する一団がいた。
……ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!
しかし、軍人ではない。誰もがそのへんにいる『一般市民』だった。
……ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!
しかし、彼らは軍人よりも威圧的な、鬼のような形相を浮かべている。
……ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!
しかし、表情とは裏腹に、姿は痛々しく……誰もが身体じゅうに包帯を巻いていた。
……ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!
死神の列のようなその異様な一団に、道行く人々は誰もが道を開けわたす。
……ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!
そして、「なんだありゃ!? これから何が始まるんだ!?」と誰もが後を追った。
……ザッ!! ザッ!! ザッ!! ザッ!!
転がる雪だるまのように、人々がどんどん集まってくる。
……ザッ!! ザッ!! ザッ!! ザッ!!
やがて足音は、地を揺らすほどにまで膨れ上がった。
……ザッ!! ザッ!! ザッ!! ザッ!!
通りに住んでいる者たちは窓を開けて身を乗り出し、路地裏の住人までもが何事かと飛び出してくる。
……ザッ!! ザッ!! ザッ!! ザッ!!
そして、ついにその足並みは……とある一軒の店の前で止まった。
……ザンッ!!!
丘の中腹にある、大きな十字路。
そこを塞ぐようにして立ち止まった者たちは、角にある、とある店に向かってクルリと回れ右した。
ショーウインドウに映った包帯軍団の表情が、よりいっそう険しくなる。
討ち入りを思わせる緊張感が、あたり一帯を包んだ。
その視線に誰よりも早く気づいていたのは、店内にいた、とあるひとりのオッサン。
彼はむしろ視線というよりも、大通りをせりあがってくる邪悪な気配を前もって察知していたのだ。
すでに先手は打ってあり、店内にいた客や店員たちはすでに避難済。
しかし彼の秘書である聖女だけは、頑として聞かなかったので彼のそばにいる。
いつもの純白ローブの上からエプロンを着けた聖少女は、突如現れた集団に目を丸くし、そしてありありと不安の色を浮かべていた。
おじさまの言っていた通り、良からぬ集団が来たのも驚きだったが……彼らの殺気に満ちた眼光が怖かったのだ。
「あの、おじさま……あの方たちは、いったい……?」
この異常事態にも、オッサンは取り乱す様子はない。
しかし相手が客ではないとわかっているので、表情は厳しい。
「怖がることはありませんよ、プリムラさん。私が相手をしますから、プリムラさんは店の中にいてください」
しかし少女は怯えを振り払うように、決然を宿すように、瞼をきつく閉じたままブンブンと顔を振った。
「い……いいえ! わたしも行きます! おじさまだけを危険な目に遭わせるわけにはまいりません!」
「大丈夫。彼らは決して暴力は振るってきません。そう命令されているはずですから」
「命令……? あの方たちはどなたからの命令で、このお店にお越しになったのですか?」
「はい。そのあたりは後で説明します。私と一緒に行くのであれば、念のため、私の腕に掴まっていてください。彼らが去るまで、決して離してはなりませんよ」
なんと……!
少女が天竺のように憧れ、また遥か遠くに感じていたおじさまの腕に、触れてもよいというのだ……!
「え……ええっ!?」
いきなりのボーナスタイム到来に、二の句が告げなくなるプリムラ。
最後のコインでスリーセブンを引き当てたかのように、唖然としている。
「さぁ、どうぞ」
エスコートするように腕を差し出すおじさま。
プリムラはその腕を、釈迦から巻物を授かるように、おそるおそる指を添えた。
もはや少女にとっては、オッサンの腕毛すらもユニコーンのたてがみのように尊い。
彼女は大の綺麗好きななずなのだが「もう一生手を洗いません……!」と内心思わせるほどに。
細い指先から震えを感じとったユニコーンは、ウサギを安心させるように、やさしく微笑みかけた。
「大丈夫、私に任せておいてください」
しかし、聖獣のようなオッサンは知らなかった。
プリムラの震えは恐怖の幕開けではなく、すでに七福神の到来に変わっていたことに……!
もちろん弁財天は彼女だが、それ以外のオッサンは全員、あのオッサンになってたのだ……!
少女の妄想のなかで、6人に増殖させられているとも知らないオッサン。
ぽやあんとした彼女を、ひたすら気遣っている。
そう……オッサンは少女の気持ちなど、ちっとも気づいていない。
そういう意味では、タチの悪い天然であるともいえる。
この店に迫った『殺意』に対しては、聖獣ユニコーンさながらに遠方からでも感じとっていたというのに……。
その身に迫った『好意』に対しては、鈍獣レベルの反応……!
ちなみにではあるが、オッサンの左肩に乗っているホワイトドレスの少女、ルクはだいぶ前から女性陣の好意を知っていた。
いつもであれば、オッサンの身体を通して伝わった他者の感情を伝えるのが彼女の役割なのだが……。
この件に関してはライバルなので、知らんぷりを貫いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
店の外に出たオッサンと少女。
待ち構えていた包帯軍団は、揃った動きでビシッ! と店のショーウインドウを指さす。
そこには、虹が浮かんだようなカラフルな瓶たちが並んでいた。
「ちょっとちょっとちょっとぉ! どうしてくれんのよぉーーーーーっ!?!?」
最前列で仁王立ちしていた、オバサンらしき女性の金切り声を皮切りに、吹雪のような怒声が吹き荒れはじめる。
「この店のポーション! 『スラムドッグマート』のポーション! 『オーダーメイドポーション』を飲んだら、こんな風になっちまったんだぞぉーーーーーっ!!」
「あたしも! 1本飲んだだけで、身体が痒くなってたまらくなって、熱も出てお腹も痛くなって吐き気もして、咳が止まらなくなって目まいもして倒れちゃったんだからぁーーーーーーっ!!」
「飲んで調子が良くなるんじゃなく、逆に悪くなるなんてぇーーーっ!! ひどいひどい! ひどすぎるよっ!! スラムドッグマートのポーションは、ひどすぎるよぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」
街角からおこった阿鼻叫喚の渦は、十字路の大通りを駆け抜け、街中に広がる。
そう……! 彼らは『クレーマー軍団』……!
しかもその攻撃対象は、いままでの装備や道具ではない……!
スラムドッグマートの主力商品となった『オーダーメイドポーション』を狙い撃ちに来たのだ……!
プリムラはゴルドウルフの腕にしがみついたまま、必死になって彼らをなだめようとするが、多勢に無勢であった。
ひとりの少女のカナリヤのような声など、カラスの群れのようなダミ鳴きの前には、完全にかき消されてしまう。
肝心のオッサンは、しばらく黙って彼らの言い分に耳を傾けていた。
しかしやがて、胸を大きく膨らませたかと思うと、
「……だまりなさいっ!!!!!」
心臓まで止めてしまうような喝破を放った。
すると、周囲百メートル圏内にいた生き物すべてが、ビクンッ! と震え上がる。
瞬間、街から音が消え去った。
ゴゴゴゴゴゴ……と暗雲すら鳴動させる、オッサンの一喝。
彼が一歩前に出ると、人々は潮が引くように後ずさった。
「こんなことをして、あなたたちは、恥ずかしくないのですかっ!!!!!」
続けざまに放たれた一言は、
ピシャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
と、思い当たる者たちを……すなわち包帯で顔を覆い隠し者、すべての心を打ち据えた……!
勝つのはオッサンか、クーレーマー軍団か!?