30 クレーム爆撃
ゴルドウルフの悪い予感は的中する。
その日からトルクルム領内にあるスラムドッグマートには、言われなきクレームの絨毯爆撃が行われたのだ……!
「おいっ! ここで買った斧、何もしてねぇのにひん曲がっちまったぞ!」
「この盾、買ったばかりなのに握手が取れたんだ! しかも戦闘中に! おかげで腕がこのザマさ! もう戦えなくなっちまった! どうしてくれるんだ!」
「ここで買った魔法石、効果なかったわよ! 鑑定してもらったらタダの石ころだって……おたくでは石ころを客に売りつけてるの!?」
もちろん彼らに対して店員は、スラムドッグマートのマニュアルの教えを守り、毅然とした態度を貫いた。
しかし、さらに悪質な相手になってくると、
「ちょっと! ここで買った薬草、腐ってたわよ! え、現物!? そんなの捨てたに決まってるでしょうが!」
「俺はなぁ、ずっとこの店を贔屓にしてきたんだ! いままで100万¥は使ってきたかなぁ!? そんな上客を嘘つき呼ばわりするってのかよ!」
などと言い出す始末……!
消費材を「捨てた」と言い張らわれてしまっては、それ以上追求のしようもない。
そして上客だと聞かされると、萎縮してしまって平謝りする店員も出てきてしまう。
さらに始末に負えないことに、彼らは輪転するように日々違うスラムドッグマートに現れ、事実無根をわめき散らしていたのだ……!
「あーあ! スラムドッグマートの斧はいいって噂に聞いたから買ってみたのに! とんだモノを掴まされちまったぜ!」
「こんなすぐに壊れる盾を売る店なんて、信用できないよ! あーあ、どうせ良い評判もデマなんだろう! まんまと騙されちゃったよ! あーあ!」
「みんな聞いて! 私はこの店で石ころを売りつけられたのよ!? しかも苦情を言っても店員は知らんぷりで……ひどいと思わない!?」
「ここの薬草は買わないほうがいいわ! だって腐ってたもの! きっと期限切れのものを売ってるに違いないわ!」
「おいっ、あんた! そんなに買うのはやめときな! 俺は100万¥もこの店に落としてやったってのに、嘘つき呼ばわりされてるんだぜ! とんだ恩知らずの店だ! アンタも今はチヤホヤされてるが、俺みたいに少しでも苦情を言ったら、今度は店の前を通るだけで泥棒呼ばわりされるようになるぜ!」
彼らは論破されようが、常連客に撃退されようが、おかまいなし……!
なぜならば、彼らは『嘘の悪評』を振りまくのが目的だったからだ……!
そう……!
ジェノサイドファングの差金で……!
「テメーらのこれからの仕事は、豚を狩ることじゃねぇ! 野良犬に噛まれることだ! といっても実際に噛まれる必要はねぇ……フリだけだ! 野良犬の店に押しかけて、商品に対してのクレームをつけろ! 被害者ぶってわめき散らせ!」
彼は商売人としてあるまじき……いや、人としてあるまじきことを、部下たちに命じていたのだ……!
「とうぜん嘘だと言われるかもしれねぇが、かまわず嘘をつき続けろっ! そうすればどうなるかわかるか……? 嘘はいつか『真実』になるんだよっ! 野良犬どもは、やっぱり野良犬だったってな……! さあっ、行けっ! 野良犬どもの前で、叫べ! 泣け! のたうちまわれっ! ゴルァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
ゴージャスマートの店員たちは、商売人としてのプライドまで剥ぎ取られてしまった。
そして悪質クレーマーとして再教育され、全力で野良犬の被害者を演じさせられたのだ……!
ジェノサイドファングが投じた、この新たなる作戦は、トルクルム領に来て日の浅いスラムドッグマートには効果的だった。
これから常連客になるであろう、新規顧客を大きく減らしたのだから。
考えてもみてほしい。
初めて訪れた店で、客が店員に向かって絶叫している光景を目撃してしまったら……。
いや、実際には見ていなくても、人づてに噂をその聞いてしまったら……。
自然と足が遠のいてしまうのが人間というものだろう。
しかもクレーマーたちはだんだん悪質になってきて、店をつまみだされるや否や、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!?!? 殺される! 殺される! この店で買った剣で殺されかけたんだっ!! しかも店員に苦情を言ったら、暴力を振るわれたぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!?!? この店は人殺しだ! 人殺し、人殺し、人殺しぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーっ!!!」
仕込んでおいた血糊を撒き散らしながら、店の前で七転八倒するようになったのだ……!
こんなものを見せられては、たったいま店に入ろうとしていた客も、すべて引き返してしまうだろう……!
ようは完全なる、営業妨害作戦……!
……『被害者をうまく装ってこそ、最大の加害者になれる』。
これはジェノサイドダディが若い頃に師事していた、とある導勇者から授かった言葉である。
師は弟子の『暴言』に光を見出し、恫喝以外の使い道を教えたのだ。
これは当時、声量で相手を罵るだけの一本槍だったダディに、大いなる影響と新たなる力を与える。
そして名実ともに親父となった彼は、息子たちにもそれを『暴言の秘伝』として伝えた。
……いいかっ、息子たちよ、よく聞けっ!
加害者は、事情を深く知る者からのみ、同情される……!
しかし、被害者はその逆……!
事情を深く知らない者たちにこそ、同情される……!
どちらが多くの同情を集められるかは、比べるまでもない……!
そして多くの同情は、真実をも超越する……!
俺は悪くないと叫び続けろ……! 悪いのはヤツらだと訴え続けろ……!
それを真に受けた、何も知らないバカどもを味方につけ、一緒になって声高に叫べ……!
そうすれば、嘘はやがて真実になって広まる……!
息子たちよ……!
この教訓を刻み込んだ一句を、お前たちに贈ろう……!
『皆殺し されたフリして 皆殺し』……!
しっかりと心に叩き込んどけやっ!
わかったか! ゴルァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
……ちなみにではあるが、ジェノサイドダディはゴルドウルフから『伝説の販売員』の地位を横取りしていた。
そしてそれと同じように、師の教えすらもすっかり自分のモノにしていたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ジェノサイドファングが偽クレーム攻撃を開始してからというもの、トルクルム領のゴージャスマートは著しい回復を遂げた。
これにはジェノサイドダディもひと安心。
三男の件があったので、同じようにこのままズルズルとシェアを奪われるのではないかと気を揉んでいたのだ。
父は次男を、ゴージャスマートの小国本部に呼び寄せる。
そしてライオンの剥製に囲まれた部長室のなかで、親子そっくりの大口をガオガオと開けて高笑いを響かせていた。
「グワッハッハッハッハッ! さすが我が息子、ジェノサイドファングだ!」
「グワッハッハッハッハッ! オヤジに教えてもらったことをやっただけさ! 俺は兄貴のような頭脳も、弟のような力もなかったから、ガキの頃からずっとオヤジの教えを守って生きてきたんだ!」
「そうだ! お前にはこの俺から受け継いだ、その立派な口がある! 大きな口はいい! 同じ吠えるにしても、同じ泣くにしても威力が違う! うまく使いこなすことができれば、真実を嘘に塗り固めることだってできちまうんだ!」
「ああ、知ってるよ! ガキの頃、俺が万引きしたことがあっただろう? でもオヤジは俺を咎めなかった! それどころかまわりの同情を集めてくれて、万引きした店のヤツらを一家心中にまで追い込んでくれたんだ! それで俺は知った! オヤジの口の強さを! そして感謝した! その強い口を、この俺に授けてくれたことを!」
「グルルルルル……! 嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか! 店員の自殺率も、お前の地域がいまトップだぞ!」
「それもオヤジからもらったこの口がありゃ、簡単だ! 店員なんざ、『死ね』って言ってやるだけで、増えすぎた野ネズミみたいにジャブジャブ死んでいきやがる! この前なんて、家族が死んで有給を取ろうとしている店員がいたから言ってやったんだ! 『死んだヤツにいまさら会いにいってどうすんだ、そんなに会いたきゃ今すぐ死んで、あの世で会え』ってな!」
「グワッハッハッハッハッ! そりゃそうだ! 死んでるヤツを大事にするヤツなんざ、死んだほうがマシだからな!」
「オヤジ! 俺はやるぜ! 店員どもだけじゃなくて、野良犬どもを皆殺しするってな! そのための作戦は、すでに考えてあるんだ!」
「おお……! さすがは我が息子……! お前だけは、俺の期待に応えてくれるどころか、いつもそれ以上のものを見せてくれる……! じゃあ、その作戦とやらを、存分にやるがいい! トルクルムから野良犬駆除ができたら、お前は間違いなくこの国の副部長……! そしてこの俺の、右腕だっ!」
「「グフフフフフフ……! グッフッフッフッフ……!! グワァーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」」
決戦前夜を控え、その部屋では獅子たちの咆哮が鳴り止まなかった。
時を同じくして、トルクルム領のとある街には、配下であるハイエナどもが集結しつつあった。
この領内で、いちばんの規模を誇る『スラムドッグマート』のある街である。
そう……!
野良犬にトドメを刺すため、恐怖のハイエナたちが……!
すでに店員というより、ベテランクレーマーの風格を備えた者たちが、ぞくぞくと集まっていたのだ……!
三男のジェノサイドナックルが火事の責任を決して認めず、父親や店員たちに押し付けていたのは『暴言の秘伝』を彼なりに実行していたからです。