29 新たなる脅威
冬の主力商品として売り出された『スラムドッグマート オーダーメイドポーション』。
厳密にはオーダーメイドではないのだが、チョイスによっては自分のためにあつらえたような構成にできる。
その『オンリーワン感』が大好評を博す。
冒険者たちはいろんな組み合わせを試し、自分だけのポーション構成を作り上げるようになったのだ。
そこに目をつけたゴルドウルフはさらなる新商品を投入。
ポーションを試験管のような形状にし、オリジナルチョイスしたものを5本まで入れられるベルトポーチを発売する。
ポーションを常に腰に携えておき、必要なときにサッと取り出す。
さらに蓋が片手で外せるようになっているので、武器を構えたままでもすぐに飲める。
ゴルドウルフはポーションの新たなる利用スタイルを提供し、さらなるブームを作り上げたのだ。
『ポーションが、補助武器になった!』
『クイックドロー! 1秒で飲める!』
『ワンランク上の敵に、勝てるスタイル!』
このキャッチコピーとともに貼り出されたポスターは、店に訪れた客たちの心を大いにくすぐった。
そして冒険者の誰ものが腰にナイフを下げるように、野良犬印のポーチを携えるようになったのだ……!
『消費者が、具体的な利用シーンを想像できる売り方』というのは重要である。
オーダーメイドポーション自体もそのコンセプトなのだが、ゴルドウルフはそれをさらにイメージしやすくするために、ベルトポーチという新提案をした。
そして……ついにスラムドッグマートのポーションは『消費者の生活の一部』に昇格するっ……!
『生活の一部』……それは文化的な生活を送るうえで欠かせないもの。
朝、必ず歯を磨く文化があれば、歯ブラシと歯磨き粉は定期的に消費される。
昼、食後にお気に入りのブランドの缶コーヒーを飲むのであれば、その缶コーヒーは必ず売れる。
夜、家に戻ってスキンケアをする女性は、お気に入りの化粧水が手放せない……。
それらに匹敵するだけの地位を、野良犬ポーションは手に入れたのだ……!
客が店を訪れて、何かを購入するまでに、いくつかの心のハードルがあるとしよう。
まず『店に来てもらう』そして『商品を見て、購入を決意する』のふたつ。
ポーションが生活の一部となった場合、冒険者は毎日のようにスラムドッグマートを訪れるだろう。
来店して買っていくものはポーションだけであろうが、もはやその時点で……。
『店に来てもらう』というハードルは、無くなったも同然となるのだ……!
これは、すさまじいアドバンテージである。
例えは悪いが、自分から蜘蛛の巣に飛び込んできてくれた蝶同然……!
「そうだ、ポーションだけ買うつもりだったけど……ナイフの切れ味が悪くなってたから、ついでにここで買っちゃおう」となるのは必然……!
もしこれが、次男の指揮する『ゴージャスマート』であれば大変なことになっていただろう。
ポーションを買いに来ただけなのに、伝説の聖剣を売りつけられていたことだろう。
しかしゴルドウルフは、特にポーション目当ての客、特に選ぶのに迷っていない客には過剰な接客をしないよう注意していた。
彼らが「ついでだから」と武器の棚に立ち寄った時だけ声をかけるよう指導していたのだ。
その欲のなさからか、野良犬の店の客単価は、王様の店に大きく水をあけられていた。
しかし来客数はじょじょに増えていき、王様をじりじりと土俵際に追い詰めつつあった。
『スラムドッグマート』のトルクルム領でのシェア、20%に到達……!
あと少し、あと少し……!
あと少し押せれば、50%……!
仕切り線まで押し戻せれば、そのまま流れるように、土俵際まで一気に追い詰められる……!
観客たちが誰もが手に汗握っていた。
が、その中のどこか……その中の誰かが、ついに立ち上がる。
いや、立ち上がらされたと表現したほうが、いいかもしれない
しかもその者は、まだ取り組みの途中であるというのに、座布団を投げたのだ……!
野良犬を背後から狙う、鋼鉄の座布団を……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……おいっ! どういうことだよコレっ!!」
賑やかだった店内が、突如おこった怒声により静まり返る。
「この武器、この店で買ったんだけど、振り回しただけで折れちまったぞっ!?」
怒鳴り込んできたのは、顔を包帯まみれにした男だった。
顔面ミイラ男は他の客を押しのけるようにしてズカズカとカウンターに向かい、会計しようとしていた女性を突き飛ばして、
バァーン!!
と折れたロングソードを叩きつけた。
「おかげでこんなに怪我しちまったよ! どうしてくれんだよっ!? ああんっ!?」
「ええっ、この店で買った武器が折れたというんですか!? 当店の武器はすべて耐久度テストをしておりますので、振り回しただけで折れるなんてことは無いはずなのですが……」
狼狽しながらも、マニュアル通りに応対する店員。
彼はひとまず頭を下げようとしたが、背後から止められた。
「あっ、ゴルドウルフさん……」
「ここは、私に任せていただけますか?」
「はぁん!? 横からしゃしゃり出てきやがって、なんだテメェは!?」
「この店のオーナーであるゴルドウルフです。お客様、ちょっと剣を拝見させていただいてもよろしいですか?」
「そうか、テメーがオーナーか! なら話が早ぇ! テメーのとこで売りつけたモノを使ったらこのザマだ! この責任、どう取ってくれるってんだよ!?」
カウンターをダンダンと叩いて威圧する男からいったん視線を外し、ゴルドウルフは問題の剣をあらためた。
数箇所ほど確認したあと、改めて向き直り、
「お客様、これは当店で販売している剣ではございません」
「はぁん!? そんなワケねぇだろ! 俺はたしかにここで買ったんだ! へんな剣売っといて、責任逃れすんじゃんぇーよっ! 違うって言い張るなら、証拠だせよ証拠!」
出せるもんなら、出してみろ……! とドヤ顔の男。
しかしその自信はあっさりと破られた。
「はい。当店の剣にはすべて、柄頭の所に小さく当店の屋号が彫り込まれています。この剣にはそれがありません」
さらに、野次馬までもが口々に加勢する。
「あっ、ほんとだ! 俺が買った剣も、よく見たら『スラムドッグマート』って入ってるぞ!」
「お前、そんなことも知らなかったのかよ! 俺はとっくに知ってたぜ!」
「おい兄ちゃん、店を間違えてんじゃねのか!? スラムドッグマートの装備は既成品じゃなく、ぜんぶ専属の工房で作られてんたぞ!」
「そうだそうだ! だいいち、俺はもう何十本とこの店で剣を買ってきたが、買ったばかりで折れるなんて一度もなかったぜ!」
まさか客たちが店側の味方をするとは思わず、男は包帯ごしの顔をクッと歪める。
しかし悪びれる様子もなく、
「はぁーん!? 知らねぇよそんなの! 柄頭に屋号だぁ!? そんなちっぽけな彫り込みなんざ、すぐ削れちまうだろ! その程度のモンが、この店で買ったモノじゃないって証拠になるかよ!」
するとその反論すら予知していたかのように、オッサンは専用の器具を使って折れた剣身を、柄からスポッと引っこ抜いていた。
「当店の剣にはすべて、剣身の根本……柄に収まる部分に、製造日と工房名、製造者の名前が彫り込まれています。この剣にはそれもありません。やはり何かのお間違いではないですか?」
「は……はぁーんっ!? 知らねぇよそんなのっ! このゴミクズを売りつけたのはテメーだろうがっ! こんな怪我させといて、謝りもしねぇ……! それどころか、客を疑うその態度はなんなんだよっ!?」
「当店でお求めいただいた剣であれば、もちろん謝罪をさせていただきます。しかしそれが確認できない以上、頭を下げるわけにはいきません。こちらに非がないことをお詫びするわけにはいかないのです。なぜならば、感謝や謝罪の気持ちは、『本当のお客様』のためのにあるもの……この場をおさめるためだけに、軽々しく使うわけにはいかないのです」
包帯男はすっかり勢いを削がれてしまった。
相手がまさかここまで用意周到で、ここまで毅然とした態度を取ってくるとは思わなかったのだ。
「は……はぁぁぁぁーーーんっ!? 意味わかんねっ!? も、もう二度とこんな店使うかよっ! 最低だ! 最低だこんな店!」
来店した時の勢いはどこへやら、逃げるように去っていく。
その背後でゴルドウルフは、店員や客たちから拍手喝采を浴びていた。
しかし……オッサンの表情はさえない。
なぜならば彼はすでに、クレーマー男の背後にゴージャスマートの影を感じとっていたからだ。
新たなる脅威は、三男とはまた違った炎上…!
燃え広がるのは、不可避…!?