28 野良犬ポーション
『ゴージャスマート』は虚実ないまぜにした接客によって、客により高額なものを買わせる……ようは客単価をあげる作戦で、失ったシェアを取り戻しつつあった。
だがゴルドウルフは、『その方向』では対抗しなかった。
むしろ真逆……彼は配下の店員たちに、常日頃からこう言い続けていたのだ。
お客様は神様ではありません。
あなたたちの前にいるのは、そんなに完璧な存在ではなく、そしてそんなにあやふや存在でもありません。
刃物で斬られただけで命を落とす弱い存在で、たしかな痛みを感じる存在なのです。
そう、私たちと同じ、『人間』……。
お客様のことは、あなたの家族だと思ってください。
大切な家族が危険な冒険に出かけるとしたら、店員としてのあなたはどうしますか?
身の丈に合わないものを買おうとしたら、止めるはずです。
過剰な装備を借金をしてまで揃えようとしていたなら、予算内でのベストなものを勧めるはずです。
多くの成果をあげて、名誉の戦死を遂げられる武器よりも……。
その人が生きて帰るための防具を、親身になって選ぶはずです。
そして……ふたたびその人が笑顔で、この店に来てくれることを望むはずです。
そういう接客をしてください。
帰ってきた冒険者たちを、我が家のように迎え入れてあげてください。
そうすれば、彼らも私たちのことを大切に思ってくれるはずです。
家族のような不変の絆を、彼らとの間につくあげることを……私は願っています。
……野良犬は、生まれた時から捨て犬だった。
仔犬だった頃の、彼の拠り所は……彼を初めて拾ってくれた『勇者』だった。
それから幾度となく捨てられても、彼は飼い主である『勇者』に尽くした。
野良犬は、女性の胸に母のぬくもりを求めるように……『家族』のぬくもりを求めていたのだ。
それから『勇者』とは決別した。
しかし彼は、魔狼と呼ばれる狼となっても、一国一城の主となっても……『それ』を求め続けている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴルドウルフは『ゴージャスマート』への反撃として、とある新商品の発売に踏み切った。
それは、『オーダーメイドポーション』。
かねてから試作を重ねていたものだったが、工房との独占契約ができたおかげで、ようやく量産体制に踏み切れたのだ。
これはこの世界において、長きにわたって停滞していた薬品事情に、大革命をもたらすほどの画期的なものだった。
今までのポーションは、『傷を癒やす』『魔力を回復する』『筋力を増強する』……などの大雑把なくくりのものでしかなかったのだが……。
そこに、『剣士のためのオリジナルブレンド』『魔法使いのためのオリジナルブレンド』などの職業別のポーション。
『暑い火山で戦えるオリジナルブレンド』『寒い洞窟で戦えるオリジナルブレンド』などの地域別ポーション。
『ゴブリンに勝つポーション』『ミノタウロスに勝つポーション』などのモンスター別ポーション。
ようは、冒険者の立場や利用状況に合わせた、よりニーズに則した多種多様なポーションを提供したのだ……!
これには、消費者に大きなインパクトを与えた。
さて、現代に照らし合わせて考えてみてほしい。
『缶コーヒー』
『朝にシャッキリ目覚める缶コーヒー』
……『それ』を求めている人にとっては、どちらを手に取るだろうか?
『腹痛に効く薬』
『通勤電車で突如襲ってくる、突発性の下痢を止める薬』
……普段は腹痛薬には見向きもしない人も、後者を見れば手に取りたくならないだろうか?
これをポーションに当てはめてみよう。
『筋力があがる薬』
『ミノタウロスと戦えるようになる薬』
これからミノタウロス討伐に向かう冒険者は、迷わず後者を選ぶだろう。
そして、普段はポーションの準備をしない冒険者であっても、ミノタウロス討伐の際には、思わず手にとりたくなる……!
そう……!
ゴルドウルフは敢えて市場を絞り込むことにより、ポーションをより身近に感じさせ……!
ついには潜在需要までもを掘り起こしてみせたのだ……!
この『オーダーメイドポーション』の発売当日は、驚きをもって冒険者たちに迎えられた。
なにせ『スラムドッグマート』全店のショーウインドウが、多種多様なポーション瓶に彩られ、虹のような圧倒的スケールで輝いていたからだ。
「おおっ!? すげえ! これを飲めばゴブリンに勝てるのか! ちょうど作物を荒らすゴブリン退治に行くところだったんだ! パーティ全員で飲んで行こうぜ!」
「これから寒い地域のクエストに行くから、防寒具を買いに来たんだけど……こんなのあるんだ! 試しに買ってみようよ!」
「いつもは筋力と敏捷をあげるポーションを2本買ってたんだが……この剣士用のポーションはどちらも入ってるのか! まさに剣士のためのポーションじゃねぇか! まとめ買いさせてもらうぜ!」
普段からポーションを愛用する客は、爆買い……!
さらには普段はポーションなど買わないような客まで買い求める……!
気づけば、店に訪れた冒険者は全員何らのポーションを買っていくという、一大センセーショナルともいえる事象を巻き起こしたのだ……!
このブームは、すぐにジェノサイドファングの耳にも入る。
部下たちからも「すぐに我が店でもやりましょう!」と進言がなされたが、彼はそれを一蹴した。
「このクソバカ野郎がっ! テメーらはホットドッグの食い過ぎで、脳までマスタードになっちまったのかよっ!? 豚に媚びへつらうハイエナがどこにいるっ! 俺たちゴージャスマートが扱ってる品はどれも超一流だ! むしろそれを売ってやってるんだという誇りを忘れるなっ! 言葉のアメとムチを巧みに操り、豚どもを躾け直せっ! ヤツらが喜んで焚き火の中に突っ込んでいくような接客をするんだっ!! ゴルァァァァァァァァァァァ!!」
……ゴルドウルフとジェノサイドファングの戦い方は対照的だった。
ジェノサイドファングは『あるものを売りつける』に対し、ゴルドウルフは『欲しがるものを創り出す』。
『自分たちが絶対であり、無能な客は自分たちが勧めるものを買っていれば幸せになれる』というスタンスと……。
『客に寄り添い親身になり、彼らがより幸せになれるものを自分たちが考え、提供する』というスタンス……。
短期的にはともかく、長期的にはどちらが受け入れられるかは明白だろう。
しかし、ジェノサイドファングがその過ちに気づいたところで、そのやり方を変えることはない。
なぜならば、彼もまた『伝説の販売員』の幻想に踊らされている者のひとり……。
成功者の父から受け継いだ『オレ流』を、この持って生まれた舌先に乗せることこそが、『絶対』であると信じて疑わなかったのだ。
「……じゃあ、そろそろ俺もマジになるとするか……! オヤジにもらったこの口にかかれば、あの野良犬どもが必死になって積み上げたモノなんざ、藁でできた豚小屋同然……! たったのひと吹きで、跡形もなく崩れ去っちまうだろうなぁ……! 覚悟しろや、ゴルァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
次回、さらなる激戦に突入!