27 トルクルムの獣
トルクルム領にスラムドッグマートが本格進出してからしばらくの後。
月例の支部長会議で各地域の売り上げ報告を聞いたジェノサイドファングは、たてがみのような頭髪から湯気を噴出させていた。
彼は顔が腫れはじめて、ようやく気づいたのだ。
野良犬の戦略によって、売上がダメージを受け始めていることを。
「……おいっ!? どういうことだゴルァァァァァァァ!? なんで、なんでスラムドッグマートがある地域はどこも、軒並み売り上げが下がってんだ!? この前の緊急招集で俺が直々、店長にまで発破をかけてやったんだぞっ!? あのクソザコどもは何をやってたんだ!? それともアレは店長なんかじゃなくて、畑のカカシでも迷い込んできてたのかよっ!? だとしたら、連れてきたテメーらはなんだ!? 支部長なんてご大層なモンじぇねぇ、農民か!? だったらさっさと山奥にひっこんで、泥遊びでもしてやがれ、ゴルァァァァァァァァァァァ!!!」
ひっきりなしに落ちてくるカミナリに、支部長たちは山の神様の怒りに触れた農民のように、真っ青になって身を縮こませていた。
トルクルム領におけるスラムドッグマートのシェアは、現在5%。
新規展開したチェーン店にしては、絶好調ともいえる滑り出しである。
しかも、まだ一部の地域に過ぎない。
これが領内すべてに及んでしまったら……王様のシェア激減は火を見るより明らかだろう。
「おいっ! 泥人形ども! 野良犬どもはなにをやりやがった!? あの躾のなってねぇクソ犬は、いったいなにをやって、俺たちの売り上げを玄関の靴みてぇに咥えていきやがった!?」
すると支部長たちは、「自分たちにもわかりません」と困惑した様子で首を左右に振る。
熟年の男たちは、ひとまわり以上歳下の青年に罵られ続け、今にも泣きそうな顔になっていた。
肌は青を通り越し、すでに土気色。
ジェノサイドファングの直属の部下となる彼らは、常日頃から彼の恫喝の最前線に立たされている。
父親ゆずりの『暴言』を持つ次男は、手こそ上げることはなかったが、罵倒は日常茶飯事だったのだ。
耳元で怒鳴られ続け難聴になる者や、ストレスのあまり胃をやられる者など、内なる暴力被害が後をたたない。
しかし……それでも彼らは『伝説の販売員』の息子である、この青年についていった。
血反吐を吐いても医者にはかからず、胃薬でごまかし……。
その結果が、いまの死人のような肌である。
生ける屍となってもなお、ジェノサイドファングの死体蹴りは止まない。
「わかんねぇだとっ!? ゴルァァァァァァァァァ!? ははぁ、テメーらは泥人形どころじゃねぇな!? 肥溜めから這い出てきた人形だったのか! どおりでクソみてぇな肌してやがると思ったぜ! おいっ! クソ人形ども! いますぐ答えを出さねぇと、テメーらの役職を『支部長』から『クソ人形』に変えんぞ!? ……あーあ、この俺としたことが、マジで迂闊だったぜぇ! 口がクセェ時点で、クソみてぇな親から生まれたクソ人形だって気づくべきだったよなぁ! クソにこき使われてる店員どもが、ホント哀れだぜぇ!?」
すると、とうとう泣き出してしまう支部長たち。
大の大人……しかも部長クラスの人間が、会社の会議室で号泣しはじめたのだ。
「うっ……ううっ! すいません、すいませんっ……! でも……でも、ほ、ほんとに……ほんとになんでか、わからないんですっ! 最初は、長い開店セールでもやっているのかと思って調べてみたんですけど、値段は特に安くもなくて……!」
「ぐすっ……! でも、在庫だけはなぜか切れないみたいで……! ウチに来た客が言ってました! スラムドッグマートなら、品切れがないって……!」
「ああっ……! それはスラムドッグマートに鞍替えした、知り合いのオーナーも言ってました……! 本部の配送馬車から、まるで魔法がかかったみたいに売れる商品が届くって……! 不良在庫の押し付けかと思ったら、不思議とそれが飛ぶように売れだすって……! ひっく……!」
「うううっ……! きっと……きっと……! スラムドッグマートには天才的な仕入れ担当がいるんです……! 未来を予知できる、神様みたいな人間が……! うわぁぁぁぁぁっ!」
自己啓発セミナーの終盤のように、室内は嗚咽に包まれた。
実際は魔法でもなんでもなく、各地で収集したトレンド情報に基づいて、本部にいるゴルドウルフが配送指示を行っているだけなのだが……。
そんな手法はこの世界には存在しなかったので、誰もが神の手だと錯覚していた。
しかしここに、神を冒涜する男がひとりいた。
ひとりカサカサの頬をさすっていたジェノサイドファングは、天に向かって唾を吐きかける。
天井スレスレに飛んだソレは、とある支部長の頭にベチャッと着弾した。
それには目もくれず立ち上がると、父親ゆずりの大きな拳を、テーブルにダァンと叩きつける。
「……ハンッ! そういうことか! あの野良犬どもが、どんな薄汚ねぇ手を使ってるかはわからねぇが……。在庫を切らさねぇってんだったら、こっちにもやりようがあるってモンだ! なんたってこっちには、商売の女神メルタリオンも膝を折る、『伝説の販売員』から教わった、秘策があるんだからな……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからジェノサイドファングは、自領内にあるゴージャスマートの店長たちを、ひとり残らず再招集した。
そして『秘策』である接客術を彼らに伝授する。
そのやり方は、こうだ。
まず、金を持っていそうな客を見つけたら、声をかける。
「あっ、お客様。打撃武器をお求めですか? 用途はなんでしょうか?」
「ああ、観光がてら『不死王の国』を探索してみようと思って」
「対アンデッド用の武器をお探しなんですね。でしたらこの聖剣がおすすめですよ」
「えっ、剣? アンデッドには打撃武器じゃないの?」
「あっ、ご存知ないのですか? 『不死王の国』には打撃武器に耐性のあるアンデッドが多いのですよ」
「えっ、そうなの?」
「左様でございます。この聖剣であれば、どんな不死者にも対応できますよ」
「そうなのかぁ……しかし200万¥かぁ。打撃武器の100倍じゃないか。ぜんぜん予算オーバーだから、やめとくよ」
「あの、お客様、ここだけの話なのですが……。最近『不死王の国』で、あのレアモンスターである『ジュエリーゾンビ』が目撃されたらしいです」
「ええっ!? ホントに!?」
「はい。わたくしどもゴージャスマート独自の情報網で手に入れた、極秘情報です。特別なお客様だけに、特別にお教えさせていただいております」
「ジュエリーゾンビかぁ、一度見てみたいとは思っていたけど……」
「なにをおっしゃいますか、わたくしはひと目みて直感いたしました。お客様であれば討伐も可能であると」
「ええっ、討伐……!?」
「はい、この聖剣があれば、夢物語ではありません。想像してみてください。お客様がジュエリーゾンビを討伐し、宝石のシャワーを浴びているお姿を……!」
「宝石の、シャワー……!?」
「はい。ジュエリーゾンビは死亡時に、体内にためこんでいた宝石を噴水のように吐き出すのです。これを成し遂げた冒険者は、一生……いや孫の代まで遊んで暮らせるほどの富を手にできるそうです。そして、名声も……!」
「(ゴクリ……!)」
「わたくしはいま、大いなる運命を感じています! 未来の勇者様であるお客様にお越しいただき、こうして聖剣をオススメできていることを! これはわたくしにとって、身に余るほどの光栄……! 勇者様が誕生する瞬間を、こうしてお手伝いできるだなんて……!」
「よ、よしっ……! もらおう! その聖剣を! ツケはきくよな!?」
「……はいっ、もちろんでございます! あっ、それと『不死王の国』には巨大な毒蜘蛛もいるそうです。即効性の猛毒を持っているらしいので、なにかありますと勇者様の前途が閉ざされかねません。ですので、こちらの耐毒性能のある魔法鎧もいかがですか?」
「うぅむ……猛毒かぁ……。それは不安だな……ならば、そいつももらおうか!」
「ははーっ!」
……ゴージャスマートの店長たちがジェノサイドファングによって仕込まれたのは、接客術という名の悪魔の甘言であった。
これらはすべて、嘘っぱち……!
不死王の国にジュエリーゾンビなどいないし、ましてや、巨大な毒蜘蛛も……!
そう……!
ゴルドウルフが実情の需要に照らし合わせた、誠実なる販売を行っていたのに対抗して……。
ジェノサイドファングは虚像の需要を作り出し、不良在庫を売りさばくよう命じたのだ……!
「いいかお前らっ! 客はなんにも知らねぇ! 自分の身体がポークチョップになってる事すらな! そしてバカのクセして貪欲だっ! ちょっとそそのかしてやれば、テメーのクソでも食いやがる! だからおだててやると、すぐ木に登るんだ! 不安を煽ってやりゃ、我先にと飛びつくんだ! だから、在庫なんて関係ねぇ……あるものを売りつけろっ! そのためにテメーらの口はあるんだろうが! たとえ陰毛だって、女神のアソコに生えてたと言ってやりゃ、ヤツらはブヒブヒ喜ぶぜ!」
「それは、詐欺なのでは……」と異議を差し挟むスキすら与えず、『秘策』は店長たちの脳裏に刻み込まれていった。
「神は、空になんかいねぇ! ここにいるっ! そう、俺たちが神だっ!! わかったら行けっ!! 甘い夢で気をそらし、豚どもに借金を背負わせろっ!! 不安を抱かせ、買い増しさせろっ!! ヤツらは俺たちに食われるために生まれたんだっ!! 生き血をすすれっ!! 骨の髄までスープにしてやれっ!! それが俺たちの権利だっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
そしてついに始まる、『スラムドッグマート』と『ゴージャスマート』の全面戦争。
清く正しい野良犬と、汚れて歪んだ王様が、今ここに……!
がっぷりと四つに組みあわさった……!
この、力と力のぶつかりあい……!
先に土俵だまりに転げ落ちるのは、どっちだ……!?
しかし……しかしである。
次男はまともに組み合う気など、さらさらなかった。
彼は取り組みの最中に、客席から野良犬めがけて鋼鉄の座布団を投げつけさせるような……。
ルール無用の禁じ手を、密かに仕込んでいたのだ……!
次回、スラムドッグマートの新兵器登場!





