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26 トルクルムの狼

 活動の拠点をルタンベスタからトルクルムへと移したゴルドウルフ。

 彼の一日のスケジュールはこうだった。


 朝はルクとプルに起こされ、身だしなみを整えてから食堂へと向かう。


 今日は『ゴルちゃんにあーんさせて食べさせる券』が行使されたため、膝にはリンカーネーション、腕にはパインパックを抱っこして、いつもよりゆったりとした朝食をとる。


 そのあと出勤。

 愛馬の『錆びた風』にまたがり、横乗りになったプリムラを胸にしっかりと抱き、エスコートするように出発する。


 それは、冥府を走る馬にとってはわずかともいえる距離。

 しかしプリムラにとってはおじさまを独占できる、お姫様時間(プリンセスタイム)でもあるのだ。


 姫は遠慮がちに、しかしありったけの勇気を振り絞って、とうのたった王子様の胸板に顔を埋める。

 いつもは密かに吸気していた加齢臭も、この時ばかりは嗅ぎ放題。


 『ああ、おじさまの匂い……ずっとこうしていたいです……!』。

 そんな想いを込めるように、きゅうっとジャケットの襟を握りしめる。


 自然と暴れだした鼓動が、幼気(いたいけ)なのにけしからん量感のある胸を通して、オッサンに伝わった。



「怖いですか、プリムラさん? もっとスピードを落としましょうか?」



「あっ、いえ……平気です。それよりも、あの……。今日のお昼のお弁当は、お姉ちゃんに手伝っていただいて、わたしが作ったんですよ」



「そうなんですか、それは楽しみですね」



「おじさまのお口に、あうとよいのですが……。おじさまは、苦手な食べ物などはございますか?」



「いえ、ありません。生き延びるために土を食べていたこともありましたから。それに比べればなんでもごちそうです」



「まあ、土を……!?」



 などととりとめのないやりとりを交わしていくうちに、夢の時間は終わる。

 『スラムドッグマート トルクルム領本部』に滑るように到着。


 通勤電車でふた駅ぶんくらいの時間である。

 ちなみに並の馬ではこの倍以上の時間がかかるし、乗り心地もずっと悪い。


 本部の入り口をくぐった途端、オッサンは狼の群れ(ウルフ・パック)を統べる狼の顔つきになる。

 秘書であるプリムラの表情も、自然と引き締まる。


 着いてからの最初の仕事は、流通ルート使って届けられていた、フランチャイズ申し込み審査の確認。


 個人商店からフランチャイズ加盟の申し込みがあった場合、一次審査は各本部にある『フランチャイズマネジメント室』が行う。

 その審査を通ってきた書類をゴルドウルフがチェックし、最終承認をする。


 ちなみにではあるが、ルタンベスタ領でもフランチャイズを募集したところ、申し込みが殺到。

 ルタンベスタでのシェアはかつては99%であったが、いまや99.9%……ほぼ100%といっていい領域に到達していた。


 そのあとは、『ストアストラテジー室』からの経過報告をチェック。

 こちらは直営店の出店を管理する部署だが、フランチャイズと競合しないように考えて新規出店の場所を指示するのもゴルドウルフの仕事である。


 それらの仕事をプリムラとともにこなしているうちに、馬車仕様となった『錆びた風』が再び本部にやって来る。

 荷台には、聖務を終えたリンカーネーションとパインパック、そして満載のお弁当。


 ここで昼食となるのだが、オッサンは本部では食べない。

 そのままプリムラとともに馬車に乗り込み、トルクルムにあるスラムドッグマートのどこか1店に向かう。


 いつも食べきれない量が運ばれてくるので、店舗を順繰りにめぐって店員たちとともに昼食をとっているのだ。

 ここでオッサンは、店員たちの働きぶりや、不満などがないかを観察する。


 この昼食を一緒に食べるシステムは、オッサンが来るだけなら不人気だっただろうが、聖女が来てくれるとあって大好評。

 聖女の料理を口にできるのは勇者だけというこの世界では、彼女たちの作った弁当は高級レストランのフルコースよりも憧れとなっているのだ。


 昼食を終えて本部に戻ったあとは、新戦略の立案を行う。


 午前の仕事は、いわばルーチンの中に組み込まれた、横への広がりであった。

 しかし午後からの仕事は、スラムドッグマートをさらに魅力的なものにするため、縦へと伸ばす方法を考えるのである。


 今回、ゴルドウルフが目論んでいたのは……『工房との専属契約』である。

 いままで彼は問屋を通さずに工房からの直接仕入れを行っていたのだが、今度はその工房をも野良犬の一員にしてしまおうという作戦である。


 現代風に言うなら、『自社生産』……!


 これには生産調整ができるというメリットがある。

 ファッションに流行があるように、冒険者の使う武器にも流行り廃りがある。


 その時勢の流れに、いちはやく対応できるようになるのだ。


 たとえば畑に害をなす鳥型のモンスターが、ある地域に大量出現したとしよう。


 するとそのモンスターを討伐依頼するクエストが、農家より多く発注されるようになる。


 相手は鳥型のモンスターなので、弓矢が売れる。


 店から弓矢の在庫がなくなり、工房に発注がかかる。


 それを受けてようやく、工房は弓矢の増産にとりかかる。


 弓矢が満足に供給されるまでに、タイムラグが発生し……それが機会損失に繋がってしまう。


 ゴルドウルフは、この流行による在庫不足問題をかねてから解決したいと思っていた。


 この問題の要点としては、ふたつ。


 『店舗は、在庫が減ってはじめて製造を工房に依頼し』


 『工房は、店舗からの注文を受けてはじめて増産を開始する』


 という点に尽きる。


 ようは店舗も工房も、冒険者相手の商売をしておきながら、彼らの目線ではないのだ。

 もし、冒険者のトレンドに聡い人間がひとりでもいれば、



 『鳥型のモンスターの被害が確認された時点で、工房に弓矢の増産を指示』できる……。


 ゴールドラッシュで沸く鉱夫たちに、ツルハシやスコップを途切れることなく供給しつづけることができるのだ……!


 しかしそれを可能とするためには、自社工房のシステムは必須である。

 複数の商店を相手にする工房では、おのずと製造リソースの綱引きが発生してしまうからだ。


 オッサンが、この世界ではまだ存在しえない『自社生産』に思い至れたのは、彼自身が商売人でありながらも、冒険者でもあったから。


 これは勇者たちには思いもつかぬことであっただろう。


 そう……!

 武器を売る調勇者(ちょうゆうしゃ)も、武器を創る創勇者(そうゆうしゃ)も、どちらも冒険に出たことはない……!


 あくまで自分たちが売るものが、自分たちが創るものが正義だと、信じて疑わない……!

 需要(ニーズ)の概念が、決定的に欠如していたのだ……!


 ちなみに戦勇者(せんゆうしゃ)も殿様商売なので、いくら庶民が鳥害に悩まされようが知ったことではない。

 自分の崇高なる技能(スキル)に相応しい、名誉も報酬もたっぷり得られるクエスト以外は見向きもしないのだ。


 オッサンはその『勇者』いう名の絶対的価値に、真っ向から勝負を挑もうとしていた。


 そのブランド力は強大であったが、彼らのあぐらをかいたようなやり方に対し、トルクルムでの勝機を見出していたのだ。


 狼はナワバリを拡げるように、地元の工房との専属契約交渉を進めながらも、同時に『クエストトレンド室』の設立を行った。


 これはまず、尖兵(ポイントマン)の冒険者をスカウトして入社させる。


 そして彼らをトルクルムの各地に派遣し、酒場にあるクエストボードや、近隣のモンスター被害を調査させ、可能であれば現地に乗り込ませた。


 その結果を、伝書鳥(テガミドリ)による速達で受け取り、本部でトレンド分析を行えば……。

 各地の冒険者ニーズを、いち早く察知できるようになる。


 そうなれば、工房への迅速な生産指示も可能となり……。

 流行が訪れる前に、潤沢な在庫を各地に届けることができるようになるのだ……!


 これはボクシングで例えるなら、ジャブのように地道な作戦であった。

 しかしスラムドッグマートのブランドを、着実にトルクルムに根付かせることに成功する。


 理由は言うまでもないだろう。

 稼ぎ時で、どうしても必要な武器があるというのに、ゴージャスマートでは在庫切れ……。

 しょうがなく立ち寄ったスラムドッグマートには、いつもふんだんに、それらが取り揃えられている……。


 これが一度だけならまだしも、二度三度と続けば……。

 冒険者たちの優先順位は、おのずと……。


 王様から野良犬へと、移り変わるっ……!


 そう……!

 野良犬が放ち続けていたジャブは、じょじょに王様の顔を腫らしていったのだ……!

重要なお知らせです。

かねてから違和感を感じており、読者様からもご指摘いただいていた、プリムラの年齢を11歳から14歳に変更することにしました。

それと、ルクとプルの見た目も「中学生」から「小学生」へと引き下げます。


今後はそのイメージで読んでいただけると嬉しいです。

上記にまつわる描写は修正済ですが、おかしなところがあったらお教えいただけると助かります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さて、オッサンの優雅(笑)な朝と、生きた新幹線サビの俊足を見たところで、お次はオッサンの経営戦術が光るぜ!! 尖兵・商人・職人・教員・・・四足ものわらじを履いているオッサンだからこその、広…
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