24 野良犬の悩み
トルクルム領のとある街にある、『ゴージャスマート トルクルム領本部』。
その建物の最上階にある『方面部長室』では、ありとあらゆるストロングランゲージが、ヤマアラシの棘のように次々と飛び出していた。
「おいっ!? 不動産屋どもっ! これはどういうことだっ!? 俺はスラムドッグマートのヤツらが来たら、契約させずに追い返せって言ったよなぁ!? なのになんでヤツらの店があんだよっ!? 見えるか、あのそびえ立つクソの山が!! ゴルァァァァァァ!!」
開け放たれた窓から、ビシッ! と指さされた眼下の街並み。
その中でひときわ目立っていたのは、彼が蛇蝎のように嫌っていた野良犬の笑顔。
『スラムドッグマート』のイメージキャラクターである『ゴルドくん』がサムズアップしているピカピカの看板であった。
「見えるか!? 見えるよなぁ!? それとも、俺の目がおかしくなっちまったってのか!? いや、むしろおかしいのは、テメーらの目かもしれねぇなぁ!? だとしたらいますぐ目ん玉引っこ抜いて、トマトみたいにあの看板に投げつけてやろうか!? ゴルァァァァァァ!!」
方面部長室で罵声を浴びせられていたのは、この領内じゅうにある不動産屋の主人たちである。
ジェノサイドファングは、この中の誰かが裏切ってスラムドッグマートに物件を貸したのだと思っているのだ。
不動産屋の主人たちは、みなジェノサイドファングより年上だったが、罵詈雑言を浴びせられて子供のように怯えきっていた。
相手がただの方面部長であれば、ここまで言われて黙っているわけにはいかないのだが……。
彼の上にはさらに恐ろしいダディがいるので、何も言い返せないのだ。
誰もが貝のように口を閉ざしていたが、やがて状況を打破するべく、その中のひとりがおそるおそる手を挙げた。
「あ、あの……ジェノサイドファング様。お言葉ではありますが、私どもはジェノサイドファング様の指示どおりにいたしました。誰も、スラムドッグマートには賃貸仲介をしておりません」
すると、ジェノサイドファングはクワッと彼を注視した。
槍の穂先のような鋭い矛先を向けられて、男は貫かれたように動けなくなる。
「んだとぉ、ゴルァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!」
炎を吐きかけるようにカァーッ! と大口が開く。
頬に彫りこまれた裂け口のようなタトゥーと相まって、身体ごと丸呑みにしそうなほどの迫力がある。
男は蛇に飲み込まれるカエルのようにすくみあがりながらも、悲鳴のように言いすがった。
「ひいっ!? おっ、お許しくださいジェノサイドファング様っ! し、調べてみたのですが、この領内にあるスラムドッグマートの物件は、どれも元々は個人商店でした! おそらく、おそらくですが、個人商店のオーナーと交渉して、スラムドッグマートに鞍替えさせたんだと思いますっ!」
「なにぃ……!?」
それはジェノサイドファングとって、寝耳に津波が押し寄せたような衝撃であった。
「……あんのクソバカチン野郎がぁーーーーーっ!?!? 店を出すのに不動産屋じゃなくて、個人商店だぁ!? 全身ケツ毛まみれのインチキ犬のクセして……生意気なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!! それで俺に勝ったつもりかっ、ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
鼓膜を食い破るほどの憤怒が、ジェノサイドファングの全身から迸る。
……パァン! パァン! パァン! パァァァーーーンッ!!
部屋の窓ガラスが次々と、誘爆するように弾け飛ぶ。
集められた不動産屋たちはたまらず頭を抱え、ひれ伏してしまった。
「ひぃーーーーーっ!?!?」
「転がってんじゃねぇっ! テメェらぁーーーっ! 俺の前で寝ていいのは、死ぬときだけだぁーーーっ!! さっさと立ちやがれっ!! 木偶の坊にもできることができねぇのかっ!?」
脅かされたと思ったら、無理やり立たされ……不動産屋たちはすっかりビクビクしていた。
もはや新兵と鬼軍曹の関係である。
「よぉし……! 今度はこっちの番だ……! 野良犬どもが想像もしなかった方法で攻めてきた以上、こっちもあのクソバカチン野郎がションベン漏らしてでも思いつかないやり方で、迎え撃ってやろうじゃねぇか……!! この俺の……!! ゆくゆくはこの国の部長となる俺の……!! とっておきの作戦でなあっ!!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからすぐに、不動産屋の主人たちはゴルドウルフの元にセールスに向かった。
「この間はすいませんでした、いい空き物件がありますから、店舗としていかがですか?」と。
ジェノサイドファングはスラムドッグマートへの圧力をとりやめ、むしろ迎え入れるよう彼らに命令したのだ。
おそらく、出店させて被害を与える作戦に切り替えたのだろう……。
とゴルドウルフは予想する。
しかしオッサンとしても、背に腹は変えられなかった。
直営店が出店できたほうが、フランチャイズの統制と管理がしやすくなるからだ。
そしてなによりも、トルクルム領にも作戦本部を置かなくてはいけない。
そこに自分と方面部長が在籍できれば、領内でのより迅速な指示が可能となる。
ゴルドウルフは虎穴に飛び込つもりで、不動産屋と賃貸契約を結び、いくつかの物件を借り入れた。
これで、彼にとっての大きな懸案が、またひとつ片付いたことになる。
しかし……課題はまだ山積している。
トルクルムへの『スラムドッグマート』出店にあたり、オッサンにはひとつの『些細な心配』と、ひとつの『大きな大きな大問題』を抱えていた。
『些細な心配』というのは、世界初の試みであったフランチャイズ展開の今後についてである。
まず、ゴルドウルフはフランチャイズに対してもマニュアル主義を徹底させた。
しかしフランチャイズには『オーナー』というもうひとりの社長がいる。
彼らはスラムドッグマートの傘下になることを了承したものの、かつては一国一城の主だったのだ。
その中にはマニュアルを無視し、勝手な采配を振りかざして独自経営に暴走してしまう者もいるのではないかと予想していた。
この問題に対してゴルドウルフは、新たに『フランチャイズマネジメント室』という部署を設けた。
役職的には支部長と店長の間に位置し、彼らは必ず毎日、担当地区のフランチャイズ店舗を訪れ、指導やアドバイスを行う。
ようは、ちゃんとマニュアルを守っているかの監査役を派遣したというわけだ。
しかし、締め付けるばかりでは無能な経営者である。
ゴルドウルフは同時に、マニュアルを遵守しているオーナーを表彰する制度をつくり、さらにはロイヤリティを減らすという副賞を与えた。
スラムドッグマートのロイヤリティは高いものではなかったが、マニュアルを守って営業していると、そのうちほとんどがオーナー側の儲けになるようにしたのだ。
この制度は大いに受け入れられ、またサービスの向上にも繋がった。
だがこの制度には、オーナー側を必要以上に儲けさせてしまうという欠点がある。
本部側の収益が減るだけでなく、力をつけたオーナーがフランチャイズを抜け、競合他社として名乗りをあげてしまう可能性があるのだ。
しかしこれらの点については、オッサンは何ら問題視していなかった。
そもそもオッサンの目的は『悪徳勇者の店』の撲滅であって、大金持ちになることではない。
スラムドッグマートにいる店員たちが幸せに暮らせるだけの給料が払えれば、自分の懐に入る金はどうでもよかったのだ。
それに、スラムドッグマートのノウハウを流用した同業他社が台頭してきたとしても、オッサンとしては大歓迎。
野良犬の遺伝子を受け継いだ別のチェーン店が現れることは、勇者の店を倒す頼もしい味方になるとすら思っていた。
……そして、オッサンのなかに残っていたのは、『大きな大きな大問題』。
それは……トルクルム領でのスラムドッグマートの本格展開にあたり、トルクルムにある本部に活動の場を移すことであった。
これが、何を意味するのかというと……。
ルンタベスタにあるホーリードール家の屋敷から、出ていかなくてはならないということだった……!
次回、大騒動…!