23 野良犬募集
落ち葉舞い散る街路のなかを歩く、灰色のオッサンと純白の少女。
オッサンはその色彩と相まって、路傍の石のごとく誰も気に止めない。
しかし、流れる髪を彗星の尾のようになびかせる、まばゆき美少女には誰もが目を奪われていた。
彼女は聖女の名家と呼ばれる『ホーリードール家』の一員だけあって、そのへんの職業聖女とは段違いのオーラがある。
なにせ遠目からでも、ほのかに光り輝いているように見えるのだ。
しかし彼女は鼻にかける様子もなく、淑やかに通り過ぎていく。
それがまた一段と、格調の高さを醸し出す。
その神々しい後ろ姿を、拝むように、ありがたがるように、どこまでも見送っていた人々。
きっと、誰もがみんな思っていることだろう。
……あの、女神の生まれ変わりのような御方には、将来を約束した最上級の勇者様が、きっといるに違いない……。
隣にいるオッサンは、おそらく彼女の従者なのだろう……。と。
しかし、この領地の者たちは、まだ誰も知らなかった。
あの聖少女が接客してくれるという、夢のような店が隣の領地にはあるということを。
そしてオッサンの後を少し下がってついていく彼女が、オッサンに寄り添おうとしては離れ、離れては寄り添おうとしていることを。
彼女は彼女の姉のように、ベタベタとくっついて歩きたがっていたのだが……『おじさまのご迷惑になるかも』と密かに葛藤していたのだ。
そう……。
まだ誰も知らない……。
少女は高名な勇者ではなく、このおじさまに焦がれていることを……。
「ここのようですね、プリムラさん」
不意にオッサンが立ち止まったので、少女はビクッと肩を震わせながら距離を取った。
「あっ……はいっ。『短剣の専門店 ランド』さんです」
ふたり揃って見上げると、プリムラが暗記していたのと同じ屋号が確かに掲げられていた。
古びた木造の店構えの中には、鈍い光を放つ短剣がウロコのようにびっしりと並べられている。
『短剣の専門店』というのは、ダテではなさそうだ。
暖簾のように軒先に下げられているセール品の短剣をくぐり、オッサンは店内へと歩を進めた。
客はだれもいない。
奥の小上がりには、若い男が売り物であろうナイフを研いでいるところだった。
オッサンは彼に向かって、軽く会釈をする。
「はじめまして、このお店のご主人はおられますか?」
「俺がそうだが、なんだいアンタ? 見たところ、客じゃなさそうだが……」
「申し遅れました、私は『スラムドッグマート』から参りました、ゴルドウルフと申します」
「『スラムドッグマート』……? あっ、知ってるよ! ルタンベスタでいちばんのチェーン店だろ!?」
「ありがとうございます」
「で、そこの人が、ウチみたいな小さな店に何の用なんだい?」
「はい。私どもはこれから、こちらのトルクルムでも商売を始めようと思いまして、そのご挨拶に」
「へぇ、わざわざ律儀だねぇ。あんたらコッチにも店を出すのかい? でもここいらのチェーン店は『ゴージャスマート』一強だよ。今から食い込むのは難しいじゃないかい?」
「はい、存じております。でもその一強状態をなんとかしたいと思いまして」
「そうしてくれると助かるねぇ。アイツら問屋に入った良い商品を、いちばん最初にまとめてかっさらって行きやがるんだ。おかげでこっちは余り物ばっかりさ。気に入らねぇんだよなぁ」
「その気に入らない状態を、何とかしたいとは思いませんか?」
「へっ? 何とかできるならしてぇけど、そりゃ無理ってもんだろ。相手は世界規模のチェーン店だし、それになんたって、勇者サマの店だからなぁ」
「はい、相手はたしかに強大ですので、ひとりでは大変です。そこで、私どもに『提案』があるのですが……」
ゴルドウルフは出店の挨拶から入り、立板に水が流れるような流暢さで、いつの間にか商談へと店主を導いていた。
『提案』の内容はこうだった。
ルタンベスタ領ナンバーワンの冒険者の店である、『スラムドッグマート』……。
その屋号、仕入れ、集客、販売などの要素をパッケージとして貸し出すので、それを使っていっしょに商売をしませんか……?
そう……!
オッサンはこの世界にはまだ存在していない、『フランチャイズ契約』を持ちかけていたのだ……!
ルタンベスタにあるスラムドッグマートは、いうなれば全て『本部』の直営である。
トルクルムでも同様の展開を考えていたのだが、ゴージャスマートの妨害にあい、出店できない状況にさせられてしまった。
そこでオッサンはこの領内にある『個人商店』を野良犬化する方法を編み出した。
彼らを個人経営でありながらも『スラムドッグマート』として商売させるのだ。
これには双方に大きなメリットがあった。
まずゴルドウルフ側は、出店妨害をすり抜けることができる。
そして個人商店側は、すでに成功事例としてあるチェーン店の知名度とノウハウを使えるので、より高い収益が見込めるのだ。
この前代未聞のシステムには、尻込みする経営者も多くいたことだろう。
ゴルドウルフはそれすらも予想しており、まず、先代から継いだような若い経営者の商店を狙い撃ちにした。
彼らは先代以上に店を大きくしたいという野望があり、勇者の店への反骨心をまだ持っている者が多かったからだ。
しかしそれらを全部回る必要はなく、キッカケとなる数店を確保できさえすればいい。
フランチャイズ店が今まで以上の収益をあげたとわかれば、噂が噂を呼んで、むしろ向こうから希望者が集まってくる……そう目論んでいたのだ。
……スカウト業務はしめやかに行われていたが、しかし着実に現実となっていく。
店舗の改装費用と、もしうまくいなかった場合は元に戻す費用まで負担してくれるということで、個人商店のオーナーたちはダメ元感覚でフランチャイズ契約を結んだのだが……。
その絶大なる効果に、誰もが舌を巻いた。
ルタンベスタにある『スラムドッグマート』の倉庫から、毎日のように送られてくる品物は高品質かつ低価格……!
そして素人のそれではなく、ノウハウを元に指導された陳列は、客目を引き……!
「あれ、この犬の絵、どっかで……? あっ、スラムドッグマートじゃねぇか! 俺はルタンベスタじゃいつもこの店なんだ!」
「わぁ、このお店、新しくなったんだね! この犬かわいい! ちょっと寄ってみようよ!」
すでにブランドの『顔』として磨きあげられていた『ゴルドくん』は、常連も一見さんも引き寄せ……!
「やっぱりスラムドッグマートだな! なんだか我が家に帰ってきたみたいに落ち着くぜ! 他の店じゃ、こうはいかねぇ!」
「この店、以前は暗くて、店員さんも怖かったけど……新しくなって明るくなって、すごく良くなったよね! 気に入っちゃった! いつもはゴージャスマートだったけど、これからはスラムドッグマートしよっと!」
完全マニュアル化された接客は、どこの店舗でも大好評……!
そしてそれは、すぐに数字に現れる。
フランチャイズ化した全店舗のオーナーが、個人商店時代では到底なし得なかった、桁を見間違えるほどの売り上げを達成するに至ったのだ……!
そうなると、あとは濡れ手に粟。
ゴルドウルフがわざわざ出向かなくても、フランチャイズを希望するオーナーたち殺到……!
ルタンベスタにある『スラムドッグマート本部』には、店舗でもないのに連日長蛇の列ができるようになった。
ゴージャスマート……いや、ジェノサイドファングが仕掛けてきた、出店妨害。
それをプリムラをはじめとする関係者たちは、行く手を阻む鋼鉄の砦のように深刻に受け止めていた。
だが、その中でひとり、あのオッサンだけは……。
敵の渾身の妨害を、子供が浜辺に作った砂の砦くらいにしか思っていなかった。
そしてそれは、ハッタリなどではなかった。
まるで寄せては返す波のように、静かに、そして自然の摂理のような平易さで……!
実にあっさりと砦を突破し、トルクルムへの侵攻を果たしてみせたのだ……!
次回、侵攻されてしまった次男は…!?