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22 最初の妨害

 ここ最近、『スラムドッグマート』の女性陣はみんなカイロを身に着けていた。

 ゴルドウルフの例の、「あたたかいのが好き」発言がキッカケである。


 ミスミセスが娘のマセリアに話してしまい、あっという間に広まってしまったのだ。


 ちょうどその頃、店では冬に向けての新商品、『ゴルドくんカイロ』が発売。

 そのぬいぐるみ型のカイロを首から下げ、胸を温めるというファッションが局地的に大流行する。


 少女たちは誰もが競い合うように、受け入れ体制の万全さをオッサンにアピールしていた。

 しかしこの手の競争であれば、やはり例の大聖女が頭一つ抜きん出る。


 白い巨塔に『ゴルドくんカイロ』を挟みこみ、谷間から彼の顔だけをちょこんと覗かせた大胆かつ斬新なスタイルを披露。

 しかもオリジナルソングまで作成し、「♪ぬくぬくでちゅねぇ」とラブソングのように熱唱するという力の入れようであった。


 しかし当のゴルドウルフは、少女たちが突如として奇行に走り出したとしか思っていない。

 自分の爆弾発言が起因しているとは、つゆほども気づいていなかったのだ。



「……これから寒くなりますから、あたたかくするのは良いことですね」



 と、軽い戸惑いとともに、あたりさわりのない受け答えをする毎日であった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 冬を前にして、『スラムドッグマート』はホカホカであった。

 しかしそれ以上に熱気あふれていたのは、トルクルム領にある『ゴージャスマート本部』である。


 机も椅子も取り払われた大会議室のなかで、ずらりと整列する男たち。

 部屋の最深部には、馬上から見下ろすようなお立ち台。


 そこには山賊あがりと見紛うようなガラの悪い若大将がいて、家臣たちに檄を飛ばしていた。



「……いいか、テメェら! ルタンベスタを食い荒らした野良犬どもは、次はきっとこのトルクルムに押し寄せてくるはずだ! あの肉ダルマが飼っていたのは豚どもだったから、あっさり食い尽くされちまったが……! お前らは何だ!? 豚か!? それとも、キンタマのついてねぇオカマか!? ゴルァァァァァ!!」



 そのよく通る声は、どっしりとした重低音で室内を支配していた。

 彼の唾が迸り、足元に着弾するたび、波紋が広がるように床板がビリビリと震える。



「そのどちらにもなりたくなかったら、ハイエナになれ! 客を豚だと思って、先に食らい尽くしてやるんだ! それだけじゃねぇ! 野良犬の喉笛にも食らいつけ! このナワバリが誰のモノなのか、思い知らせてやるんだ!  この地を踏んだヤツらが吐くのは、満腹のゲップじゃねぇ……! 後悔の血反吐だっ! ゴルァァァァァ!!」



 大将が熱源となって、部屋のなかはすでに蒸し暑いほどであった。

 家臣たちの額にも玉の汗が浮かんでいる。しかしそれが、彼らの心をも熱くする。



「いいか、これからはお行儀の良さなんていらねぇ! 隣でアホ面をして立ってるヤツのケツにでもブチ込んでやれ! もうソイツは仲間じゃねぇ、敵だ! そして客は神様なんかじゃねぇ! 人間以下のあさましい豚だ! ハイエナとなったお前らの大好物だ! ハイエナは相手が金持ちだろうが貧乏だろうが、病気だろう死体だろうが気にしねぇ! ぜんぶケツの毛まで食らいつくすんだ! ……お前たちは、今日からハイエナだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」



 爆発するような雄叫びに、ついには連鎖反応がおきる。

 ジェノサイドファングはついに、部下たちの心を燃えがらせたのだ。



「俺たちは、ハイエナだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 室内どころか建物自体が微振動するほどのシュプレヒコール。



「いいぞっ、野郎ども!! いますぐにテメェの店舗(ナワバリ)に戻って、手下どものケツを蹴り上げろっ!! 豚を仕留めるまで、メシ抜きだって言ってな!! 嫌だなんて抜かすヤツがいたら、柱に縛り付けて、武器の試し斬り用の人形にしちまえ!! さあっ、狩りの時間だっ!! 行けっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 爆心地から吹き飛ばされるような勢いで、我先にと会議室を飛び出していく店長(ハイエナ)ども。

 エキサイトするあまり殴り合いをはじめ、扉を壊し、とうとう窓からダイブする者まで現れた。


 暴動が起きたような恐ろしい光景だったが、焚き付けた張本人は高笑い。



「グワッハッハッハッハッハッハッ!! いいぞ! その調子だっ!! 争え! 出し抜け! 突き落とせっ!! それこそがハイエナだっ!! それこそが、百獣の王である俺の手足だぁーーーーーーーーーっ!! グワァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーッ!!!」



 父親譲りの声量……そして論説。

 次男であるジェノサイドファングは、それらの能力を遺憾なく発揮していた。


 彼は方面部長の権限を使い、『店長全体会議』を緊急開催。

 配下の支部長と店長たちを集め、自らの言葉で鼓舞していた。


 そう……!

 彼は野良犬の侵攻に備え、万全の体制を整えつつあったのだ……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 といっても具体的なプランがなければ、敗れ去っていった三男とそう変わりはない。

 『暴力』が『暴言』になっただけでは、あの野良犬を食い止めることなど到底できないだろう。


 しかし次男は三男に比べ、だいぶ頭が良かった。

 というか前が悪すぎた。獣レベルだったのが、ようやく人間レベルとなったのだ。


 次男が言葉で部下たちを奮い立たせていたのは、対抗策のひとつに過ぎない。

 三男の暴力のように、それが全てというわけではなかった。


 あくまで『侵攻されてしまった』場合に備えてのこと。

 そもそもジェノサイドファングは野良犬に、この地を踏ませるつもりすらなかった。


 彼はトルクルム領内の不動産屋すべてに金を渡し、『スラムドッグマート』の人間が来た場合は、追い払うように指示していたのだ……!


 この作戦は、出店戦略を練っていたゴルドウルフの出鼻を大きく挫くことになる。


 なにせいい物件を見つけても、契約書に店舗の屋号を記載したところで、



「……あ、そういえば、この物件はすでに決まってるんでした。すいませんねぇ」



 とご破算になってしまうのだ……!



「そうなのですか、残念です。では、ほかにいい物件はありませんか?」



 同行しているプリムラが尋ねても、



「さぁねぇ、住居ならたくさんあるんだけど、店舗となるとねぇ……。あ、これから別のお客さんが来るんで、出てってもらえます?」



 さっきまでの態度が急変。

 追い出されるように不動産屋をあとにする、という事態に見舞われた。


 オッサンも、一軒目はただの偶然かと思っていたのだが、二軒目に断られた時点で気づいた。



「プリムラさん、今日は戻りましょう。このままでは、いくら物件を探しても意味がありません」



「えっ? どうしてですか? まだ二軒しか回っていません。どちらも偶然、借り手がいたようですが……。でもがんばって探せば、空いている物件がきっと見つかります」



 プリムラは、オッサンが早々とあきらめたことに驚いていた。

 彼女は、人を疑うことを知らないのだ。



「いえ、何軒回っても無駄でしょう。不動産屋は『スラムドッグマート』に物件を貸すことを禁じられているようです。屋号を知ったときの、彼らの反応でわかりました」



「えっ? 『スラムドッグマート』に貸すことを禁じられている……? それは、どういうことなのでしょうか?」



 何事にも(さと)いプリムラだったが、人の悪意には鈍感。

 だが、無理もないだろう。秘書になる前の彼女は、善意に囲まれて育ってきたのだから。



「『ゴージャスマート』……おそらく方面部長であるジェノサイドファングさんが、私たちに物件を貸さないように不動産屋に働きかけているのでしょう。新しい作戦が必要ですから、今日は戻りましょう」



 オッサンの説明で、ようやく事の次第を理解する聖少女。

 ガーンと音が聴こえてきそうなくらいのショックを受けていた。



「そっ、そんなひどいことをする御方がおられるだなんて……! わたしには想像もつきませんでした……! でもそれでは、どうやってお店をお借りすればよいのでしょうか……!? ああっ、どうしましょう……!? きっとわたしのルナリリス様へのお祈りが、足りなかったせいです……! いますぐ帰ってお姉ちゃんといっしょに、お祈りをすれば……!」



 あまりのことに両手で口を抑え、イヤイヤをする子供のように前髪を揺らすプリムラ。

 彼女はうろたえる様も愛らしく、上品だった。


 この困り顔を見た男は、一刻も早く笑顔を取り戻したい衝動に突き動かされ、全財産どころか命まで投げ打とうとする。

 その暴走ぶりが彼女をいっそう動揺させ、事態は悪循環に陥るのだが……オッサンだけはいつもと変わらなかった。



「落ち着いてください。大丈夫、私に考えがあります。そのために、ちょっと調べ物をしなくてはなりません。プリムラさん、お願いできますか?」



 落ち着き払った低いトーンの声だけで、少女の暗雲を一瞬にして吹き飛ばしてしまう。

 彼女の水鏡のような瞳がぱちぱちと瞬いたかと思うと、不安に覆われていた表情は陽がさしたようにパァァ……と明るくなった。



「はっ……はい! かしこまりました! わたしにできることでしたら、何なりと! それにわたし、調べ物は得意ですから!」



 細腕で小さくガッツポーズをして、やる気を出すプリムラ。

 「頼りにしてますよ」と頷き返すオッサン。


 ……そしてふたりは、トルクルム領から一時撤退。

 しかし次の日には仲間たちを引き連れ、再び()の地に舞い戻る。


 果たして、野良犬たちの新たなる作戦とは……!?

次回、野良犬の意外なる作戦!

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― 新着の感想 ―
[一言] >突如として奇行に走りだしたとしか思っていない・・・ ・・・アンタの所為や!!(笑) ・・・所変わってゴージャスマートは・・・うわぁ・・・(汗) ・・・面白い妨害じゃないか次男よ・・・…
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