表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

131/806

21 シャル・ウィー・ダンス

 謎の男たちの乱入に、河原の平穏はすっかり打ち破られてしまった。


 崖っぷちのような川べりに立つ、ゴルドウルフとミスミセス。

 男女はペアダンスの開始前のようなポーズで、すっかりふたりだけの世界に入っている。


 その周囲には、下心と殺意を面白半分にないまぜにしたような、下卑た顔の男たち。


 立って威嚇する熊のような巨大な身体に、鎧のような筋肉と血管が走っている。

 構え、ニギニギと動く手は、オッサンの顔を簡単に握り潰せるほどに大きい。


 オッサンのペアの優雅さとは対照的に、彼らは開始のゴングを待つ格闘家のように気張っている。


 世にも不思議な異種格闘戦は、間もなく始まろうとしていた。


 観客は土手の上に林立する、低木と茂みたち。

 人間は誰もいないかと思われたが、その中のひとつが風もないのに揺れる。


 そして、調子っぱずれの声がはみ出た。



「いかがでありますか、ガンハウンド上官!! ヤツらは軍兵時代、自分の同期だった者たちであります!!」



「だからうるさいって、ソースカン。隠れてんだから、デカイ声出すなっての、っと」



「し、失礼しました! 彼らは軍隊格闘術に加え、ボクシングにレスリングなどに精通していて……素手でも100人は殺せるであります!」



「うぅん……まぁ、アレなら大丈夫か、っと。アレだけの奴らに襲われたら、いくら(やっこ)さんでも、マジになってくれるだろ……っと」



「でも、また違っていたらどうするでありますか!? この前も強引に連行しましたが、ヤツはなにもありませんでした! これ以上、ホーリードール家からの抗議を受けたら、もう注意だけでは済まされないのでは……!?」



 実は先日、ガンハウンドは強引な取り調べを行っていた。


 『エンジェル・ハイロウ』の弾丸を受けて無傷の人間がいるわけがない。

 ヤツがたとえ最上級の悪魔と盟約を交わした『悪魔憑依者(デリビッシュ)』であっても、大きな傷ができているはず……!


 そう信じてスラムドッグマート1号店に乗り込み、ゴルドウルフの身柄を拘束したのだ。

 そして取調室で全裸にして、身体をすみずみまでチェックしたのだが……。


 オッサンの身体にあったのは、無数の古傷のみ……!


 それを後で知ったリインカーネーションは、憲兵局に猛然と抗議した。



「ゴルちゃんを裸にしただなんて!? そんなっ、いけません! だって、ママだって滅多に見せてもらえないのに!」



 内容はちょっと妙だったが、名家の大聖女のクレームにより、憲兵局のお偉いさんは平謝り。

 ガンハウンドは上層部から、強引な捜査はするなと釘を刺されたばかりだった。


 彼が付け狙っている容疑者(ホシ)、ゴルドウルフには未だ決定的な証拠がない。

 しかし彼は自分の勘を信じ、こうして人気(ひとけ)のないところで仕掛けたのだ。


 あれだけの手練に襲われれば、ヤツは『悪魔憑依者(デリビッシュ)』の本性を表さざるを得ないはず、と……!



「さぁて、そろそろおっぱじまるかな、っと」



 猟犬はすでに、相棒の魔銃を構え、野良犬の頭に狙いを定めていた。


 その身体が、妖精のようにふわりとスウィングする。

 シャル・ウィー・ダンス? と周囲の男たちに問いかけるように。


 そしてそれが、開戦の合図となった。



「さっきから俺らのこと、ガン無視しやがって! なめてんのか、このオッサン!」



「かまわねぇ、ボコボコにして、川にたたきこんでやれっ!」



 そして、飛び交う拳骨と怒号。



「ビビってくるくせに、イキがってんじゃねぇぞ! オッサン!」



「しばらくメシが食えねぇように、顎を砕いてやらぁ!」



「腹パンで、血のションベンを垂れ流せや、おらぁ!」



 全方位から押し寄せる罵声は、耳を噛みちぎりそうなほどに恐ろしい。



 ……ゴオッ!! ブオッ!! グオオンッ!!



 唸る腕から繰り出される轟音の一撃は、鐘を打ち鳴らす撞木のように強烈……!


 しかしオッサンは、それらが見えていないかのように、聞こえていないかのように、完全無視。

 ここで反応を見せたら、ミスミセスが怖がるだろうと思っていたのだ。


 腰を抱かれ、指を絡め合わせていた美女は、リードされてくるくると舞う。


 彼女はまわりだした世界の中でも、オッサンのやさしく、どこか哀しげな瞳に釘付けであった。

 心がふわふわして、まるでメリーゴーランドに乗っているかのような夢見心地。


 かすめていくパンチはライトアップの明かりのように輝き、怒鳴りは子供の歓声のように楽しげに響く。


 唯一の観客は、唖然……!

 構えていた銃も、取り落としてしまうほどに……!



「な、なんだ、アレ……っと!?」



「ぐっ、軍兵の格闘大会でも、上位にいる者たちなのに……!? しかも相手は、女を守りながらだというのに……! パンチがまるで当たってない……!? あっ、あれがまさか……悪魔憑依者(デリビッシュ)というものでありますか!? ガンハウンド上官!?」



「し、知らねぇよ……! あんな軽やかな悪魔、いてたまるかよ……っと!」



「じゃ、じゃあ何なのでありますか!? ヤツはまさか、天使だとでも……!?」



 ソースカンがそう口にしたとたん、男たちは確かに目にする。

 オッサンの背中に……純白の翼が翻っているのを……!



「なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 しかしそれは、瞬きほどの間に消えてしまった。

 そして……彼らはさらに、信じられない光景を目の当たりにする。



「……あああっ!?」



 どっぱーんっ!



 襲っていた男のひとりが、殴りかかっていった途端にバランスを崩し、つんのめって川にダイブしてしまった。


 ……そんな偶然としか思えない事故が、立て続けに起こったのだ。



「死ねぇぇぇ!! ……ぇぇぇぇぇぇえええええええええーーーーーっ!?!?」



 ざっぱーんっ!



「おらぁぁぁぁぁ!! ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?!?」



 どぼぉーんっ!


 突如巻き起こりはじめた幻覚のような光景に、茂みの男たちは我が視神経を疑うように擦り、瞬かせる。

 先に気づいたのは、ガンハウンドのほうだった。



「……あ、足だ……! (やっこ)さん、飛びかかってくるのに合わせて、カウンターみたいに足を引っ掛けてやがる……っと!」



「えええっ!? そ、そんなバカな! あっ……! し、失礼しました! ほっ……本当であります! ヤツは迫ってくるパンチどころか、足元すら見ていないのに……!?」



「「ああっ、とうとう、最後のひとりに……!」」



 凸凹(デコボコ)コンビが声を揃えた瞬間、殴り抜けた男が足をもつれさせる。


 たたらを踏むようにして、川べりまでよろめいていく。

 しかし淵ギリギリで踏みとどまり、両手をわたわたと振り回して辛うじてバランスを取っていた。



「「よし! がんばれっ!!」」



 思わず口をついて飛び出す声援。

 しかしオッサンがクイックステップで回転しながら、踏みとどまる男に急接近したかと思うと、



 ……とんっ!



 密かやなる後ろ蹴りを繰り出し、絶望の淵へと突き落とす……!



「あっあっあっ!? ああっ!? あああっ!? ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ……どっぱぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!



 花火大会の大トリを飾る花火のような、盛大なる水しぶきがあがった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ゴルドウルフは襲撃者たちの頭を冷やさせたあと、川からひっぱりあげて救出する。

 そしてひと言ふた言、声をかけたあと何かを手渡し、ミスミセスとともに河原から立ち去った。


 オッサンの姿が完全に見えなくなったところで、ガンハウンドとソースカンは茂みから出て、男たちの元へと向かう。

 すると彼らはうなだれていて、肩を震わせながら嗚咽を漏らしていた。



「おやおや、どうしちゃったのキミたち。あのオッサンから、なにか悔しいことでも言われちゃったの……? っと」



 すると、揃って顔をあげた男たちは、濡れた肌をさらに熱い涙で濡らしながら叫んだ。



「いいえ……! 逆です……! あのオッサン……! いいえ、あの御方は、自分たちに喝を入れてくださったんです……!」



 彼らは、忘れていた感情があふれ出したかのように、口々にまくしたてた。



「自分たちを助け出したあと、あの御方はこう言ったんです……! 『あなたたちの拳は、この国を守るためにあるのではないですか?』と……!」



「あの御方は、自分たちの身体つきと身のこなしから、自分たちを軍兵だと知っていたのです……!」



「あの御方は、それを知っていたからこそ……! 御婦人を怖がらせないように、ダンスに見せかけて自分たちを撃退した……!」



「あれこそが、自分たちが新兵のころに教わった、理想の国防……! 国民に脅威が迫っていることすら気づかせず、迅速に排除する……!」



「『あなたたちの拳の向こうにあるのは、敵の苦しみではなく、変わらない市民の笑顔であるということを、忘れないでください』……!」



 ポカンとしているガンハウンドをよそに、ざざっ! と一斉に起立する軍兵たち。

 その手には、ゴルドウルフが手渡したのであろう『スラムドッグスクール』のチラシが握りしめられていた。


 彼らは、ずざざっ! と身体の向きを変え、去っていったオッサンの方角に向かって敬礼する。



「ゴルドウルフ先生っ! 自分たちは、目がさめました! 先生のもとで、もっともっと学びたいでありますっ! そしていつかは、先生のように国を守れるようになりたいであります! みんなもそうだろう!? なあっ!」



「おおーっ!!」



「よぉし! 『スラムドッグマート』まで駆け足っ!!」



「♪野良犬の店に行~くぞ! ♪野良犬の店はいいお店! ♪父ちゃんたちにも大評判!」


 チラシに書いてあった、シャルルンロット作詞のオリジナルソングを轟かせながら、むくつけき男たちはザッザッと去っていく。


 いつのまにか感化されたソースカンまで彼らについていってしまい、ガンハウンドは誰もいなくなった河原に、ひとりポツンと佇んでいた。

次回からはジェノサイドファング編になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 野良犬印の殺虫剤・・・いや、『活虫剤』 は、害虫を益虫に生まれ変わらせる・・・! ・・・注意! 勇者などの根っからの害虫には効き目がありません! 勇者には見たら死印の 『絶虫剤』 をご使用…
[一言] ガンハウンド、敵に筈なのに珍しく己が正義を貫く感じで応援したくなる、頑張れ!負けずに踊るんだ!おっさんの手のひらで
[一言] ガンハウンド。やればできるやつだと信じてる。次は大活躍するよね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ