14 天使の魔銃
その日の夜、街は季節外れのカーニバルのような明るさと、喧騒に包まれていた。
なにせ10軒もの建物が、同時に火事に見舞われていたからだ。
それらはすべて、この街を拠点とする冒険者には欠かせない店となった『スラムドッグマート』……!
その全店舗が、示し合わせたようなタイミングで、火の手をあげたのだ……!
支部長であるクーララカは、ゴルドウルフの指示どおり、メイドたちを引き連れ手近な店舗に駆けつけていた。
しかしそこで、驚愕の新事実を目の当たりにする。
すでにキャンプファイヤーのようになりつつある現場には、野次馬のみ……!
本来であるならば、火事が起これば真っ先に鳴り渡るはずの打鐘も聞こえない……!
「くっ……!? 衛兵は!? 衛兵はいったいなにをやっているんだ!?」
クーララカはメイドたちを手分けさせ、帰宅した店員を呼び戻して消火活動にあたる。
それでも人手が足りなかったので、店の常連を酒場から引きずりだしてきて手伝わせた。
しかし、すでに空を焦がすほどの勢いを得た炎は、止められない……!
頼みの綱として連れてきた魔法使いは、酔っ払っていて水精魔法を見物人に向かってぶちまける始末……!
ヤケになったクーララカは、給水塔を壊しての消火を試みる。
しかし遅まきながらも現れた衛兵たちに見つかり、取り押さえられてしまった。
「くそっ……! 貴様ら、いまさらノコノコ出てきて、何だというのだ!? 離せっ! 離せっ! 離せぇーっ!!」
「大臣からの指示で、緊急の夜間訓練に出ていたんだ! これでも、大急ぎで戻ってきたんだぞ! すぐに消火をするから、落ち着け! 落ち着くんだ! 給水塔を壊されたら、消火活動ができなることくらい、わからんのかっ!?」
「くそおっ! なんでこんな時に、訓練などやるのだ!? 頼む! 1号店に、1号店に向かってくれ! あそこには、まだプリムラ様が取り残されているんだ!!」
「1号店はもうダメだ! すでに倒壊した! いまは周囲の建物への延焼を防ぐための消火活動をしている!」
「なんだとぉ!? ……なにを……! なにをやっているんだ……! あれだけ見栄をきっておいて、助けられなかったなんて……! ヤツは、ヤツは……なにをやっているんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
慟哭が天を衝く。
彼女は崩れ落ちると、月に向かって、さらに女狼のように吠えた。
「ゴルドウルフ……! ゴルドウルフっ……!! ゴルドウルフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
……彼女は気づかなかった。
真上……!
遥か上空ではあるものの、ハッキリと目視できる高さに……!
正真正銘の、狼がいることを……!
その事実に、この街の人間は、誰ひとりとして気づいていなかった。
街の外からやってきた、ある男を除いて……!
「……奴さん、ようやくお出ましってわけか、っと……!」
街いちばんの高さを誇る時計塔、その尖塔の屋根に、彼はいた。
すぐ下にある窓から身を乗り出している大男が、胴間声でわめく。
「ガンハウンド上官! あれは……あれは何でありますかっ!?!?」
「デケェ声出すんじゃないよ、ソースカン。俺たちゃ、不法侵入の真っ最中なんだから、っと」
「し、失礼しましたっ! あの空に浮いているヤツは、何者でありますか!? 人の形をしているのに、翼が生えております! まさかアレが自分たちが追っている、『魔王信奉者』……!?」
「半分アタリ、半分ハズレだね、っと。……ありゃ、『悪魔憑依者』だ……!」
……『悪魔憑依者』。
悪魔と盟約を交わし、人ならざる力を得た人間のことである。
『魔王信奉者』はただの思想であるが、『悪魔憑依者』は実際に、魂を売り渡した者……!
この世界では、もはや人間ではなく……モンスターと同義の扱いを受ける存在である……!
『悪魔憑依者』と聞かされて、ソースカンは二の句が告げず、口をパクパクさせるばかり。
それほどまでに、極悪な存在なのだ……!
いや、極悪であるならば、捕まえられて極刑が下されるが、それすらも必要ない……!
法の裁きを待たず、即断を許された絶対悪……!
それが、『悪魔憑依者』……!!
「……デカい事件かも、と思っていたが……まさか『悪魔憑依者』が絡んでたとはねぇ、っと」
「はっ!? そ、そうでした! 『悪魔憑依者』では自分たちの手に負えません! す、すぐに……! すぐに軍兵の要請を……!」
「慌てんじゃないよ、ソースカン。軍兵どもの豆鉄砲なんて、気休めにもなりゃしない。お前の脂汗でも塗っといたほうが、まだマシってもんだ、っと」
「ええっ!? で、では、どうすれば……!?」
「まあいいから、黙って見てな、っと」
ガンハウンドはそれだけ言って、ジャケットのホルスターからズボリと銃を引き抜く。
それは、大型拳銃よりもはるかに大振りで、切り詰めた散弾銃のような見目だった。
ピアノのような黒光りするボディに、歌う天使の銀細工が施されている。
天使の吹くラッパのようなマズルから、放たれる銃声は正義の行進曲に違いない……。
そう思わせるほどに荘厳で、霊験に満ちたその銃の名は……!
『エンジェル・ハイロウ』……!
10シルバー弾という、ゴルフボールほどもある大口径弾を撃てる、対魔用の魔銃である……!
これに比べれば、軍隊で用いられている長銃など、たしかに豆鉄砲……!
「このカワイコちゃんは、悪魔が大好物なんだよねぇ。それに美食家ときてる。どんな強力な『悪魔憑依者』であっても必ずドテッ腹に穴を開けて、シャトーブリアンを食っちまうんだよねぇ、っと」
おてんばな恋人を紹介するような口ぶりで、ガンハウンドは彼女に唇を寄せた。
その欲張りな銃口にキスをして、咥えていたシケモクを移す。
彼のトレードマークのひとつであるこれはタバコではなく、火薬を包んだ紙なのだ。
続けざまに、腰のベルトに挟んでいた弾丸をひとつ取り出すと……ホールインワンさせるように、ごとり……と銃身のなかに沈めた。
「んじゃ、今日もたのんますよ、っと」
背後にある避雷針に身体を預ける。
そしてグリップに両手を添え、まっすぐに構えた。
長年付き合ってきた彼でさえ、気軽に撃つことができないほどの反動が、この銃にはある。
並の人間では、後頭部と尻がくっついてしまうことだろう。
アイアンサイトを覗くと、ふたりだけの時間がやってくる。
切っ先の向こうには、今なお街を見下ろして浮かぶ、異形なる翼を頂く者がいる。
この謎の人物は、街から突如飛翔し、夜空に現れた。
人々は誰も気づかなかったが、猟犬は見逃さなかった。
さながら、沼から飛び立った野鴨に反応するように。
そして……猟犬は獲物を追い、火事の騒動を利用して、ドサクサに時計台の屋根に登ったのだ。
ヤツが『悪魔憑依者』であるならば、彼の足元で広がる惨状もすべて説明がつく。
悪魔の力があるならば、10箇所同時に火を放つなど、造作もないことだからだ。
そんなことを考えながら、ガンハウンドは銃爪に指をかけたが、足元からの野暮な声に割り込まれてしまった。
「が、ガンハウンド上官! 撃つ気ですか!? ヤツはなにか抱えています! それに、せめてヤツが何者なのか、顔を確認してからのほうが……! もし外してしまったら、逃げられてしまいます!」
「せっかくいい所だったのに、邪魔するんじゃないよ、まったく……。抱えてるのは女みたいだが、どうせもう死んでるよ。それに顔は見えねぇけど、確認する必要なんてないね……。だって、ここからでもプンプンしてやがる。路地裏にいる、犬の匂いがな……っと」
嫌そうにつぶやき返したあと、ガンハウンドは再び意識を集中。
ふたりだけの時間を再び取り戻す。
見えない天使がそっと降りてきて、彼に寄り添った。
「……あばよ、野良犬……!」
……ガォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!
獲物に襲いかかる猟犬のような咆号が、天空を震わせた。
次回こそ、オッサンのターン!