11 獣王の秘策
ゴルドウルフの前に、新たなる課題が降り掛かってきた。
それは『伝説の販売員』という名の、虚栄なる巨影である。
かつて彼自身が成し遂げてきたことを、勇者の手柄にされることは珍しくはなかった。
むしろ『煉獄』に置き去りにされる前のオッサンは、そうであるべきだと裏方に徹していたこともある。
しかし……それによって罪なき人々が苦しむ姿を見るのは、本意ではなかった。
そして……ボロボロになった女性店員を助けたことで、その影響力を今更ながらに痛感した。
このハールバリー小国では、今もなお多くの若者たちが歪んだ虚像に踊らされている。
まやかしの栄光に憧れる彼らは翻弄され、苦役を強いられ……そして搾取され続けているのだ。
根源であるジェノサイドダディの『有責カウンター』は、もはや計り知れない。
『成敗』は確定なのだが、今それをするわけにはいかなかった。
地獄に堕ちることは間違いないとしても、『伝説の販売員』としての羽衣を纏わせたままでは、彼は人々の記憶の中で、天国へと昇ってしまう……。
悪逆非道の王でも、栄冠を持ったまま死ねば、伝説から神話になるように……。
『裸の王様』であることを民衆に気づかせなければ、死してなお、大いなる影響を残すことになるのだ……!
そうなってしまっては、若者たちの洗脳は一層強くなり、解くのはさらに難しくなるだろう。
ならば……!
皆殺し家族の愚かさを世に知らしめながら、彼らを追い詰める……!
まずは狙うは、三男……!
早急にシェアを奪い、彼の無能さを、さらに浮き彫りにさせれば……!
三兄弟で構成された、騎馬の一角が崩れ……!
その上にあぐらをかいていたお山の大将を、引きずり落とせる……!
無冠の野良犬は、決意した……!
ルタンベスタ領の店舗展開を、可及的速やかに、さらなる火勢で急進させることに……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
かといって、そう心に決めたところで、うまくいくとは限らない世の中。
しかしオッサンは、難なくやってのけていたのだ。
『スラムドッグマート』の、さらなるシェア奪還を……!
これは、オッサンの手腕によるものだけではなかった。
ルタンベスタ領の方面部長である、例の三男の無能さに助けられたところも大いにある。
なにせ彼がしたことといえば、暴力……!
それと、営業時間の延長……!
しかしそれでも売り上げが回復しないとわかると、深夜営業にまで乗り出しはじめる始末だったのだ……!
彼はドヤ顔で、こう語っていた。
「みせを1日じゅう開けていれば、そのぶんだけもうかるんだど! えーっと、いまは12じかん、みせが開いているから、だから、えーっと、1日はたしか……えーっと……。そうだ! もうけは30倍になるんだど! おで、あたまいい! これで『ふくぶちょう』になれるんだど!」
もうどこから突っ込んでいいのかわからない、むちゃくちゃな経営理論。
いや、経営どころか、おままごとですらない……!
それを訂正できる者がまわりにいない時点で、勝敗は決したようなものであった。
そしてついに愚行される、24時間営業……!
しかし増員はせず、今いる人員で回していたので、店員たちは疲弊していくばかり……!
売り上げはあがるどころか、ミス連発により、逆に低迷……!
それらは是正されることはなく、ただひたすらに吹き荒れるのは、暴力台風……!
「なんで!? なんでだ!? なんでなんだど!? おでの『けいさん』では300倍になるはずなんだど!? さてはお前ら、かくしてるな!? おでのもうけを、どこにやったんだど!? 出さないと、ゆるさないど! もう、おこったど! 『あしこし』が立たないようにしてやるど!!」
……ルタンベスタ領の『ゴージャスマート』には、死人のような顔をした店員であふれていた。
ある者は腫れ上がった風船のような顔で、前がロクに見えない状態での品出し。
ある者はありえない方向に曲がった脚を引きずり、モップを松葉杖がわりに店内の清掃。
またある者は、全身包帯まみれ……ミイラのような姿での接客……!
その光景は、『冒険者の店』のソレではなかった……!
さながら、病院の待合室……!
いや……!
敗戦色が濃厚となった、野戦病棟のような有様だったのだ……!
これから生命を賭けたクエストに向かおうとする冒険者が、そんな不吉な店を利用するわけがない……!
すると必然……!
『王様の店』を通り過ぎ、足は自然と『野良犬の店』へと向かう……!
この好アシストにより、スラムドッグマートのシェアはさらに増進。
すでに60%を確保……!
ルタンベスタ領内限定ではあるが、ゴージャスマートを追い抜くほどになったのだ……!
やり込められているゴージャスマートの店員たちには気の毒ではあったが、ゴルドウルフは祈っていた。
これで、彼らの目が醒めてくれるように、と……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ジェノサイドダディは、本部に三男のジェノサイドナックルを呼びつけていた。
本来は『副部長選抜期間』が終わるまでは、子供たちのやり方に口を出さず、何があっても静観するつもりでいたのだが……。
ルタンベスタ領の『ゴージャスマート』のシェアが激減したことを受け、重い腰を上げざるを得なくなったのだ。
「オヤジ、どうしてなんだど!? どうしておでの店に、客がこないんだど!? おでは、おでは、なんにもわるくないのに! わるいのはぜんぶ、店のやつらなのに! どうして、どうしてなんだど!?」
いてもたってもいられない様子の三男。
イタズラがバレた子供のように、そわそわが止まらない息子を父は一喝した。
「落ち着け、ゴルァァァ!! お前の客は、ぜんぶ野良犬に取られちまったんだよ!!」
「と、とられた……? そんな! おでの客を取るだなんて、ゆるせないんだど! のらいぬ……ブッ飛ばしてやるんだど!!」
「そうだ、その意気だ! お前には兄弟いちの腕っぷしがある! それで邪魔するヤツは全部、ブッ殺してやるんだ! だが、野良犬はウジャウジャいやがる……! お前ひとりでブッ殺してたんじゃ、この世の牛乳がぜんぶチーズになっちまわぁ!!」
「ええっ、おで、チーズきらい! じゃあ、どうすればいいんだど!?」
「だからこそ、頭を……そして『仲間』を使うんだ……! よく覚えておけ、息子よ! 俺の右腕になりたかったら、そのふたつをうまく利用しろ!!」
「あたま? なかま? ……そうか! みんなでのらいぬに頭突きすればいいんだど!!」
「そうだ、いいぞ! ひとりでやるよりも、そのほうがずっといいやり方だ! お前はやっぱり頭がいいな! ……だが、焦るんじゃねぇ! そこで結論を出すのはまだ早ぇぞ! 早いのは、お前がヒマさえあればしごいてるムスコだけにしとけ! さらに考えて、もっと、もっといいやり方を考えるんだ! わかったか、ゴルァァァ!!」
「もっと……もっといい、やりかた……?」
父は立ち上がり、息子の背後に回る。
そして肩に手を置いて、耳元で唸るように囁きかけた。
「グルルル……! そう、例えばだなぁ……こんなのは、どうだ……?」
次回、愚かなる反撃…!





