09 親子で失点
ルタンベスタ領における『スラムドッグマート』は着実に地域に根ざしつつあった。
もちろん当該地域の方面部長である、ジェノサイドナックルも黙って見ていたわけではない。
彼は彼で、自分なりのやり方で部下たちを鼓舞していたのだ。
「おでの店、もうからなくなった! なんでか急に、もうからなくなった! でもおではわかってるんだど! ぜんぶおまえたちが悪いって! おまえたちがサボったから、もうからなくなった! 殴られたくなかったら、もっとはたらけ! いや、やっぱり殴る! おではいまから、おまえたちを殴るど!」
ジェノサイドファミリーでも、文字通りの愚息。
ジェノサイドファミリーでも、文字通りの豪腕。
そんな彼の、唯一にして最高の解決手段は……暴力であった。
幼いころからそれだけしか取り柄がないうえに、父親の力で今の地位にいる彼にとっては、それが精一杯の『企業努力』。
その拳による努力は、店員たを恐怖で震え上がらせ、また同時に奮い立たせた。
いちおう、一定の効果はあったというわけである。
しかしガムシャラにさせたところで、売り上げ低迷に対する指針がなければ、無意味……!
大将が大局を知らなければ、兵士が死ぬ気になったところで、突撃するのは蜃気楼……!
見えない相手にいくら蛮勇を振りかざしたところで、戦果はゼロ……!
シェア、さらに10%減少……!
焦りが募った彼は、さらなるトンデモ施策に打って出る……!
「うがっ!? なんでだ!? もっと、もうからなくなった! やっぱり、いままでおでが、あまやかしてきたからだ! これからは、もっときびしくやるど! この手に加えて、足もつかう! 蹴られたくなかった、売れ! 踏みつぶされたくなかったら、おでを、もうけさせるんだど!!」
なんと、いままではパンチのみだった制裁に、キックを追加したのだ……!
問題点を改善するために、ペナルティを強化する経営者は多い。
遅刻をいくら注意しても直らないので、罰金を課すようにしした、などである。
しかしこんな見当違いの強化は、前代未聞……!
愚将ですら、へそで茶の湯を始めてしまうレベル……!
そんな追加施策とも呼べないひとり遊びで、『スラムドッグマート』の躍進を止められずはずもない……!
野良犬は彼が考えている以上に、すばやく、したたかで、強靭……!
そして何よりも、関わる者たちすべてを幸せにしていたのだ……!
その好例として、各店舗に備え付けられた棚用のカバーが挙げられるだろう。
これは店にある商品棚をすべて覆い隠すためのもので、表面にゴルドくんの大きな絵が描かれている。
ゴルドウルフはこの布を、閉店時に必ず店じゅうの棚に被せるよう、各店に指示していた。
布は光る素材でできていて、夜になると発光する。
すると、どうだろうか……!
外から店の中は光り輝いて見え、さらにそこにはドタバタ劇場を繰り広げるゴルドくんがいるのだ……!
しかも布は12種類もあって、毎月絵柄が変わる。
これは道行く人々の目を大いに楽しませ、ゴルドくんのキャラクターをより身近に、好意的なものにした。
……買わない客には冷たく当たる、そんな店員に思い当たるフシはないだろうか。
その店でたまに買っているというのに、買わない時は手のひらを返したような接客になる……そんな仕打ちを受けたことはないだろうか。
ゴルドウルフはそのやり方を、特に嫌った。
たとえ今、利益にならない相手であっても、暖かく接したい……。
閉店後になされるこの棚用のカバーこそが、彼のその想いを大いに代弁しているといえよう。
そう……!
いつも、どんな時でもサービス精神を忘れず、たとえお金を落とさないお客様であっても、楽しんでいただく……!
それが『スラムドッグ』スピリッツ……!
勇者たちの店には決してありえない、貧しくも美しい、野良犬の『心』とも呼べる精神だったのだ……!
『スラムドッグマート』の烈火の勢いは止まらない。
20%でも大金星であったシェアを、わずかな期間で倍化……すでに40%を越えつつあった。
半数近くシェアを奪われた『ゴージャスマート』、店内でも客の減少が目に見えてわかるようになる。
ジェノサイドナックルはルタンベスタ領でいちばんの売り上げを誇る、とある店舗を視察してようやくその事実に気づいた。
「なんでだ!? なんだなんだど!? 客のやつらがきゅうに、まほうみたいにいなくなってるど!? がるるるるっ……! 骨をへし折られたくなかったら、いままでみたいに、客をつれてくるんだど! いますぐに……! はやくしないと、おで、おこるど!! もう、おこったど!!!」
瞬間湯沸かし器のように激昂した彼は、荒れに荒れる。
それは往年のジェノサイドダディを彷彿とさせる、暴風のような暴れっぷりであった。
しかし、父と息子……よく似てはいたが、皮肉にも、息子は父以上に、ある衝動に抑えがきかない体質であった。
そう……! それは、破壊衝動……!
かつて事務所を破壊した父親が、まだ理性的に見えるほどの……!
「うがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!! いますぐ、いますぐ客をつれてくるんだ!!! いますぐ、おでをもうけさせるんだ!!! でなければ、こうやって……!!!! こうやって、めちゃくちゃに、骨をへし折ってやるどぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
……メキメキメキメキッ……!!
ルタンベスタ領の『ゴージャスマート』の大黒柱ともいえる店舗……その大黒柱を、文字通りへし折り……!
……ドガッシャァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!!
なんと、崩壊させてしまったのだ……!
そしてこれが、この地域における2大チェーン、『ゴージャスマート』と『スラムドッグマート』……。
両者のシェアを均衡させる、決定的な一撃となった……!
もちろんこんなことをして、タダですむわけがない……!
勇者階級降格どころか、暴落モノの大失態である……!
しかし、しかしである……!
ジェノサイドダディは、息子であるジェノサイドナックルを降格処分にはしなかった……!
失点1として、彼を続投させたのだ……!
この『失点システム』というのは、勇者評価では『処分一時保留』として扱われている。
お咎めなしで現在の地位が維持されるのだから、一見して温情のように思えるが……そうではない。
加算された点数は『利子つきの借金』として扱われる。
これを返上するような活躍ができなければ、期間で失点がどんどん膨らんでいくのだ。
そして、別件で降格が決定した場合、どうなるかというと……。
利子の分も含めて、全額精算……!
些細なミスがきっかけで、破滅クラスの処分を下されてしまうこともあるのだ……!
そしてこれは、与える側にとっても諸刃の剣でもあった。
失点を与えた上司は往々にして、さらにその上役から、失点を課せられてしまうのだ……!
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●主天級(小国部長)
ジェノサイドダディ(失点1)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
ゴルドウルフ
ジェノサイドロアー
ジェノサイドファング
ジェノサイドナックル(失点1)
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皆殺しの父と息子……!
二人揃って仲良く、石抱き……!
擬音と中学英語が大好きです。
それと、あとがきに書き忘れていたのですが、今章7話で中断させられた『オッサンの嗜好』については、このあと…少し先になりますが、ちゃんと明らかにする予定ですのでご期待(?)ください!