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07 野良犬と猟犬

 この店にいる女性陣、すべての双眸(そうぼう)は、加齢で色素が薄くなり、潤いもない唇に向けられていた。

 運命の審判を、いちはやく確かめたいがために、誰もが瞬きをするのも忘れ……!


 かつてこれほどまでに、オッサンの口許が注目されたことがあったであろうか……!?

 いや、ないっ……!!


 オッサン自身、突き刺さるような視線に、辛いものを食べた後のような唇のヒリつきを感じているほどだった。


 しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。

 オッサンはついにその唇を震わせ、宣告を紡ぎだそうと……!



「私は……」「あ~、どうもすいませんね、っと」



 しかしそれは出鼻から、別の耳慣れぬオッサンの声によってかき消されてしまった。

 オッサンの注目は、そのオッサンに移る。



「あ……憲兵さん、いらっしゃいませ」



「憲兵さんだなんて、よしてくださいよ、ゴルドウルフさん。それとももう僕の名前なんて、忘れちゃいました? っと」



「いえ、存じておりますよ。ガンハウンドさん」



 ガンハウンドと呼ばれた男は、オッサンに負けず劣らずのオッサンだった。


 ほつれた中折れ帽に、最後の葬式から着たきりのような、ヨレヨレのジャケット。

 せっかくの剽悍(ひょうかん)な顔つきも、服装と同じく覇気が感じられない。


 しかしヒゲだけは切り揃えられており、妙なこだわりを感じさせる。

 口に咥えられたシケモクは彼の喋りにあわせ、捉えようのない柳のように揺れていた。


 その隣には、角刈りに作業服という大男。

 番犬のように前に出ようとする彼を抑えて、ガンハウンドは申し訳程度に頭を下げた。



「この間は捜査にご協力いただきまして、どうもでした、っと。今日はその御礼にと思いまして……おっと、これからお客さんが大勢やって来るんですよね? おおっと、ちょうど来たようだ、っと」



 店のスイングドアを破るような勢いで、どわっと福男のようになだれ込んでくる、汗と汚れにまみれた男たち。


 店員たちはフル回転をはじめる。

 ゴルドウルフは買い取り業務を別の店員に任せ、ガンハウンドたちを接客スペースに案内しようとしたが、



「いや、ここで結構。すぐ帰りますから。今日は新しく入ったソースカンの紹介と、注文に来ただけなんで、っと」



 ガンハウンドは親指の先で、後ろにいる大男の胸板を突く。

 店は混雑して押し合いへし合いしていたが、壁のようなソースカンのおかげでガンハウンドはだらしなく立っていられた。



「はじめまして、ソースカンさん。私はこの『スラムドッグマート』のオーナーのゴルドウルフです」



 オッサンの丁寧な挨拶にも、高圧的な態度で睨みおろしたままのソースカン。



「おいおい、ソースカン。なんて態度だ。この人は今はまだ容疑者じゃないんだぞ、っと。……すいませんねゴルドウルフさん、コイツは元軍兵でして、躾がなってなくて……」



 反省の色が全くないソースカンと、さして申し訳なさそうでもないガンハウンド。

 そして、それすらも気にしていない様子のゴルドウルフ。



「いえ、大丈夫ですよ。ところで注文というのは?」



「ああ、コイツのタマが欲しくってね、っと」



 よれたジャケットの襟が少しだけ開き、脇の間から銃のグリップが覗いた。



「フリントロック(ガン)の弾丸ですね。かしこまりました。洗礼つきの10(テン)シルバー弾でよろしいでしょうか?」



 ヒュウと、すぼめた口から息が漏れる。



「……さすが、この街いちばんの店ですな、っと。銃のグリップをチラ見しただけで、僕の立場とあわせて、欲しい弾丸を当ててみせるだなんて……ではそれを、1セットお願いできますかな、っと」



「承知しました。当店の洗礼は『ホーリードール家』によるものですが、よろしいですか?」



「当然、っと。この街……いやこの国でもいちばんの聖女一家の洗礼を受けた弾丸なら、魔王だってチビるでしょうな」



「では、1週間以内に仕上げさせていただきます。お届けにあがることも可能ですが……」



「いや結構。また取りに来ますよ、っと。お代はこの街の憲兵局のほうに請求してください。では、これで失礼……お忙しいところ、すいませんでしたね、っと」



 すまなさのカケラも無いような挨拶とともに、ホコリにまみれた革靴の踵をキュッと鳴らすガンハウンド。

 しかし歩き出そうとしたところで、何かを思い出したように顔を捻った。



「あ、そうそう、っと。『ゴージャスマート』さんの事なんですが、このルタンベスタ領の方面部長に、ジェノサイドナックル様が就かれたようですよ。ダイヤモンドリッチネル様の次に狙われるのは、あの方かもしれないと思って、こっちはピリピリしとるんですわ、っと」



「そうなんですか。ジェノサイドナックルさんがどんな方かは存じませんが、この店もそろそろルタンベスタ領の全域展開を考えていたところです。となると、ジェノサイドナックルさんとの戦いになりそうですね」



「そういうことですな。ははっ、勇者の店相手に、やりすぎないようにしてくださいよ、っと。では、今度こそ失礼……」



 慇懃無礼な憲兵はそれだけ言い捨てて、喧騒のスラムドッグマートをあとにする。


 ……ここ数ヶ月の間に起こった、勇者たちの不自然な堕天。

 それを捜査しているのが、憲兵局の『対魔王信奉者(サニタスト)課』きっての敏腕憲兵、ガンハウンドである。


 彼は絡まりあった糸をたどるうちに、ひとりのオッサンの影を見出した。


 そう……!

 これは、彼なりの宣戦布告……!


 野良犬(ゴルドウルフ)に、勇者とは異なる新たなる敵……!

 狩猟犬(ガンハウンド)が、立ちはだかった瞬間である……!

ようやく今回の役者が出揃いましたので、次回からはどんどん話を進めてまいりたいと思います。

ちなみにですが、この世界の「魔王信奉者」は、「サタニスト」ではなく「サニタスト」です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オッサンの趣向を聞きそびれた女性陣の厳しい視線すらも受け流す飄々とした佇まい・・・!(笑) そして金狼の暗躍を不完全ながらも紐解き、影を見出す鼻の持ち主・・・! 憲兵局きっての凄腕憲兵! …
[一言] ガンハウンドとはいいライバル関係になると信じてる。
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