06 オッサンの嗜好
ジェノサイドダディが小城のような作戦本部のベランダに立ち、大きな夕陽を背にして息子たちに発破をかけていた頃。
ゴルドウルフとプリムラは質素な本部を出て、向かいのスラムドッグマートにいた。
朝、クエストに出かけていった冒険者たちが帰還する時間である。
彼らは一日の戦利品を店で売りさばき、その金を握りしめて酒場へと向かう。
逆に店側にとっては、問屋では手に入らないモノが手に入る、貴重な仕入れの時間なのだ。
だが、この街での『買い取りサービス』はスラムドッグマートがほぼ独占していた。
その理由はいくつかあるが、何よりもゴルドウルフの確かなる鑑定眼と、誠実なる取引にある。
多くの個人商店の店主は1¥でも安く買い叩こうとするものだが、彼はそういうことを一切しなかった。
別の要因としては、『おかえりなさい』コール。
根無し草の冒険者たちを、店員は昼間とは違う暖かさで迎えてくれるのだ。
さらに、クエストを終えた冒険者というのは大抵汚れているものであるが、顔を拭くためのおしぼりまで出してくれる。
そのうえ、買い取りを成立させた場合はクジが引け、当たると顔を『ふきふき』してもらえるのだ。
大聖女リインカーネーションが気まぐれで始めた事だったのだが、あまりの人気に行列ができてしまい、やむなく抽選式となったサービスである。
店では今宵も、山盛りのおしぼりを用意。
例のママを筆頭に、大きな子供たちが泥だらけで帰ってくるのを、今か今かと待ちわびていた。
しかし最近になってからは、本来の意味での子供たちも、この時間帯に押し寄せるようになった。
……ドドドドドドッ!!
小さな巨人のような足音に天井が揺れ、階段が激しく軋む。
上階の『スラムドッグスクール』で勉学を終えた子供たちが、雪崩のように降りてくる。
店内は彼らが家に帰るまでの、ちょっとした溜まり場になるのだ。
基本的にお客様ではないのだが、ゴルドウルフの方針で追い出すことはしなかった。
戦いを終えた冒険者たちに接することも、いい勉強になると考えていたからだ。
しかし今日は、いつにも増していちだんと姦しい。
シャルルンロットを先頭に、優等生のミッドナイトシュガー、そして教師のグラスパリーンまでもが一緒になって、バターになるほどゴルドウルフのまわりをグルグル回っていたからだ。
「いやぁぁぁぁんっ! やめてくださいっ、シャルルンロットさんっ!」
「捕まえたわよっ、このっ! なんでアンタ急に、胸がデカくなったのよっ!? いままではペッタンコだったクセしてっ!?」
「あっあっあっあっ! 揉まないでぇ!」
「ミッドナイトシュガー! アンタも触ってみなさいよ! これ、本物でしょ!?」
「この確かな満足……間違いないのん」
「やっぱり! グラスパリーン、どういうことよコレ!? どんな魔法を使ったの!? 白状なさい!」
「ひぃぇぇぇぇ……! あ、あの……今まではミッドナイトシャッフラー大先生に言われて、子供用のブラをしてたんです……。胸が大きくなると、教師としての心が穢れるって……。でもずっと苦しかったから、ゴルドウルフ先生に相談したら、そんなことはないって言われて……」
「そういうことだったのね!? アタシより先に巨乳側の人間になるだなんて、グラスパリーンのクセして生意気よっ!? いますぐアタシに半分……いや全部よこしなさい!」
「ひやぁぁぁぁぁん!? あげられませぇぇぇぇんっ!?」
「なぜ欲しがるのん?」
「なんでもデカいほうがいいに決まってるでしょうが! ミッドナイトシュガー! アンタはヤスリがけしたみたいにペッタンコだから、もうあきらめがついてるんでしょうけど、アタシは……!」
「なぜ、デカいほうがいいのん?」
……赤ずきんの少女から立て続けに投げられた、ボソリとした疑問。
すると、それまで絶え間なく揉みしだいていたお嬢様の手が、ピタリと止まった。
学級崩壊かと思うほど形を変えていた女教師の双丘に、指をめり込ませたまま。
肩にかかっていたツインテールを、はらりと落とした少女は、真実を求める者特有の顔つきになっている。
彼女は傍らにある大樹を見上げるように、顔をあげた。
そして一言。
「……ゴルドウルフ……アンタはどっちなの?」
少女たちをなだめようとしていたオッサンは、急に矛先を向けられて苦笑を浮かべた。
「どっちというのは、どういうことですか?」
「胸がデカいのと、デカくないの……どっちが好きかって意味に決まってるでしょ」
「ああ、そういうことですか、でしたら私は……」
続きの言葉が口の端にのぼった途端、オッサンははたと気づく。
なぜか異様なまでに、店内が静かなことに。
そして、痛いほどの視線が突き刺さっていることに。
シャルルンロット、グラスパリーン、ミッドナイトシュガーは固唾を飲み、
入り口でおしぼりを手にしていたリインカーネーションとプリムラはその場で静止し、
リインカーネーションの腕にしがみついていたパインパックは、遠くの火事を見つけたコアラのように振り返り、
そして今までは姿を消していた、ルクとプルまでもが、顔に張り付く近さで浮いていた。
彼女たちに共通していたのは、受験の合格発表を待つかのような、真剣な表情……!
その結果いかんによっては泣き崩れてしまいそうなほどの、身命を賭した者特有の顔つきであった……!
持つものと、持たざる者……!
勝利の男神が微笑むのは、果たして……どちらの軍勢なのだろうか……!?
今回は短かかったので、間に合えば今日中にもう1話更新したいと思います。