04 炎の駄犬
ゴルドウルフが最果ての地で、孤軍奮闘するなか……ジェノサイドダディは焦っていた。
ガルルルル……! ゴミが……!
あそこまでやれば、あの鈍いゴミ犬野郎でも、さすがに再起不能になると思ってたのに……!
なんで……なんでまだヤツからの発注書が届いてんだよ、ゴルァァァァァ!?
彼にとってこの『新・捨て犬作戦』は、絶対の自信があった。
だからこそ山ひとつを買い取り、頂上に掘っ立て小屋まで建てたのだ。
野良犬が山に引きこもれば、そのまま山ごとヤツにくれてやるつもりでいた。
ヤツが山から出てこない限りは、『追放』扱いとなり……出世のフィーバータイムが訪れると、そう信じて疑わなかったから……!
しかし……ジェノサイドダディの手元にはいまだにきっちりと、ヤツからの週次報告と発注伝票が届く。
『このヤードホック最果て支店は、眺めも空気も良いですね。いまのところお客様は小鳥とリスのみですが、人間のお客様にも来ていただけるようがんばりたいと思います。その施策といたしましては……』
などと、へこたれた様子を感じさせるどころか、小粋なジョークを交えた手紙は彼をさらに激昂させた。
「ゴルァァァ! そんな手にこの俺が引っかかると思ってんのかよっ! ゴミ犬がっ! 強がりやがって! ヤツはもう限界のはずだっ! こうなりゃ、誤発注の数を増やして一気にカタをつけてやらぁ!」
事務所のなかで、ひとり荒れ狂うジェノサイドダディ。
こんな時に声をかけたら確実に殴る蹴るされるので、彼の部下たちは誰も近寄ろうとはしなかった。
彼は、忌々しい手紙を怒りに任せて引き裂く。
危うく発注書まで破りそうになったが、それは寸前で思いとどまった。
書類を磔にするように、ダァンと事務机に叩きつける。
そして烙印を刻み込むように、ガリガリとペンを走らせた。
丁寧なオッサンの文字をメチャクチャにするように、赤い訂正線を引いたあと、粗暴な筆跡で注文を上書きする。
それは、新たなる発注が捏造された瞬間であった。
はたして、その内容とは……!?
『プレートメイル(最重量フル) 千セット』……!
ジェノサイドダディは、こう考えていた。
最初に押し付けてやった商品は、きっと身内のツテなどを使ってなんとか売りさばいたんだろう。
新人の店員がノルマをこなすために、まず最初にやる浅はかな手だ……!
しかし、それには限界があるはず……!
今では軍兵か、余程の筋肉バカしか使っていないような、最重量の『プレートメイル』のフルセットであれば……!
たとえ血を分けた肉親だろうと、拒絶する……!
そうなれば、あのゴミ犬野郎は文字どおり、ゴミの山に埋もれることになるんだ……!
グルルルル……!
ネコ科の動物のように、喉を鳴らしてほくそ笑む悪徳支部長。
しかし、その笑いはすぐに消えることとなる。
後日届いた売上票と、新たなる発注書によって……!
どうやってあのプレートメイルを売りさばいたかはわからないが、ゴミを送りつけたはずが、塩となって返ってきたのだ……!
それらの書類を目にした瞬間、ジェノサイドダディは事務所の机ごと真っ二つにした。
これは彼にとって、宣戦布告を受けたも同然……!
もはやなりふり構ってはいられないと、誤発注の連続爆撃を仕掛ける……!
これには何事にも逆らわなかったゴルドウルフからも、さすがに抗議の手紙が届いた。
しかしすべて、黙殺……!
すると当人が事務所まで直訴に訪れるようになったが、袋叩きにして放り出す……!
まるで強盗が来たかのような、超然とした塩対応で突っぱねたのだ……!
そして他店であまった不良在庫や、消費期限ギリギリの薬草。
さらには竹光の剣や、生卵のように割れやすいガラス容器のポーションなどを送りつけるまでになった。
とうとう最後は、『目には目を、ゴミにはゴミを!』のスローガンまで掲げ、ヤードホックの街全店が一丸となり、系列店であるはずの『最果て支店』に対抗したのだ……!
しかし……! ここで神風が吹き荒れる……!
いや、厳密には超常現象などではなかったのだが、彼らはそう思っていた……!
なんと……! ヤードホックの街にある支店の売上が、じょじょに下がっていき……!
あの『最果て支店』に逆転されてしまったのだ……!
最悪の立地にあり、訪れるのは小動物ばかり……!
店舗の作り自体はもちろんのこと、中にある商品の品揃えも最悪……!
店員はひとりもおらず、店長ひとりで切り盛りしているという、指揮官ひとりの絶望的な状況の相手に……!
たとえ僅差とはいえ、敗れてしまったのだ……!
この悪夢のような事実に、ヤードホックの全店を束ねる支部長、ジェノサイドダディは荒れに荒れた。
夕闇に閉ざされた事務所の中で、明かりもつけず……檻に閉じ込められたばかりのライオンのように咆哮をあげる。
「ゴラッ! ゴラッ! ゴラァァァ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
窓や扉に八つ当たりし、突きや蹴りでブチ破り……!
柱をへし折り、とうとう事務所を崩壊させてしまう……!
彼のプライドは、この瓦礫の山と同じで、すでにズタボロになっていた。
新感覚の『捨て犬』を成功させるどころか……その犬は、今やお大尽……!
『お犬様』になってしまわれたのだから……!
「どんなに姑息で、どんなに汚ぇ手を使ったか知らねぇが……! 許さねぇ……絶対に許さねぇぞ、ゴミ犬がっ! ここまで俺を怒らせるとは……もう、テメーは終わりだっ! 殺してやる……! 絶対にブッ殺してやるからなっ!! ゴルァァァァァァァァア!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、御殿のような大きなログハウスの中で、ホゥホゥとした夜鳴きを聴きながら……ゴルドウルフはフクロウたちの仲間入りをしたかのように、首を傾げていた。
この『最果て支店』は、もうじゅうぶんに軌道に乗っている。
売上を提出しているので、すでに支部長もご存知のはずだ。
いつもであれば調勇者の新店長が派遣され、店員を大勢引き連れてやって来る。
そして自分は、店のノウハウを彼らに教えたあと、お役御免となって別の支店に行かされる……それがいつものパターンであった。
しかし今回に限っては、その気配が一向にない。
この店では特殊なやり方で軌道に乗せたので、それを伝授するために通常よりも多くの引き継ぎ時間が必要だというのに、いまだに何の音沙汰もないのだ。
しかし向こうからのリアクションがない以上、いくら心配しても無意味だ。
手紙ではすでに伝えてあるので、人員調整に手間取っているのだろう……とオッサンはひとり納得する。
それよりも、今日も激務の一日を終え、心地よい疲労を感じていた。
この『最果て支店』に来たばかりの頃は、杖がないと山の登り降りもできなかったが、リヤカーを引いて往復しているうちに鍛えられ、今では息すら切らさなくなった。
このあたりは静かで空気もいいので、毎日グッスリ眠れる……。
籾殻を集めて自作した布団の中に身体を埋めながら、幸せな気持ちで瞼を閉じるオッサン。
……それはいつもと変わらない日常であるはずだった。
再び瞼を開ければ、窓から差し込む朝日と爽やかな風、そして開店を待ち望むような小鳥たちのさえずりで、新しい一日が始まる……。
しかしそれらは、永遠に訪れることはなかった。
焼けつくような暑さにうなされ、汗びっしょりで飛び起きた彼の目に飛び込んできたもの、それは……!
地獄の窯の只中にいるような、紅蓮の業火たちだったのだ……!
「か……火事っ!? だっ、誰かっ!? 誰かぁぁぁぁーーーっ!?!?」
しかし叫んでから気づく。
ついさきほどまで夢のなかにいた、大勢の仲間たちの笑顔はここにはないことに。
オッサンはタンクトップ一枚にトランクス一枚といういでたち。
荒波のような炎は、床から、壁から、天井から……容赦なく彼の肌を焦がした。
息をするだけで煙が、灼熱が肺を焦がす。
シーツを剥ぎ取って身体をくるみ、マスクがわりに口に当てた。
炎の天蓋から、焼け落ちた丸太がガラガラと降ってくる。
押しつぶされる寸前で窓に飛ぶと、バックドラフトのような爆風で外に吹き飛ばされた。
「た、助かった……!」
生きていることを噛みしめるようにひとりごちる。
夜露に濡れた草原が心地良かった。
しかしそれは、砂漠のオアシス……!
蜃気楼のような、ほんのひと時の安息に過ぎなかった……!
「……ハッ!?」
顔をあげた彼は、絶望に言葉を失っていた。
苦労の末に作り上げた、ログハウスの全焼を背向で感じ取ったからではない。
むしろ、前方……! いや、全方位……!
高波のような炎が、今まさに迫ってきているのを目にしたのだ……!
資材や食べ物の宝庫で、そして常連客たちが住まう森は、すでに飲み込まれ……!
もはや見渡す限りの炎の厳海……!
孤島のように、ドーナツ状にわずかに残った草原……。
そこが覆い尽くされるのも、時間の問題……!
前後不覚に陥ったオッサンは、世界の片隅で愛を叫ぶように、あたりかまわず声を張り裂かせる。
「だ……誰かぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!! 助けて!!! 助けてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」
しかし……神風が吹くことはなかった。
今回は勇者ざまぁの要素を少しだけ入れた『追放』にしてみました。
ゴルドウルフが過発注をさばいた方法は、この先の展開で明らかになりますのでご期待ください!