03 最果ての駄犬
今日もまたゴルドウルフが店長を務める店に、ジェノサイドダディが訪れた。
彼はいつも店舗視察と称した嫌がらせで、百獣の王のように怒鳴り散らし、さんざん暴れまわって嵐のように去っていくのだが……。
しかし今日に限っては、猫のように、生ぬるい風のようにおとなしかった。
背筋を正して迎えてくれたゴルドウルフの前に擦り寄り、猫なで声で語りかける。
「えーっと、お前、名前なんていうんだっけ? まあいっか、ゴミ野郎……いやゴミ店長クン! お前には新店舗の立ち上げをしてもらうことになった! 物件はもう押さえてあるから、今すぐ行って開店準備をしろ! 場所はここだ!」
ゴミ呼ばわりした彼の胸に、ドスッと地図を押し付けるジェノサイドダディ。
ゴルドウルフが新店舗の立ち上げを手伝うのは珍しいことではなかった。
彼がいる近隣に『ゴージャスマート』ができる場合、必ずといっていいほど彼が関わっていた。
他国に『ゴージャスマート』を展開する場合は、何日もかけて出張し、手伝ったこともある。
そして軌道に乗ったところで、ゴッドスマイルの息子……ようは調勇者がやってきて、オッサンはお払い箱となるのだ。
てっきり無理難題を押し付けられるのかと思っていたオッサンは、少しホッとしていた。
「わかりました、ではこれからさっそく向かいます。その間、この店は……?」
「お前はもうここの店長じゃねぇんだから、関係ねえだろうが! ほら、さっさと行け! しっしっ!」
店員たちに別れの挨拶もさせてもらえず、ゴルドウルフはまさに野良犬のように追い出されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そこは、ヤードホックの街どころか、周辺の山々を一望できる絶景にあった。
『ゴージャスマート ヤードホック最果て支店』……それが新店舗の名称である。
切り立った岩山のてっぺんに、タニシのようにへばりつくボロボロの掘っ立て小屋。
屋号の立て看板がなければ、店舗というより廃屋と見紛うそれが、オッサンの新たなる砦であった。
杖にすがりつくようにして登頂を果たした彼は、遮るもののない高台の風に吹かれながら、絶句していた。
そうしている間にも屋根板が剥がれ、花びらのように崖下に舞い落ちていく。
板がたてたガランガランという音に、オッサンは我に返る。
渡された地図に付けられていた×印があまりにも山奥だったので、嫌な予感はしていたのだが……まさかここまで酷い立地だとは思わなかった。
ヤードホックはトルクルム領の南端にあるのだが、このあたりはトルクルムの最南端でもあるので、文字通り最果ての地である。
周辺には多くの洞窟や鉱山跡があり、少し離れた所には有名な休火山である『火吹き山』がある。
遥か南には大海原が広がっており、ここからだと空にくっつきそうなほどの水平線が、蜃気楼のように霞んで浮かび上がっていた。
状況からいって完全に島流しであるが、オッサンはめげない。
そして、職務に忠実であった。
頂上から少し降りたところにある草地に、ひとまず住む場所を作ることにする。
あの廃屋では、跡形もなく吹き飛ばされるだろうと思ったからだ。
念のため持参していた大工道具を使い、木を切り倒し、差し掛け小屋を作る。
これより過酷なサバイバルを経験済みの彼にとっては、この山は資材に溢れていたのだ。
そして数日かけて、いちおう店とわかるほどのログハウスを組み上げた。
しかし商品はまだない。
オッサンは発注書をしたため、手紙としてジェノサイドダディに送った。
もちろん郵便局などないので、わざわざ山を降り、麓に住む集落の人間に配送を頼んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さらに、数日後……。
麓の集落に山積みになった荷物に、ゴルドウルフは再び絶句させられることになる。
彼は事細かに商品の発注をしたのだが、それらはすべて『バトルアクス五百本』に置き換えられていた。
おびただしい数の戦斧が、木箱にぎっしりと箱詰めになって届いたのだ。
そう……! これはジェノサイドダディが得意とする、誤発注……!
種類が間違っているだけならまだしも、過発注との併せ技……!
ゴルドウルフが考えていたのは、消耗品の品揃えを充実させることだった。
このあたりの洞窟を冒険し、物資が尽きて街に補給に戻る冒険者たちをターゲットに据えていたのだ。
『最果て支店』で買い揃えれば、街に戻る時間をかなり節約できる……。
大賑わいはなくとも、ある程度の需要は見込めるだろうという目論みだった。
しかし、届いたのは使い手を選ぶピーキーな武器『バトルアクス』……!
しかも、オンリー……!
これは例えるなら、レジの後ろにある贈答用のクッキーしかないコンビニ同然……!
そもそも洞窟探索に、両手の武器は不人気……!
せめて、せめて狭い通路などでも振り回せる、ハンドアクスであったなら……!
しかしこれが、ジェノサイドダディの狙いであったのだ。
そもそも僻地にある店舗というだけで売上低迷は必至だというのに、そこに誤発注が加われば……。
絶望的な赤字は免れない……!
さらに連日のように送りつけられる、売れもしない商品……!
それらをリヤカーに積んで何往復もし、山奥に運びあげなければならない……!
しかし運びこんだところで、店には客どころか、仲間の店員もいない孤独な状況……。
傍らにあるのは、雨風に晒される在庫の山……。
誰かに泣きつくこともできない……。
上司に訴えるために街に向かったところで、当然のように冷たく追い返される……。
トボトボと山へと戻らざるをえない……ウサを晴らすために酒場に入ろうにも、金はない……。
なぜならば、赤字の責任で給与は差し押さえられているから……。
仕方なく山奥へと引きこもり、仙人同然の生活を与儀なくされる……。
するとやがて、自分は『ゴージャスマート』の一員かどうかもわからなくなって……。
心を病み、そして閉ざし……。
麓の集落にも降りてこなくなるだろう……。
そう……!
これこそがジェノサイドダディが考え出した、新たなる『捨て犬』の手段だったのだ……!
いままで捨て犬といえば、地下迷宮の奥深くや秘境など、危険な場所にゴルドウルフを連れていき、事故を装って『置き去りにする』というのが一般的だった。
彼だけは『事故で皆とはぐれた』と勘違いしていて、そこから脱出を試みる。
そして驚異的なタフネスさで、幾度となく生還を果たしてきたのだ。
しかし今回は、従来のパターンとは全く違う……!
陸の孤島に追いやっただけで、置き去りにはしていない……!
もちろんこの時点では『追放』とはみなされない。
しかしもし、ゴルドウルフが心を病んで、山に引きこもり……人里に出なくなってしまったら……!?
その時こそ、『追放』のカウントダウン、スタートっ……!!
これはまさに『押してもダメなら引いてみな』の手法……!
ゴルドウルフの実直さと愚直さを利用し、逆に帰巣させないように仕向ける……!
新感覚の『捨て犬』作戦であった……!
しかし……しかしである。
この作戦が失敗に終わったのは、もはや言うまでもないだろう。
あのオッサンの野良犬スピリッツは、仕掛けられた『ゆるやかな自殺』の罠にハマりはしなかった。
ある驚異的な方法で、過発注をすべて売りさばき……!
『ゴージャスマート ヤードホック最果て支店』の売上を伸ばしていったのだ……!
次回、『追放』クライマックス…!