01 新たなる決意
『駄犬⇒金狼』 第1巻、発売中です!
書籍化にあたり、大幅な加筆修正をさせていただきました!
プリムラやマザーのサービスシーンはもちろんのこと、プリムラがおじさまを好きになるキッカケとなった『初めての体験』が明らかに……!
また勇者ざまぁも新たに追加! あの勇者の最期が描かれています!
さらに全ての始まりとなった、ゴルドウルフの『初めての追放』がついに明らかに……!
若きゴルドウルフの姿は必見です!
そして、第1巻の最大の目玉となるのは、勇者の始祖である、ゴッドスマイルが『初めての登場』……!
世界最強勇者の姿を、ぜひその目でお確かめください!
まさに第1巻は『初めて』だらけ……!
目にしたあなたはきっと、『初めての衝撃』を感じていただけることでしょう!
そして読んでいただければWeb版がさらに楽しくなりますので、ぜひお手にとってみてください!
開け放たれた窓から、子供たちの元気な声と爽風が差し込み、手編みのレースカーテンを揺らす。
ここは、『スラムドッグマート1号店』の通りを挟んだ向かいにある、同店の事務所である。
店舗の状況を俯瞰するために借りたこの部屋からは、いまの『スラムドッグ』の縮図が見てとれた。
1階の『スラムドッグマート』は、老若男女さまざまな冒険者たちで賑わっている。
いまも、貴族の冒険者とその日暮らしの冒険者が肩を並べて、大聖女の音頭でポーションをあおっていた。
2階の『スラムドッグスクール』では、グラスパリーン先生による歴史の授業が行われている。
座学の授業だというのに、ひとりで泣いたり笑ったり、抱きついたり転んだりする先生に、子供たちの笑顔が絶えない。
会議室のテーブルに資料を広げて仕事をしていたゴルドウルフは、手を休めてその様子をしばし眺める。
そして……ある決意を、胸に宿していた。
控えめなノックがあったので「はい」と返事をすると、
「失礼します、おじさま。お茶をお持ちしました」
と澄んだ声とともに、白いローブの少女が入ってくる。
聖女でありながら、ゴルドウルフの秘書を務めてくれているプリムラだ。
その聖鐘のような声音だけでも清涼剤なのだが、彼女は白ぶどうのような良い香りの紅茶と、手焼きのクッキーを差し入れてくれた。
お茶くみは本来、彼女の仕事ではない。
しかし、
「いいえ! 旦那様……いえ、社長様においしいお紅茶を淹れるのは、お嫁……いえいえ、秘書であるわたしの務めです!」
と譲らなかったので任せることにしたのだ。
ちなみにゴルドウルフはコーヒー派なのだが、口臭の元となるので仕事中は飲まないようにしている。
「ありがとうございます、プリムラさん。ちょうどひと休みしたいと思っていたところです」
オッサンの微笑みに、ポッ……と果実が色づくように顔を明るくする少女秘書。
自分でも顔が上気したのを感じたのか、照れ隠しのように顔を伏せた。
「……今は、なにをされていたのですか? いろんな布が広げてありますが……?」
テーブルの上に散乱している色とりどりの端切れ、そのひとつを手に取る。
「主に衣類を扱っている工房の方が、サンプルとして置いていった魔法布です」
オッサンのその説明だけで、秘書はすべてを理解した。
「あっ、わかりました。以前、ゴルドくんリュックの生地として使われていた、耐火の布のようなものですね。ということは、新製品の考案をされていたのですか?」
「はい。いろんな効果のものがあって、面白いですよ。こちらが耐火、そして耐水……耐雷や耐刃のものもあります」
「へぇ……いろいろあるのですね。こちらは加熱の布、とありますが……?」
「それは耐火とは逆の効果で、火を通過させる性質の布です。この布を通った火は温度が高くなるんですよ」
「あっ、知っています。お姉ちゃんが、昨晩のお料理に使っていました」
「そうですね、料理用の布として有名です。この布で食材を包むと、少しの火力でも高熱で包み焼きにできるんですよ」
「なるほど……こちらの発光の布、というのはどういう効果なのですか?」
「暗い所に行くと光を放つ布です。例えば子供用のリュックなどに縫い込めば、地下迷宮探索の授業などで目印になって、先生方には便利かもしれません」
「それはいいですね! では、こういうのはどうですか? 今販売しているゴルドくんリュックの改良型で、ゴルドくんの目の生地にこれを使えば、ゴルドくんの目が光ります!」
「それは面白いですね、さっそく試作してみましょうか。プリムラさん、工房への指示をお願いできますか?」
「はい、かしこまりました!」
秘書はさっそく命令を遂行しようとしたが、オッサンは何かを思い出したように呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってください。他にもお願いがあったのでした」
はたと足を止めた聖女は、艷やかな髪の光沢とリンスの爽香を軽やかに振りまきながら、くるりんと見返る。
そしてまばゆいほどの、ニッコリ笑顔をキメた。
「はい、なんでしょう?」
本人は無自覚でやっているのだが、この『惚れてまうやろコンボ』に撃沈されない男は存在しない。
このオッサンを除いて。
「ちょっと長くなるので、座ってもらえますか」
「はい、失礼いたします」
プリムラはオッサンの向かいにある椅子に腰掛けて、ちょこんと膝を揃えた。
「このメモに書いてあるとおりの布カバーを作ってほしいのです」
そして渡されたメモに、「えっ」と声をあげてしまう。
「こんなに大きな布カバーを、こんなにたくさんですか……?」
「はい、お願いします」
少女は経営において、オッサンの判断にあれこれ異議を唱えたりしない。
ただ黙って、メモをしまいこんだ。
「……かしこまりました。では、ゴルドくんリュックの改良にあわせて、さっそく工房のほうに発注いたします」
「はい、お願いします。それと、こちらをどうぞ」
続けて差し出されたオッサンの手のひら。
そのゴツゴツした手の上に乗っていたモノを、少女は何の気なしに目に入れる。
「えっ」
しかし直後、彼女は石化した。
そこにはなんと、ジュエリーケース……!
入っているのは指輪以外考えられないような、ベルベット生地の小箱があったのだ……!
……幼い頃から、その美貌と穏やかさには定評がある聖少女プリムラ。
健やかなるときも病めるときも、いつも静かな湖畔の森のようであった彼女の内心に、突如訪れる天変地異……!
湖面は嵐のただ中にいるように荒れ、森では怪鳥が飛び回っていた……!
えっ……えええええええええええっ!?
そっ、そんな……! そんな、いきなりっ……!?
こっ……婚約指輪だなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
そっ……そんなそんなそんな!
そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
こっ、これは夢ですかっ!?
は、はい! そうです! 夢にちがいありませんっ!
英会話の例文のようなやりとりが脳内で交わされるほどに、彼女はパニックに陥っていた。
己の美貌が崩れるのもかまわず、両頬をこれでもかとつまみあげ、ムニューと引き伸ばしはじめる。
いつもは楚々とした聖女が突然変顔をはじめたので、さすがのゴルドウルフも度肝を抜かれた。
「……プリムラさん? いきなりどうしたんですか?」
しかし、返事はない……! ただの、しかばね……!
いや、夢と現実との狭間で絶叫する、愛のしかばねであった……!
ゆっ……ゆゆゆゆ夢じゃ……夢じゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!?!?
そんなそんなそんな、そんなっ!?!?
おじさまからプロポーズされる妄想は、それこそ寝る前の日課になっていましたけど……。
まさかまさかまさか、こんな形で実現するだなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
「……プリムラさん? 身体の具合が悪いのですか? でしたら早退して、休んでください。お話は次の機会にでも……」
いつにない様子の少女に、オッサンはプロポーズを中断しようとしたが、
……シュバッ!
とローブの裾が水平に翻るほどの素早さで、ケースをかっさらわれてしまった。
そして一言、
「不束者ですが、よろしくお願いいたしますっ!!」
ズガァーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
勢いよく頭を下げたばかりに額が長テーブルに直撃、天板を瓦割りのように真っ二つにしてしまった。
その威力たるや、まるでプリムラ拳……!
ゆらりと顔をあげた聖女の額はパックリと割れ、血が落雷のようにドクドクと流れ落ちていた。
「……プリムラさんっ!?」
キツネに取り憑かれたような少女を前に、オッサンは滅多に出さない大声をあげてしまう。
しかしその声すらも、届いていない……!
すでに彼女の頭の中は、草原で遊ぶ5人の子供と旦那様……!
そして6人目をその身に宿し、慈しむように見守る自分の姿でいっぱいだったのだ……!
その数がサッカーチームを結成できるほどに増えたとき、彼女はそっと小箱に手をかけた。
そしてオルゴールのように、ゆっくりと蓋を開く……!
もはや彼女のなかで流れていたのは、結婚行進曲どころではなかった……!
……プリムラ……おまえといっしょになれて、本当によかった……!
何度生まれ変わっても……私は……おまえを愛すだろう……!
少女の頬を、ツゥと涙が伝う。
それを目にしたゴルドウルフは、いよいよだと思った。
しかし、終わりは突然やってくる。
小箱の中身を目にしたプリムラが、
……ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
まるで見えないアッパーカットに突き上げられたかのように、宙を舞ったからだ。
「プリムラさんっ!?」
ゴルドウルフはもはや何がなんだかわからなかったが、その小さな身体が地面に叩きつけられる前に抱きとめる。
腕の中で正気を取り戻したのか、彼女は精魂尽き果てたかのような、力ない笑みを浮かべていた。
「……た、魔蝋印……だったの……ですね……」
「はい、そうですよ。プリムラさんのところで決裁ができたほうが便利だろうと、頼んでいたものです。それができあがったのでお渡ししたんです。そんなに待ち遠しかったのですか?」
「は、はひ……。わ……わぁい……魔法の印鑑……。これで、わたし、も……大人の、仲間入り、です……うれしい……な……」
少女は今日またひとつ、大人の階段をのぼった。
次回、新たなる勇者が登場!