51 永遠なる苦痛
彼は、アントレアの街の河原に棲んでいた。
夜通し働きつづけている彼は、必然的に誰よりも早起きであった。
軒を連ねるホームレスたちの家すべてに、水くみをして届ける。
そのあとは薪割り。自分のためではなく、彼らのために大量の薪をこさえる。
それは想像を絶する重労働であったが、彼は愚痴ひとつこぼさず身体に鞭打っていた。
なぜならば、少しでも手を休めたら、頭の中に声が響くからだ。
……ミッドナイトシャッフラー・ゴージャスティス……!!
多くの労働者の命を、私利私欲のためだけに弄び……!
あまつさえ、その遺族の娘をさらい、欲望のために洗脳するなど……!
その所業は、畜生にも劣る……!
よって、『地獄』が楽園に思えるほどの、苦痛で……!
『無間道』が一瞬に思えるほどの永遠をもって、償うがいいっ……!!
そして、赤いずきんの老女たちに取り囲まれ、ヤスリのような舌で全身をすりおろされる幻覚に苛まれる。
それは、耐え難き精神的激痛であった。
気狂いになれれば、どれだけ楽かと思えるほどに。
しかし、彼の精神は決して異常をきたさなかった。
彼はアンデッドとしての肉体の修復能力を持つと同時に、心の修復能力をも得ていたのだ。
そうなれば無敵のように思えるが、そうではない。
実際にはとうに折れているのに、接ぎ木をさせられて、無理やり立たされる樹木……!
心は『コロシテ……コロシテ……』と悲鳴をあげているのに、届かない……!
幻覚の老婆たちは毎度、殺人鬼が初登場したような新鮮な驚きを持って、彼のつぎはぎだらけの心を舐めしゃぶっていたのだ……!
その幻覚を忘れる方法が、ひとつだけあった。
そして幻覚から完全に解放される方法も、ひとつだけあった。
それは、奉仕すること……!
誰かのために働いている間だけは、幻覚を視ずにすんだ。
しかし片時でも手を止めると、陰鬱たる物陰から、仄暗い水面から、赤いずきんが覗くのだ……!
そんなおぞましいものが、ひと息つくだけでも視界の隅に入るのだから、気の休まる暇はない。
しかもそれが24時間、連日連夜続くのだ……!
不死者であっても、身体に苦痛は感じる。
働きすぎると頭痛がおこり、胸が締め付けられ、果ては視界が強制シャットダウンする。
しかし意識を失って、倒れようものなら最後……!
目覚めたときには、死肉にまとわりつく蛆のごとき、大量の老婆に囲まれているのだ……!
「ノォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!」
河原じゅうに気がふれたような絶叫が響きわたるのも、珍しいことではなかった。
「おいっ! うるせえぞ!」
「餓鬼ナスが、朝から騒いでんじゃねぇっ!」
「この野郎……! 静かにしろって言ってんだろうが!」
そして始まる、ホームレスたちによる私刑……!
若者による『ホームレス狩り』ならぬ、ホームレスによる『ホームレス狩り』……!
こうなると、肉体と精神のWパンチ……!
彼ができることは、ひとつしかなかった。
そう……! 奉仕……!
奉仕すれば、少なくとも幻覚は消える……!
足蹴にされている中でできる奉仕といえば、ひとつしかない……!
「コイツ、また俺たちの靴を舐めはじめやがった!」
「気持ち悪いんだよ! このジジイ!」
「昨日、前歯を全滅させてやったってのに、まだ懲りねぇのよかよっ!」
……ガスッ!!
強烈なサッカーボールキックを受け、生え始めた歯を強制抜歯される……。
それが朝の風景であった。
彼は、この河原では『餓鬼ナス』と呼ばれていた。
それは、とある理由からである。
彼が不眠不休で働くと、ホームレスの元締めから、小石がひとつ与えられる。
それを彼は、医者から処方してもらった精神安定剤のごとく、丸呑みするのだ。
寝ることも食べることもしない彼の、唯一の生理的欲求。
それが、石を飲むこと。
労働の対価によってもらった石を飲み、腹が裂ければ……。
彼はようやく、地獄へと逝くことができるのだ。
しかし消化できない石を飲み込んでいるので、腹が醜く膨れ上がる。
その様は、まさに餓鬼……! 歪んだ顔と合わさって『餓鬼ナス』……!
腹が重たくなると、身体の動きも鈍くなる。
そうなると必然的に、労働の効率も落ちる。
するとホームレスたちは、彼を川に蹴落とすようになった。
「ノッ!? ノッ!? ノッ!? ノォォォォォォーーーーンッ!?!?」
へんな悲鳴とともに、アップアップと溺れ、やがては石の重さに耐えられなくなり、汚泥にまみれた水中へと沈んでいく。
そしてしばらくすると……石を吐き出して軽くなった身体が、ぷかあと軽石のように浮かんでくる。
もちろんその頃には、川岸には誰もいない。
彼は水死体のように漂い、這い上がり……そして、ひとり涙するのだ。
また、ふりだしに戻ってしまったと……!
「クゥゥゥゥゥッ……! ノッ……ノォンッ!! ノォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
ベトナム戦争をモチーフにした映画のメインビジュアルのように、崩れ落ち、天を仰ぎ、号泣する。
しかしその瞬間すらも、彼の背後には……ベトナム兵のような老婆たちが、容赦なく迫ってくるのだ……!
彼は、気づいていなかった。
欲していたものすべて手に入れていることに。
24時間、ひと時も休むことのない無尽の労働力……!
給料などという俗悪で不順なものではなく、石を求める、崇高なる奉仕精神……!
蝋人形のように、いつまでも醜いまま変わらない身体……!
そして、老女たちに愛され続けるハーレム……!
細かいところでの違いはあるかもしれないが、彼は長年の望みを達成していたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
陽が高く昇る頃が、彼にとってはいちばん嫌な時間であった。
今まで見てきた以上の苦痛が、この世に存在するのかと驚きではあるが、実はあるのだ。
それは……河原の上に架かっている橋に、いつもきまった時間、少女が佇むことである。
彼女は橋の真ん中で、働いている彼を欄干ごしに見下ろしていた。
動物園のペンギンを観覧するように……いや、保健所に囚われた、捨て犬を品定めするように……。
それ自体は何ら珍しいことではなかった。
彼を見世物のように眺める人間は、いくらでもいるからだ。
問題なのは、少女の冷たい視線と……いつも被っている、赤いずきんにあった。
そう……!
年齢こそ大きく違えど、面影は幻覚に出てくる老婆にそっくりだったのだ……!
眉間を貫くような彼女の視線は、河原のどこにいても、たとえ背を向けていてもひしひと感じた。
それが、皮膚の下を寄生虫が這い回っているような気持ち悪さで、耐えられないのだ。
この時ばかりは彼の精神も臨界点に達し、自然と心が叫びだす。
「コロシテ……! コロシテェェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーッ!! キエェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
奇声をあげてのたうちまわり、ホームレスたちから殴る蹴るされる。
かつての父親ソックリの彼を、少女は黙ってじっと見つめていた。
そして、堅く誓っていた。
のんは……のんはミッドナイトシャッフラーの娘として、生きていくのん……!
導勇者の父を失った、悲劇の娘として……!
導勇者のあの男が培った、権力と財産で……!
いつか自分も導勇者に、なってみせるのん……!
そして、そして……!
この腐敗しきった教育界を……!
導勇者の私利私欲で、罪のない人たちが犠牲になる、この世界を……!
正しい姿に、変えてみせるのん……!!
少女は決意とともに、赤いずきんを翻す。
かつての父親の悲鳴をバックに、本当の父親の無念を胸に秘め、新たなる父親の元へと向かった。
ゴルドウルフ……!
導勇者ミッドナイトシャッフラーを、人知れず……!
影縫&成敗……!
そして、勇者教育界に立ち向かう、新たなる仲間を得たのだ……!
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
ディン・ディン・ディンギル
ブタフトッタ
ノーワンリヴズ・フォーエバー
マリーブラッドHQ
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
ゴルドウルフ
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
↓降格:ミッドナイトシャッフラー
ライドボーイ・ランス
ライドボーイ・ジャベリン
ライドボーイ・スピア
ライドボーイ・オクスタン
ダイヤモンドリッチネル
クリムゾンティーガー
名もなき戦勇者 76名
名もなき創勇者 52名
名もなき調勇者 101名
名もなき導勇者 143名
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これまでにオッサンは、
『スラムドッグマート』で、調勇者に対抗し……!
『不死王の国』を『勇者ホイホイ』として、戦勇者に対抗……!
それらに加えて『スラムドッグスクール』で、導勇者への対抗を開始した……!
まさに虎視眈々……いや、狼視眈々と、勇者滅亡への布陣を整えていたのだ……!
だが……!
だがまだ、勇者たちは気づいていない……!
無能の極みだと思いこんでいる野良犬が、すべての黒幕だとも知らず……!
未だにのうのうと、我が世の春を謳歌している……!
花見の最中の彼らの元に、野良犬が現れたとしても……!
残飯をあさりに来たんだろうと、気にもとめない……!
無警戒に浮かれ騒ぎ、無防備に裸踊りなどしている場合ではないというのに……!
その背後では、野良犬が狼の本性を隠しつつ……!
一歩、また一歩と、彼らの背後に忍び寄っている……!
そしてひとり、またひとりと、茂みの中に引きずり込まれ……!
喰らい尽くされるっ……!!
宴会場はいつしか、処刑場に変わり……やがて、屍の山と化すであろうっ……!!
これにて第2章、完結となります。
このあとは1日か2日お休みを頂いて、登場人物のまとめを挟んだあと、次の章にまいりたいと思います。
ちょうどいい区切りなので、感想または評価をいただけると嬉しいです。
そうすると新章への参考にもなりますし、例によってやる気ゲージが貯まりますので、まだの方はこの機会にぜひお願いいたします。
そして新連載、開始しました!
『胆石が賢者の石になったオッサン、少年に戻って賢者学園に入学して、等価交換も寿命も無視した気ままな学園生活!』
勇者が賢者になっただけのような…そしてのっけからマザーみたいな女神様が出てきておりますが…。
本作を面白いと思っていただけている方なら、こちらも楽しんでいただけると思いますので、ぜひ見てみてください!
この後書きの下のほうに、小説へのリンクがあります!