49 完全なる落馬
今回は暴力的なシーンがあります。
今まで読んできて大丈夫だったら平気だと思うのですが、苦手な方は読み飛ばすようにしてください。
飛ばしても話はわかるようにしてあります。
とある下級職学校の教室では、将来の弓術士の卵たちが机を並べていた。
「よし、では弓術科の授業を始めるぞ! 諸君らも知ってのとおり、私は座学よりも、実戦を重視する! こんな教室などクソくらえだと思っていたが、先日わが校に届けられた革命的な『教材』によって、その考えも変わりそうだ! さっそく使ってみようではないか! では5人ずつ前に出て、『教材』を狙うのだ! 最後に撃つ者は、効果つきの矢を使ってトドメを刺すのを忘れるなよ!」
「はいっ!!」
教師というよりも猟師のような荒々しい男に促され、最前列に座っていた青年たちが、机の上に置いていた長弓を手に立ち上がった。
彼らはステージのような広い教壇にひらり飛び乗ると、相棒を構え、それぞれ矢をつがえる。
「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~んっ!」
赤ん坊の妖怪のような、不気味な鳴き声をあげながら逃げ惑う餓鬼が、ステージの端を四つ足で這い回っていた。
油を塗ったようなテカテカの青白い肌に、雑草の根のような血管が浮き上がっている。
痩せこけてガリガリなのに、目玉と腹だけはポッコリと飛び出ていて、醜悪なことこの上なかった。
ソイツは向けられた矢尻から逃れようとしているのだが、首輪に繋がれているのでその場をグルグル回るのみ。
その悪相めがけて、引き絞られた矢が放たれた。
……シュンッ! トスッ!
「ぎゃんっ!?」
初弾が頬に刺さる。
鯉のように開いた口の中を突き抜け、反対側の頬から飛び出した。
よろめいたところに、次々と矢の雨が降りそそぐ。
トスッ! トスッ! トスッ!
こめかみ、アバラの浮いた胸へと突き立ち、そしてカカトを貫いた。
「ぎゃん!? ぎゃんっ!? ぎゃああんっ!?」
七転八倒した後、歩けなくなった餓鬼は、床に爪立ててでも逃げようとする。
そこに、最後の火の玉が炸裂した。
……バシュゥゥゥゥゥゥーーーーーッ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
全身が炎に包まれ、のたうちまわる。
教室じゅうを肌が焦げる匂いに包まれ、生徒たちは顔をしかめていたが、先生は山男のような鼻ヒゲを揺らし、薫香とばかりに嗅いでいた。
「……獲物が焼ける匂い……これこそ、実戦の香り! うむ、合格だ! 矢でモンスターと戦う場合は、火矢などの特殊効果のある矢を、弱点に撃ち込むことが肝要! 弱点でないところに撃ち込むと、急激に耐性を作るモンスターもいるから、通常の矢で動きを止めてから、確実に弱点を狙うようにな! では、次の者! 同じようにやってみろ!」
「……はいっ!」
交代した生徒たちが、銃殺刑をするように教壇に居並ぶ。
その切っ先には、黒焦げになった皮膚を剥がれ落としながら、狂ったように逃げ惑う餓鬼の姿が……!
「もうやだっ!? やだやだやだっ!? やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~んっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「はい、みなさん! 今日の聖女科の授業は、アンデッドモンスターの『浄化』ですよ! いつもは祈りを捧げるだけでしたが、今回はなんと、アンデッドモンスターの教材が手に入りましたので、実際にやってみましょう! ひとりでの浄化はまだ難しいでしょうから、5人ひと組で! では前に座っている子たちから、順番に教壇に出てきてください!」
「はいっ!」と澄み切った返事をする少女たち。
その清らかさに負けない、新雪のようなローブの裾をつまんで立ち上がり、淑やかに教壇にあがる。
そして、教室の隅に置かれていた、小型犬用の檻……その中で窮屈そうに、しかし怯えている餓鬼に向かって跪いた。
「……我ら崇める御空……我ら崇める御国……我ら崇める御名……女神ルナリリス様……大いなる荒忌へ……慈悲を与えたまえ……」
合唱のように、ささやきのように、静かなる祈りがおこる。
それは聴く者すべての心を穏やかにさせるものだったが、
「ぴっ!? ぴっ!? ぴぃぃっ!? ぴぃぃぃぃーーーっ!?」
唯一、檻の中の餓鬼だけは……。
人ならざる彼だけは、騒音に耐えられなくなったサルのように、鉄格子を掴んで揺さぶり、ガシャンガシャンと暴れまわっていた。
「浄化……っ!」
パァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!
薬物実験をされ過ぎたようなサルが、神光に包まれる。
まだらの浮かぶ肌は輝き、頭皮にわずかに残った枯れ草のような髪が逆立つ
本来であるならば、聖女による『浄化』は不死者にとっては安らかなるものだった。
しかし彼の首に巻かれた首輪が、生まれた光をすべて吸い取ってしまうと、
「ピッ……!? ピィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
孫悟空の金冠のように、きつく締まるはじめたのだ……!
「ギッ……! ギギッ……! ギギギギッ……! ビッ……! ビィ……スゥゥゥ……ッ!!」
雑巾のように絞られ、限界まで細くなる首筋。しかし緩むことはない。
食いしばった歯の間から、泡が弾ける。そのまま白目を剥いて倒れてしまった。
ピクピク痙攣する餓鬼を、真剣な表情で見つめる聖女の卵たち。
最前列の子が手を挙げた。
「はいっ、先生! どうしてあのアンデッドモンスターは、浄化を受けても天に召されないのですか!?」
「あら、いい質問ね! このアンデッドモンスターは借り物なのだけれど、『反魂の首輪』というマジックアイテムが巻かれているのよ! これは聖女の祈りで身体を離れようとした魂を、無理やり繋ぎ止めるの!」
「なるほど! だからあのアンデッドモンスターは『無事』なんですね! では『大浄化』の場合だと、どうなるのでしょうか!?」
無垢な好奇心は、死者をも殺す。
「ぴっ!? ぴぃぃぃぃぃぃーーーーーんっ!?!?」
餓鬼は「余計なことを言うな!」とばかりに、檻の隙間からカメのように首を出し、少女を睨みつける。
「はい、それもよい質問ですね! 浄化の度合いが増すほど、あの首輪はきつく締まるようにできています! 他の学校で『大浄化』を試してみたそうなのですが、首の骨が砕かれたそうです! といっても、ピンとこないでしょうから……実際にやってみましょうか! 今度は5人じゃなくて、みんなで! そしたら、他の学校の記録を抜けるかもしれませんよ!?」
「はーい!」という、期待と好奇心の入り混じった、無垢なる返事。
そして白い悪魔……いや天使たちは、目の前の哀れな死者を追悼するように……そして陵虐するように……頭を垂れ、上目遣いを向けた。
「ぴっ……!? ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
……その日、街の多くの人々が、教室の窓から飛び出した、空とぶココナッツを目撃したという。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「狩猟のクエストには、狩った獲物を解体して、素材を取り出すものもあります。ですので今日は、教材を使って『モンスターの解体』を勉強してみましょう」
これから解剖されるカエルのように、実験台に固定された教材を見下ろしながら、先生は述べた。
「いえーぃ! いえぇーーいっ!」「ランランララ~んっ♪」
すでに精神をきたしているのか、餓鬼たちは壊れたラジオのように鳴いている。
生徒である子供たちはふたつに分かれ、わいわいと彼らを取り囲む。
その中で委員長っぽい少女が、みんなにメスを配りながら声を張り上げた。
「はいみんな、メスを持って! あと、いくらアンデッドモンスターとはいえ、やりすぎないようにね! これ借り物らしいから、死んだら弁償よ!? 特に男子! ちょっと、聞いてるの!?」
「あ、委員長、このアンデッドモンスターは大丈夫ですよ。確かに借り物ではありますが、彼らの主であるリッチにより『無間道』の力を与えられているそうなので」
「そうなんですか、先生……。でも、ムゲンドウってなんですか?」
「簡単に言うと、通常のアンデッドモンスター以上の回復能力です。たとえ頭を潰されても、火で焼かれようとも、内臓をすべて奪われようとも、『遺恨』になることはなく、すぐに元通りになります」
「じゃあ聖女の浄化以外では、死なないってことですか? でもそれって、すごく危険なんでは……?」
「いえ。代償として、その力を得た者は他者を傷つけることができなくなります。彼らをよく見てください。爪も剥がれ、歯もないでしょう?」
「ホントだ、じゃあこの子たちって、私たちの実験台になるために生まれてきたような子なんですね」
「はい。彼らは何をしても使い減りをしないので、教材としては最適なのです」
「こんなすごい教材があったなんて、知りませんでした……どこから借りたんですか?」
「教材のオデコの所を見てみてください」
「あっ! 『スラムドッグスクール貸与』って焼印がある!」
「はい、新しくできた私塾が貸し出しているものです。この教材は順繰りで全国の冒険者学校に回される予定になっているので、わが校にあるうちにたくさん使いましょう」
「こんなにいい教材を貸してくれるだなんて、スラムドッグスクールってすごいんですね! 私……今の塾やめて、スラムドッグスクールにしてみようかなぁ……!?」
「それもいいかもしれませんね。……では、おしゃべりはそこまでにして、解剖をしますよ。せっかくの教材ですので、無駄にせず、すみずみまで解体して、しっかり学びとってくださいね」
「やったぁーっ! じゃあさっそく、腹かっさばいてみようぜっ!」
先陣を切ったわんぱく少年がメスを掲げると、先端がギラリとした光沢を放つ。
そして、
……サクッ!
「ロックンロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーールッ!!」
「ガガガガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
懐かしの不協和音。
死してなお噛み合わないセッションが、教室じゅうに響きわたった。
ファイナル勇者ざまぁの後編は、1話挟んだ後になります。