46 永遠なる想い
………………。
…………。
……。
……パパ。
…………パパ。
……………………パパ!
「パパ、この卵焼き、すっごくおいしい!」
「そうだろう? パパ特製のレシピで作った卵焼きだ。お前の次の誕生日には、ケーキみたいにでっかい卵焼きを作ってやるからな」
「わあ! 嬉しい! パパ、大好きっ!」
「だから、ママの言うことをちゃんと聞いて、いい子で待っているんだぞ。パパがいっぱい稼いで、戻ってくるまでな」
「うん! おみやげも忘れないでね! パパっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「わあ、きれいな石……! これ、パパのおみやげ? わぁいわぁい! ねぇおじさん、パパは、パパはどこにいるの? はやく、おれいをいいたいなぁ……! ねぇ、おじさん? おじさんってば!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……パパ、いつ帰ってくるのかなぁ……いい子にして待ってるのに……」
「お嬢ちゃん、ひとりで遊んでいるノン?」
「うん! パパからもらった石をパパだと思って、おままごとしてたの! おじさんはだあれ?」
「おじさんは、パパのお友達だノン」
「えっ!? パパのお友達!? パパはいま、どこにいるの!?」
「おじさんと一緒にお仕事をしているノン。パパに会いたいなら、会わせてあげるノン」
「ほんとに!? ……あ、でも、ママから知らない人にはついていっちゃダメだって、言われてるから……」
「知らない人ではないノン。ほら、これを見るノン」
「ああっ!? パパの石とおんなじだ! それも、こんなにいっぱい!」
「お嬢ちゃんと同じで、パパからもらったノン。パパからは信頼されているノン」
「すごいすごい、おじさん! パパの親友なんだね!」
「そうノン。だからおじさんと一緒に来れば、パパに会えるノン」
「うん! 行く! パパに、パパに会わせて!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……おじさん、ここ、どこ……? パパは、パパはどこにいるの……?」
「パパなら、ここにいるノン……今日からこの私が、キミのパパだノン……!」
「おじさん、何を言ってるの? パパに、パパに会わせて!」
「うるさいガキだノン! これだから、下賤の生まれは……!」
「やめておじさんっ! なにを、なにをするのっ!? 助けてパパ! パパっ! パパぁぁぁぁーーーーーーっ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……パ……パ……パ……パ……パ……パ……パ……パ……パ……」
「……失敗かノン? 廃人一直線ノン? せっかく有効利用してやろうと思ったのに、ただのガラクタになってしまったノン」
「……パ……パ……パ……パ……ぱ……パ、パ……」
「いや……成功のようだノン。……うなされて、どうしたんだノン?」
「ぱ……パ、パ……」
「気がついたノン。パパなら、ここにいるノン」
「ぱ、パパ……パパ……」
「おお、よしよし、大丈夫ノン」
「パパ……私……怖い……夢を……知らない……おじさんが……部屋に……入って……きて……」
「それはそれは怖かったノン。でももう心配いらないノン。その悪いおじさんは、私がやっつけたノン」
「ありがとう……パパ……大好き……」
「そうノン。パパだけが、キミの味方だノン。でもこれからはパパではなく、父上と呼ぶノン。それと、言葉遣いがまだ下品ノン。私を真似するノン」
「……はい……大好きな父上の喋り方を……マネする……のん……」
「いい子だノン。父上の言うとおりにしていれば、悪い夢は視なくなるノン。それに、幸せになれるノン……我が娘、ミッドナイトシュガーよ……!」
「はい、父上……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さぁ、身体を楽にするノン、ミッドナイトシュガー」
仄暗い寝室、紫煙ただようベッドのなかで、父は言った。
「父上……父上のいうことは、なんでも聞くのん。でも、これはおかしいのん……」
娘は冷たい手で頬を撫でられ、ビクッと身体をすくませる。
「なにもおかしいことはないノン。こうやってスキンシップをしてこそ、親子は円満になれるノン」
「や……やめてほしいのん、父上……! んむっ……!」
少女の口内が、苦味で支配される。
ゴルドウルフの卵焼きはひと口食べただけで幸せになれるのに、それとは真逆の、おぞましい味が……!
「いや……嫌なのんっ! これ以上は……! ああっ……!」
少女の身体が、洗濯板のような胸に抱かれる。
ゴルドウルフの胸板は心まで安らぐのに、それとは真逆の、心まですりおろされるような感触……!
「や……嫌っ……! 助けて……! 助けてほしいのんっ! ゴルドウルフ……! ゴルドウルフゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーッ!!」
……バカァァァァァァァァァァァーーーーーーンッ!!
少女が声をかぎりに叫ぶと、寝室の扉が弾けた。
「……ゴルドウルフのんっ!?」
ハッと顔をあげた少女が、目にしたものは……!
それは、彼女が待ち望んでいた野良犬ではなかった……!
なんと、ボロボロの作業着をまとった、ゾンビ……!
昇降機の中でクローゼットから出てきたのと同じ、命なき者であった……!
しかしこれが、決定打となる……!
『ゾンビ、胸板、卵焼き』……!
その三つの憧憬があわさったとき、邪悪なるナスビ型の封印が破壊され……!
閉ざされた心が、再び……!
『……ハッ!?』
最大限にまで見開かれた瞼は、少女が長い眠りから覚めた証でもあった。
彼女の身体をきつく抱きしめる、顔の形もわからないほどに崩れかかったゾンビ。
いつ首筋に噛みつかれてもおかしくない状況であるというのに、恐怖はなかった。
周囲には、雲のようにふわふわで、まばゆい白美の翼が。
生者と死者、ふたりの境を無くすかのように、包み込んでいる。
『ぱ……パパ……?』
少女は、自分には存在しないものだとずっと思っていた、涙というものを、謳歌するようにあふれさせていた。
『パパ……パパなんだね……! やっと……やっと……やっと会えた……!』
もはや彼女にとって、目の前にいるのは腐った死体ではない。
やさしい笑顔を浮かべる、たくましき父親であった……!
『……ごめんな……パパ、こんなになっちまった……』
『ううん……! 会いたかった……! ずっとずっと、会いたかった……! 帰ろう……! ママのいる家へ、帰ろう、パパ……!』
『……ごめんな。パパは、帰れない……。それに、もう行かなくちゃ……』
『そんな……! やっと会えたのに……! やだ! 行かないで! 行かないでよぉ! ずっと一緒にいて! もうお土産なんかいらない! パパがいてくれれば、もう何もいらないからぁ!!』
『ママと、ゴルドウルフさんの言うことをしっかり聞いて、いい子にするんだぞ……』
『やだぁ! やだやだやだやだやだぁ!! 行かないで! 行かないで!! パパ! パパ! パパ! パパっ!! パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』
命なき者は、それが摂理であるかのように、ぐしゃりと崩れ去る。
そして、その見目とは裏腹の、美しき光の粒子となって、天へと昇っていった。