45 フォーリング・ダウン
「さあ、人間どもよ、ひれ伏せ……! そなたらはすでに、我が虜囚となったのだ……!!」
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!??」
制御を失った、いや、新たなる制御を得た不死王に、場内は無差別テロにあったかのような騒乱に陷る。
誰もが逃げ出そうとしたが、逃げられない……!
給仕や警備、そして楽団として働いていた不死者たちが、命ある者に反旗を翻していたからだ……!
リッチはミッドナイトシャッフラーから、不死者のコントロール権をも奪っていた。
このケースはいわば、『支配と隷属』からの解放……!
例えるなら、スパルタ監督の草野球チームに、イチローがコーチとしてやって来たようなもの……!
子供たちが、どちらの指示に従うかは火を見るより明らか……!
監督がどんなに力で押さえつけようとしても、圧倒的なカリスマの前には無力……!
来賓客の鎮圧に成功したリッチは、高らかに叫ぶ。
「喼急招雷!」と……!
すると天井一面が、青い稲光によって覆い尽くされたかと思うと、
……ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!
ジグザクの細い筋が4本、壁のレリーフに向かって降り注いだ。
それはジャングルの樹木を降りる蛇のようにするすると這っていき、少女たちの拘束を粉々に打ち砕く。
高台に縛り付けられていた彼女たちは、死神スケルトンたちの丁寧なエスコートを受けてステージへと降り立った。
ひとつめの仕事を終えた死神たちは、次は腰を抜かしたままのナスビを幽然と取り囲む。
手には、かつての主より与えられた、血塗られた大鎌が……!
「ひっ……!? ひいい……!? やめるノン! やめるノンやめるノンやめるノンっ! やめるノォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!」
しかしその懇願は、まな板の鯉が跳ねる程度の効果しかもたらさない。
刀身にこびりついた赤黒い血に、彼が仲間入りするかと思われた直前、
「……やめるのんっ!!」
小さな赤ずきんの少女が滑り込んできて、覆いかぶさった。
「ち、父上が、父上が不死王を操ろうとしたから、怒ったのん!? でも、許してほしいのん! 怒りを鎮めるために命が必要なのん!? ならば、ならばこの、のんの命で……!」
そう訴えられても、死神たちは心を動かされた様子はなかった。
しかしそれとは逆に、身体のほうは静止したまま。
本来であるならば、とっくの昔に赤ずきんごとナスビを切り落としていても、おかしくはないはずなのに。
いや……!
正確には、彼らは動きたくても動けなかったのだ……!
その事情をいちはやく読み取ったのは、死者に通じていた者。
そして誰よりも絶体絶命で、誰よりもずる賢い者であった……!。
……ノン!?
マジック・スケルトンが、躊躇しているノン……!?
しかし、マジック・スケルトンはゾンビと違って、感情の残留はないノン……!
従ってこれは、殺すのをためらっているわけではないノン……!
追い詰められた導勇者は、娘を抱いて立ち上がった。
人間の盾のように、娘を死神たちに突きつけると、威光を前にしたように後ずさったので、彼は確信する。
間違いないノン……!
ミッドナイトシュガーには危害を加えてはならないと、何者かに……いや、リッチに命令されているに、違いないノン……!
なぜリッチがミッドナイトシュガーを守ろうとしているのかは、わからないノン……!
でも、これはチャンスだノンっ……!
人質を抱えたまま、坂を転がるナスビのように走り出すミッドナイトシャッフラー。
『王の間』を出て、廊下を駆け抜け、一目散に昇降機を目指す。
背後から追いすがる死者たちを振り切って、昇降装置を作動させた。
……ガコオンッ……!
重苦しい音をたてて、部屋が動き出す。
一般的な昇降機というのは素通しのゴンドラなのだが、この賓客用の昇降機は箱型になっていて、中は応接間のようなデザインになっている。
天井以外は壁に覆われており、壁は隙間のない角筒状になっているので、下からの追手はたとえ浮遊できるスケルトンであっても、脅かされることはないのだ。
「い、痛いのん、父上……! 離してくださいのん……!」
しかし父親は聞く耳を持たず、娘をソファまで引きずっていき、どっかりと腰を降ろした。
テーブルにあったブランデーを瓶ごとラッパ飲みし、ガシャンと叩き割る。
……私が築き上げてきたものが、すべて、すべて台無しになってしまったノン……!
無限の労働力、蟻塚、王の間……理想のハーレム……!
そして、勇者としての地位も……!
すべて、すべて、水泡……!
おじゃんになってしまったノンっ……!
……あっ! そうノン!
なにもかも、コイツが企てたことにすれば……!
王の間に取り残された、勇者や貴族たちは、もはや誰も生きて帰れはしないノン……!
だから目撃者はノンと、のんだけ……!
娘の監督不行き届きで、多少のとばっちり……降格くらいはあるかもしれないノン……!
でも、首謀者にさせられたら、すべてが終わり……!
この私が勇者の座を負われるなど、勇者界にとっての大きな損失ノン……!
だから今、私が抱えている爆弾を、すべてコイツに押しつければ……!
導勇者としての再起の道だけは、確保できるノンっ……!
我ながらの名案に、ニタァ~と頬が緩むのを禁じ得ないブラックナスビ。
「……かわいいかわいい、ミッドナイトシュガーや……。どうか、この私を許してほしいノン。愛する娘を不死者にするだなんて、どれほど愚かなことか……! 身を挺して私を守ってくれたキミの行動で、やっと目が覚めたノン……! この私が、全面的に間違っていたノン……!」
「ち……父上……! わかってくださいましたのん……!?」
……バカァァァァァァァァァァァーーーーーーンッ!!
親子の感動を茶番だと一蹴するように、部屋の隅にあったワインセラーが弾けた。
「う……うう……!」
怨念のこもった唸りとともに、べしゃりと現れたのは……新手の追手……!
ボロボロの作業着をまとった、ゾンビであった……!
「くっ……!? なんでこんな所に、ゾンビがいるノンっ!? この蟻塚にいるゾンビはすべて召喚の生贄として、王の間に集合させていたはずノンっ!? ミッドナイトシュガー! 燃やしてしまうノンっ!」
「ご、ごめんなさいのん、父上……! 『触媒』がないのん……!」
『触媒』というのは、魔法を使うために必要な道具のことである。
ミッドナイトシュガーの場合は、樫の杖を触媒として愛用しているのだが、拘束された際に奪われてしまったのだ。
縮こまる娘に、父は手のひらを返したように吐き捨てる。
「また、お前というやつは……! どうして肝心な時にばかり、この私の足を引っ張るノンッ!? もういいノンっ! 死んでもいいから、ヤツをブッ殺すノンっ!!」
「……のんっ!?」
襟首を掴まれ、ぶん投げられるミッドナイトシュガー。
丸腰のまま、ゾンビの胸に飛び込まされてしまった。
ゾンビはよろめきつつも、赤いずきんに腕を回し、ガシリと死の抱擁をかます。
そのスキにミッドナイトシャッフラーは大きな花瓶を持ち上げ、ゾンビに殴りかかっていった。
もちろん彼は、気づいていない……!
目先の死にとらわれ、大いなる死が降り注いでいることに……!
蓋の見えない天井から、墨汁が滴るように……!
ついに、闇は降臨したっ……!
……ぶわぁぁぁぁぁぁっ……!
羽音とともに空から舞い降りた、異形の存在……!
白き右翼以外はすべて漆黒に覆われた、謎の影が……!
帳のように部屋を覆い尽くし、すべてを包み込む……!
ミッドナイトシュガーとゾンビは、生死の概念すらもわからなくなるような、頻闇に抱かれた……!
そして、売れ残ったナスビに与えられたのは……深海生物のような掌……!
グワァァァァァァァァァァッ!
捕食者の口器のように、Xに開いたそれが、どこまでも歪んだ顔面を……!
グワシィィィィィィィィィッ!
フェイス・ハッグ……!!
……処刑・開始っ……!!
オムライスオオモリ様からレビューを頂きました!
私用により2連休になりそうだったのですが、やる気が出たおかげで合間をぬって書き上げることができました! ありがとうございます!